12話 願う子
野蒜は、一通りはしゃいだあと、ぴたりと動きを止めた。
「……よし」
気持ちを切り替える。
遊びではない。
今は、ちゃんと確かめる時間だ。
いま流れている魔力は、赤。
「次は……緑、かな」
そう願って、魔力を流す。
白っぽい光が揺れ、赤が薄れ、緑が滲み出す。
確かに、緑だ。
けれど。
「……なんか、違う」
周囲に満ちている緑とは、どこか違う。
色味が合っていない。
浮いている、と言った方が近い。
「……おんなじ緑になって」
頼んでみる。
すると緑の光が、ころころと変わり始めた。
明るくなったり、暗くなったり、黄に寄ったり、青に寄ったり。
まるで、迷っているみたいだ。
「……説明、いる?」
ふと、そんな考えが浮かぶ。
でも、誰に?
芽に?
魔力に?
それとも、この場所そのものに?
野蒜は、首をひねった。
しばらく考えて――やめた。
「無理」
即断である。
難しいことは、後回しだ。
今までだって、そうやってきた。
色を作るなら、いつも通りにすればいい。
絵を描くときと、同じだ。
野蒜は、右手に青の魔力を願い、左手に黄色の魔力を願った。
そして、そのまま木の芽へ流す。
混ぜる。
重ねる。
確かに、緑になった。
だが。
「……濃い」
かなり、濃い。
しかも、ものすごく難しい。
右手と左手を別々に動かす感覚。
まるで、同時に違う縫い物をしているみたいだ。
集中しすぎた、その時。
――パンッ。
反発。
魔力が弾かれ、野蒜は思わず一歩下がった。
「……あ、やっちゃった」
どうやら、やり方を間違えたらしい。
野蒜は、改めて木の芽を見る。
その時、ふと思った。
(……花の時みたいに)
触れるのではなく、流すのでもなく。
感じる。
野蒜は、静かに願った。
どうありたいのか、教えてほしい。
どうすればいいのか、教えてほしい。
その瞬間。
何かが、繋がった。
言葉ではない。
映像でもない。
けれど、確かに伝わってきた。
――――皆が、答えを知っている。
野蒜の頭に、ひとつのイメージが浮かぶ。
後ろに立つ、大きな木。
この空間を支えるように、そびえ立つ存在。
野蒜は、そっと振り返り、その木を見上げた。
「……そういえば」
今さら、気づく。
「一番目立つのに、調べてなかったな」
迂闊である。
野蒜は、今度はその大木に向かって願った。
答えを、教えてほしい、と。
すると今度は。
木の芽のイメージが、浮かんだ。
――――健やかにあれ。
その瞬間。
大きな木の緑の輝きが、わずかに強くなった気がした。
空間全体が、ほんの少しだけ息を吸ったような感覚。
野蒜は、考えるより先に動いていた。
導かれるように、木の芽の前へ。
魔力を流す。
そして、願う。
ーー健やかにあれ。
それは、命令でも、お願いでもなかった。
ただ、そうあってほしいという、静かな祈りだった。
すると。
木の芽が、周囲と同じ色に輝いた。
いや、それ以上に、澄んだ緑で、強く。
芽は、ゆっくりと伸び始める。
焦る様子はない。
急ぐ理由も、ないかのように。
足元へと広がり、絡み合い、しっかりとした形を作る。
野蒜の体重を、試すように一度、わずかに沈み――支えた。
「……乗っていい、よね」
答えはない。
だが、不安はなかった。
野蒜が足を乗せると、足場は静かに動き出した。
上へ。
速くはない。
歩くより遅いくらいだ。
じわり、と視界が持ち上がっていく。
床だった場所が下がり、幹の模様が目線を横切る。
風はない。
揺れもほとんどない。
ただ、確実に、上へ進んでいる。
「……ほんとに、エレベーターだ」
呟く声は、やけに小さく響いた。
途中、太い枝の近くを通る。
枝の表面を走る魔力の流れが、すぐそばで見える。
葉の一枚一枚が、淡く光り、ゆっくりと脈打っている。
時間の感覚が、曖昧になる。
どれくらい上がったのか、分からない。
やがて。
足場は、静かに止まった。
目の前には、横へと伸びる通路。
暗いが、奥に続いているのが分かる。
新しい道。
そして、確かに――開かれた道。
野蒜は、深く息を吸い。
一歩、踏み出した。




