2話 雛元のマイカー
翌日、土曜日なこともあり水戸は、ベッドでスヤスヤと寝ていた。カーテンの隙間から日差しが差し込み気持ちよさそうに寝ていた――が、そんな時間もむなしく終わってしまった。
ピーンポーン。
玄関のインターホンが鳴らされ、水戸は眠い目をこすりながらモニター画面を見ると、そこには満面の笑みで待ち構えている雛元の姿があった。確認したのち、玄関へと向かい扉を開けた。
「おっはよ~、元気にしてた?」
「昨日もあっただろ……っていうかまだ9時だぞ、早すぎないか? 取りに行くのは11時じゃなかったか? ふぁ……眠い」
そう気だるげに返すと、雛元は目を細めて水戸に向かって中指でデコピンを入れた。
「痛って‼ 何すんねん!」
「私にとっては、“まだ”じゃなくて、“もう”なの! さっさと行くよ!」
(理不尽極まりないよ……)
と心の中で水戸は思っていた。確かにこれは理不尽かもしれない。
その後、水戸はガレージから愛車であるWRXを出して、ショップへと向かう。WRXは、道中でコンビニにより朝食を買ったり、休日ということもあり、混雑に巻き込まれながら二時間ほどかけて隣の大阪府茨木市にあるショップに到着した。ショップへと入る頃には11時前になっていた。
「いらっしゃいませー!」
入るやいなや、すぐに従業員の一人がクルマの方へと走り寄り、誘導した。クルマを停め、降りるクルマの前には誘導してくれた従業員が立っていた。
「時間どうり来るのは、こっちとしてはありがたいです」
「別にかしこまらなくても良いよ。それに、急かしたのは、雛元だし……」
「何よ」
睨みつけてくる、雛元に「別に」と少し冷たく返した。
二人を迎え入れてくれたのは大川太雅、このショップ、HSFのメカニックである。普段は車検やメンテナンスなどの定期点検をやっており、数少ない従業員の一人である。接客の殆どは大川が担当しており、はオーナーである星野忠司は基本的に作業場や裏のガレージいる。
「それで、クルマを取りに来たんだろ?」
そう、大川が聞くと雛元は目を光らせ大きく頷いた。その姿は、クリスマスにプレゼントを受け取った小学生とそんなに変わらなかった。
「それなら、目の前に置いてあるぞ」
「目の前?」
大川が後ろに向かって、親指で刺している方向には黒色のトヨタMR2 SW20が停まっていた。雛元はそれを見つけるとダッシュで駆け寄り、MR2の周りをグルグル回りながら写真を撮っていた。
「いやぁ~サイコォー!私のMR2! かっこいい!」
「まぁ分からなくはないな。いつ観てもMR2はいいクルマだと思うよ」
と大川が言った。そして続けて、雛元に話しかけた。
「1回、掛けてみるか?」
雛元は、鍵を受け取ると運転席へと座り込みエンジンを掛けた。アクセルを2、3回踏むと、エンジンサウンドがショップ中に広がった。
「ウッヒョー! サイコォー! エ゙ヘヘヘ」
「音は良くなったろう? 注文してた吸排気系の変更でレスポンスは良くなってると思うが、どうだ?」
「めちゃくちゃ良いですよ! ちょっと踏んだだけでも、グワッてパワーが出てるの分かっちゃうくらいに」
「よし、それじゃあ軽く回って来てくれないか? 足回りとかも合わせて変更したから、その辺の確認もしてもらいたい。」
「分かりました。それじゃあ行ってきますね。」
そう言い、MR2はショップを出て走り出していった。
その後、水戸は店内へと入りソファーでくつろぎ、大川はメンテナンスの続きがあるといい、リフトのある方へと向かった。水戸は、出されたコーヒーを飲み、スマホを見ていた。
(タイム更新できないってことは、そろそろクルマ自体の限界なのか? いやそれは無いな。だったら僕自身の限界なのか? それを解決しない限り、タイム更新なんてできないよな……)
答えの出ない問題を頭の中で考えていた時、チリンチリンと出入り口の扉に掛けてある鈴が鳴った。音が鳴った方へ、顔を上げると、そこには所々白髪の目立つつなぎ服を着た中年男性がいた。
「おっ、水戸くんか。いらっしゃい」
「星野さん、お久しぶりです」
話しかけてきた男――星野忠司は、ソファー近くの階段へと腰を下ろした。
「もしかして、雛元くんの付き添いかい?」
「まぁそんなところですかね」
「いつも一緒だからね。ところで、最近調子はどうだ? 毎晩走り込んでるんだろ?」
水戸はそれを聞くと、一瞬だけ視線そらした。そして、自信のない声で「あまり良くない」と答えた。
「そうなのか……。それなら、自分にとって走りやすいと思う走り方をすればいいんじゃないかな?」
「走りやすいと思う……走り方?」
その言葉に、彼は首を傾げた。その考え方は、今の水戸にとっては真反対のことをするからである。今までは、タイムを出すために限界ギリギリまで攻める、そんな風に走ってきているのに対して、自分が走りやすいやり方を探すという神経をすり減らすようなものではなかったからだ。
「無理にレコードラインに乗せようとせずに、気の向くまま走ればいいと思うよ。速く走ることばかりがタイムに繋がるとは限らないしね。意識し過ぎるとその事に囚われるから、一旦別の視点から見るといいよ」
「なるほど……参考にしてみます」
それを聞いた星野は笑顔で頷いた。星野が立ち上がり出入り口へと歩き出した。その時、何かを思い出したのか、水戸の方へ振り向き話し始めた。
「あっ、そういえば、一昨日ぐらいに来た客が今度の土曜日にバトルがあるて言ってたな。水戸くんは行くのか?」
「えっ? 今度の土曜日って……嘘でしょ、今日じゃないですか⁈」
「もしかして、知らなかったのか?」
「最近は走り込みばっかしてたもんで、なかなか話とかしたりする機会が……チャットとかも見てなかったから……そうゆうこともう少し早く知りたかった……」
「結構噂には、なってるらしいけどな」
「まじかぁー……」
その話を聞いた水戸は、ガクンと落ち込んだ。
星野が立ち去った数分後、雛元の乗るMR2が戻ってき、満足気にしていたことは言うまでもない。




