見えざる守護者
ケーブルテレビ局の若いレポーター、佐藤美咲は、燃えていた。
彼女のデスクに置かれていた一枚の契約書。それは、彼女が追いかけていた巨大な疑惑の、ミッシングリンクだった。いつの間にかデスクに置かれていたその証拠は、彼女の正義感に火をつけた。
「絶対に、この町の闇を暴いてみせる」
美咲は、以前よりもずっと深く、力強く取材にのめり込んでいった。雑貨店の主人に再び話を聞き、契約書のコピーを見せると、老人は涙ながらに騙された時の状況を語ってくれた。それを皮切りに、彼女は他の被害者たちにも次々と接触し、証言を集めていく。
有川 仁は、要塞のモニターと超人的な聴力で、彼女の行動の一部始終を追っていた。
彼女の、諦めない強い瞳。真実を求めるまっすぐな声。その姿に、仁はかつての自分にはなかった「強さ」を見ていた。
しかし、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
美咲の活発な動きは、当然、悪党たちの耳にも入っていた。
ある日の夜、仁がいつものように町の音を聴いていると、例の金融会社のオフィスから、苛立った男たちの声が聞こえてきた。
『あのケーブルテレビの小娘、嗅ぎ回りすぎだ』
『一度、黙らせておいた方がいいんじゃないか?』
『ああ、今夜あたり、ちょっとお灸を据えてやろう。資料も全部、奪っちまえ』
その会話を聴いた瞬間、仁の全身に冷たい怒りが走った。
自分が投じた一滴が、彼女を危険に晒してしまった。自分が彼女を、悪党たちの標的にしてしまったのだ。
(守らなければ)
その使命感は、ヒーローだった頃の万能感とは全く違う、静かで、しかし絶対に揺るがない覚悟だった。
その夜、深夜のケーブルテレビ局。
美咲は、集めた証拠を整理するため、一人残業をしていた。彼女が席を立ち、給湯室へ向かった、その時だった。
ガチャン、と乱暴な音を立てて、オフィスのドアの鍵が壊された。覆面をかぶった二人の男が、音もなく侵入してくる。目的は、美咲のデスクの上にある資料の山だ。
しかし、男たちがデスクに手をかけようとした瞬間、異変が起きた。
パチン!という音と共に、オフィスの全ての照明が一斉に消え、完全な暗闇に包まれた。
「な、なんだ!?」
男たちがうろたえる。その直後、誰もいないはずの部屋の奥から、パソコンの起動音が響き渡った。モニターの明かりが、暗闇の中でぼんやりと光り、そこに一つの文字だけが映し出される。
『還れ』
「ひっ……!」
男たちは悲鳴を上げた。さらに、彼らの頭上のスプリンクラーが、誤作動を起こして冷たい水を撒き散らし始める。パニックに陥った男たちは、資料を奪うことも忘れ、悲鳴を上げながらオフィスから逃げ出していった。
給湯室から戻ってきた美咲は、水浸しになったオフィスと、モニターに浮かぶ謎の文字を見て、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
遠く離れた要塞で、仁はモニターから目を離した。
彼の指先には、この地域の全ての電気系統と水道システムを、外部からハッキングして操った痕跡が残っている。
彼は、もう拳を振るわない。
ただ、見えざる守護者として、真実のために戦う者の背中を、静かに守るだけだ。
檻の中から世界を動かす。
その本当の意味と、背負うべき責任の重さを、彼はこの夜、改めて深く理解していた。




