傍観者
一週間前、クラスメイトの小夜さんが行方不明になった。
私がその話を知ったのは、今日の終わりのホームルームで担任の口から告げられた時が初めてだった。
驚きは大してない。
「……またか」
ここ最近、この教室では行方不明者が増えている。
教室では机に置かれた供花が目立つようになってきた。
しかし、何人もの生徒が行方不明になっていると言うのに、この学校の人間たちは皆不気味なほどに何も変化がなかった。いや、どちらかと言えば行方不明者が出る前より今の方がみんなの表情が明るい。
死体が見つかった訳でもないのに、まるで死んでいてくれたらいいのにって言う教室の空気感。
目の前で風に揺れる白い花を眺めながら、私は少し深めのため息を吐いた。
「なーこれって、やっぱ七不思議ってやつじゃねーのか?」
「静音……七不思議って、ああ、あれね」
鞄を肩に掛け、教室を出ようとしたところ、珍しく隣の席の静音が私に声をかけてきた。
この学校には、最近、不思議な噂が実しやかに囁かれている。
曰く……行方不明になった人たちは、皆、死神に地獄へ連れて行かれた、と言うものだ。
行方不明になった人たちが、皆直前、「知らない人からメッセージが来た」と友人にメールを送っていたらしい。友人がメールの内容を尋ねても、メールに既読が付くことはない。そして、数日後に行方不明になったと担任に告げられるのである。本当に地獄に連れて行かれたのかは不明だが、そんな出来事が立て続けに起こっているからか、半信半疑だったクラスのみんなも、今では明日は我が身と怯えている。
「みんな七不思議七不思議って言うけど、ただ家出でもしたんじゃないの?」
「もう七人目だぜ? 立て続けにこれはおかしいだろ」
「そーね、他は知らないけど。私は、小夜はどちらかと言うと、家出だと思うな」
「なんで?」
「だって小夜……いじめられてたじゃない。ずっと引きこもってて、行方不明事件が起きる前から学校にも来てなかったし。無関係じゃないの? もしかしたら、人生に疲れて、死に場所を探すために———」
「止めろよ……そういうの」
「ああ、ごめんなさい。不謹慎だったわ」
不愉快そうに静音が私を睨む。
「でもそんな話をするってことは、小夜からメールがあったの?」
「いんや、私の友達に片っ端から聞きまくったけど、小夜からメールが来たって奴はいなかったし、お前もその様子じゃ、来なかったんだろ。所詮はただの噂だな。小夜も早く帰ってきてくれたらいいんだけど……まぁいいや、じゃあな」
静音はさっさと自分の荷物をまとめて、早足で教室を後にした。
「小夜は友達がいなかったから、誰にも連絡できなかったんじゃない?」
と、小さく溢れた私の言葉は、離れて行く彼女の耳に届くことはなかった。
北欧混じりのハーフで、整った顔立ちと眩しい金髪、そして、女の子とは思えない男まさりな口調が特徴で、学校では男女問わず交友関係の広い彼女は、行方不明になった小夜とも仲が良かった。冗談を言っているだけにも見えるが、もしかしたら心配しているのかもしれない。
それならどうして、小夜のいじめを止めなかったのだろう……。
私は誰もいなくなった教室で、徐にスマホのロックを開けた。
光出した画面には
『助けて』
———と言うメッセージと、『小夜』という名前が書かれていて……私はまた、深いため息を吐いた。
いじめっ子といじめられっ子。彼女らのいなくなった教室は、とても平和で、とても静かで、とても脆く、そして……とても寂しい。
遅かったのかもしれない。間違えたのかもしれない。
それでも、私は……後悔なんてしていない。
もしも、全てが行き着く場所でもう一度貴方に出会えたなら、こう言いたい。
——————仇は取った。