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16話 聞く子

『人の子よ』


突然、声がした。


「――っ!?」


野蒜は、思わず肩を跳ねさせた。

反射的に周囲を見回す。


誰もいない。

風もない。

葉も、今は動いていない。


それなのに。


『調和を望みし人の子よ。私の言葉が、届いているだろうか?』


声は、確かにそこにあった。


耳から聞こえた、というより。

頭の中に、直接――いや、胸の奥に、響いた感覚。


(……なに、これ)


野蒜は、ごくりと唾を飲み込む。


視線の先。

光の中に座る、ゴーストゴブリン。


口は、動いていない。

表情も、変わらない。


それでも、分かった。


(……この人、だ)


声は、魔力に乗って伝わってきていた。

空気を震わせるのではなく、魔力そのものが、かすかに振動している。


それが、意味を持って流れ込んでくる。


『恐れることはない』

『害する意志は、感じていない』

『戦いを望まないのも選択だ』


「……」


野蒜は、すぐには答えなかった。


どう返せばいいのか、分からない。

そもそも――声に出していいのかどうかも。


(……聞こえてる、よね。私)


聞こえている。

意味も、分かっている。


でも、それをどうやって伝えればいい?


『言葉は、要らぬ』

『そなたは、すでに応えている』


ゴブリンの魔力が、わずかに揺れた。


野蒜の胸の奥が、同じように揺れる。


(……あ)


分かった。


声にしなくていい。

願う必要もない。


「……聞こえて、ます」


小さく、そう思った。


すると。


『そうか』


魔力の振動が、穏やかに整う。


『そなたは、見る』

『流れを知り、形を知り、しかし――支配せぬ』


その言葉に、野蒜は少しだけ目を見開いた。


(……見てたんだ)


今までのこと。

色を変えようとして、うまくいかなかったこと。

命令ではだめで、願いで通じたこと。

植物に触れ、押しつけずに進んだこと。


『そなたは、問うている』

『祈りとは何か』

『願いとは、誰に向けるものか』


ゴブリンの足が、ぶらりと揺れる。

光の中で、相変わらず気持ちよさそうに。


その姿と、言葉の重さが、どうにも噛み合わない。


「……えっと」


野蒜は、思わず口を開いた。


「……じゃあ、聞いてもいい?」


声に出しても、出さなくても。

どちらでもいい気がした。


『問うがよい』


(……魔力って)


野蒜は、考える。


(生きてるの?)


一瞬、間があった。


その間に、周囲の植物が、かすかにざわめく。

葉が、ほんの少しだけ擦れ合う。


『生きている、とは異なる』

『死んでいる、とも異なる』


『在り方、だ』


その答えは、はっきりしていない。

けれど、不思議と、分かる気がした。


(……道具じゃない、ってことか)


使うものでも、命令するものでもない。


『そなたが祈った時』

『色は、応えた』


『そなたが命じた時』

『色は、迷った』


野蒜は、はっとする。


あの時の、揺れ。

コロコロ変わる、定まらない緑。


『魔力は、そなたの内にあり』

『同時に、世界の内にもある』


『そなたは、分けて考えようとしている』

『だが、それは一つだ』


(……一つ)


野蒜は、無意識に胸に手を当てた。


自分の中の白い光。

植物の中を流れる光。

ゴブリンを包む、強い光。


全部、同じ“流れ”。


「……じゃあ」


野蒜は、ゆっくり考えながら、問う。


「お願いするって、誰にしてるの?」


少しだけ、緊張した。


『世界に、ではない』

『魔力に、でもない』


ゴブリンの魔力が、静かに収束する。


『そなた自身に、だ』


その言葉は、重くもあり、軽くもあった。


(……私に?)


『そなたが、どう在りたいか』

『どう関わりたいか』


『それが定まった時』

『流れは、自然と形を取る』

『繋げるのだ』


野蒜は、黙り込んだ。


難しい。

でも、今までで一番、しっくりくる。


「……そっか」


ぽつりと、呟く。


「こういうことか」


答えをもらうことじゃない。

教えてもらうことでもない。


自分が、何を思っているか。

何を大事にしたいか。


それを、ちゃんと受け取ること。


ゴブリンは、相変わらず動かない。

ただ、光の中にいる。


『人の子よ』


もう一度、声が響く。


『そなたは、まだ進む』

『そなたはすでに戦わない事を選んだ』

『そして次は――また一つ選ぶ』


その言葉の意味を問う前に。


ゴブリンの光が、ゆっくりと、静かに薄れていった。


完全に消えるわけではない。

ただ、そこに“溶け込む”ように。


ジャングルの音が、戻ってくる。


葉の擦れる音。

水の滴る音。


野蒜は、その場に立ち尽くしたまま、深く息を吐いた。


「……聞く力、なのかな」


確信はない。

でも。


「……進めそう」


そう思えた。


野蒜は、もう一度だけ、光のあった場所を見る。


そこにはもう、ゴブリンの姿はない。


けれど、何かが残っている気がした。


――聞くこと。


それが、次の一歩なのだと。


野蒜は、前を向いた。

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