1話 のびる子
朝は、だいたい眠い。
だが野比野蒜は、バスに間に合えばその日は勝ちだと思っている。
制服のスカートは少し長め。
靴下は今日もずり落ちてくる。
直すのは面倒なので、そのまま歩く。
こういう小さな妥協が、彼女の人生を支えていた。
野蒜は高校三年生だ。
しかし見た目はどう見ても小学生である。
――だが本人の認識は、まったく違う。
(私はグラマラスなカッコイイお姉さんになるんだ!)
内心では常にそう思っている。
世界の理解が追いついていないだけで、本来はクールで大人でカッコいい存在。
ただし外見とのギャップが激しすぎるため、
周囲からは「かわいい」にしか分類されない。
そのたびに、野蒜はムフーと満足そうに笑う。
かわいい?
それもまた強さだと、彼女は思っている。
バス停へ向かう道は平和だ。
ゴースト注意の看板も、今では完全に風景の一部だった。
エイプリルリアルから五年。
世界はすっかり変わってしまった。
ゴーストは出るし。
ゴースト飛び出し注意の古びた看板が道路に設置された。
動物注意と同じ感じだ。
――それを、誰もが当たり前のように受け入れている。
「……あ」
その当たり前が、唐突に壊れた。
バス停の少し手前。
電柱の影から、ひょこっと何かが顔を出す。
赤い肌。
角が二本。
大きさは人の膝ほど。
小鬼のようなゴースト――
通称、ゴブリン。
大人であれば、落ち着いて対処すれば割と余裕で勝てる相手だ。
だが、野比野蒜にとっては普通に大きい。
腰くらいまである。
「な、なんですと!?」
野蒜は後ずさった。
(朝からいきなり、のびるちゃんピーンチ!?)
ゴブリンが歯をむく。
「下がってくださーい!」
通報アラート。
人波。
取り残される野蒜。
その瞬間。
「はいはい、そこまでねー」
三十代くらいの女性が割り込む。
「対象確認。ゴブリン。危険度、低」
バットのような魔装具が光り、
ゴブリンは霧のように消えた。
「日比野由梨。ハンターです」
残った魔石を拾いながら、女性はカードを見せる。
「……小学生?」
「高校生です!」
即答。
「あと、背も」
一拍置いて、胸を張る。
「これからむちゃんこ伸びるし!」
由梨は一瞬黙り、
それから笑った。
「なるほど。強いね」
「なにがですか」
「メンタル」
由梨は肩をすくめる。
「今のままのんびり行きな。そっちの方が長持ちするから」
去っていく背中。
そして――
バスは、行ってしまっていた。
「……一本遅れた」
だが野蒜はムフーと笑う。
(まあ、イベント発生したし)
教室。
「野蒜ー! 遅くない?」
「途中でゴブリン出た」
「また?」
「ハンター来たから平気」
後ろの席。
「野蒜ってほんと小さ――」
「これからむちゃんこ伸びるし!」
即答。
ムフー。
教室が、少し笑う。
世界は変わった。
でも、生き方までは変えない。




