9話 学ぶ子1
台座の前に立ち、野蒜は動かなかった。
丸い台座の表面には、円の中に円が重なったような、単純な図形が浮かんでいる。
線は細く、均一で、どこか淡々としている。
野蒜は、そっと手を伸ばした。
指先が、台座の縁に触れる。
冷たい。
けれど、嫌な感じではない。
(……流してみる)
魔石ではない。
いつも授業で使っている、あの感覚でもない。
自分の内側にあるものを、意識する。
最初は、うまくいかなかった。
魔力は出ているはずなのに、流れが定まらない。
細くなったり、途切れたり、急に強くなったりする。
円に沿わせようとすると、はみ出す。
合わせようとすると、止まる。
指先がじんわりと熱を持つ。
集中すると、呼吸が浅くなる。
(一定……)
思うほど、簡単じゃない。
まるでスポイトに絵の具を入れて絵を描いているようだ。
それもその絵の具は動く。
時間の感覚が、少しずつ曖昧になっていく。
どれくらい立っているのか、分からない。
ただ、円を追う。
失敗して、戻って、また流す。
何度も。
何度も。
何度も。
コツを掴んだのはどれくらい経ってからか。
途中からそれぞれの円を独立したモノとして考え、繋げて流すと上手くいき始めた。
ネズミ花火を思考で制御出来るモノとし、重ねていく感覚だ。やがて、魔力が、抵抗なく動き始めた。
無理に押し出さなくても、自然に進む。
速すぎず、遅すぎず、細すぎず、太すぎない。
線と線が、つながる。
その瞬間。
台座が、柔らかく光った。
ぽつり、と。
雨が降り始めた。
台座の上にだけ、静かに。
音もなく、優しく。
発生源は何処からかはわからない。
空中から雨が降っている。
水滴が、魔力の紋様をなぞるように広がる。
台座は、まるで応えるように光を強めた。
壁が、変わった。
大きなものが這った跡のような凹凸の間から、
小さな花が、一斉に咲く。
まるで野蒜を祝福しているように。
白や淡い色の花が、洞窟の壁を埋めていく。
野蒜は、思わず手を離した。
雨は、まだ降っている。
野蒜はこの雨を自分が降らせたのだとただ理解した。
魔力の紋様に照らされた雨粒が、静かに光る。
しばらく、ただ見つめる。
「……綺麗」
ぽつりと、呟いた。
その時。
気づくと、部屋の奥に通路があった。
いつからあったのか、分からない。
音も、気配も、なかった。
ただ、そこに続いている。
野蒜は、台座を一度だけ振り返る。
もう雨は止んでいた。
それから、新しい通路を見る。
深呼吸をひとつ。
そして、ゆっくりと歩き出した。




