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『本を読むと、金運が上がって、可愛い恋人ができて、健康になる』

確かに僕は、超絶可愛くて愛らしい少年の姿をしてるけど、お姉さんの20倍くらいは長生きをしてるんだよ。で、僕はここ100年くらい、本にはまってるんだ。


ー(この子は何を言ってるんだろう…)え、ええ、そうなのね。


この世界には読みたい本がそれこそ星の数ほどあって、どれだけ書庫に籠って読んでても毎日のように新しい本が届くから読みきれなくて困ってるんだ。だからね、お姉さんみたいな本好きの人に、僕がまだ読んだ事のない本を読んでもらって、その知識を共有してもらおうと思ってるんだよ。


ー(知識の共有?)えぇーと、つまり、貴方は、本をたくさん読みたいと思ってる、って事?


そう。僕はたくさん本を読みたいんだ。物語も、自己啓発本も、絵がいっぱいの本も、専門知識の本も。どんな本でもいいから、たくさん読みたいんだ。もちろん、中には面白くないな、って思うような内容はあるよ。でもね、その面白くないって事が面白いと思えるから、本は素敵だよね。

もちろん、お姉さんもすごく素敵だよ。その視力矯正?のガラスの板越しの瞳が宝石みたいだよ。


ーえーと、あのね、ボク?そう言うのは、大人になってから言うのよ。でね、今日は、親御さんと一緒に来てるの?どちらかにいらっしゃるのかしら?


あ、そうか。なかなか信じられないよね。この愛くるしい姿は幼い子供だもんね。僕はね、お姉さん達のような人間の言葉で言うと、精霊なんだ。だから、親というものはいないし、成人とかの概念もないよ。


あ、疑ってるよね。そうだよね。お姉さんみたいな可愛い子猫ちゃんに、そんな目を向けられるのは、とても悲しいし、話も進まないから、どうやって証明しようか。おっきくなってもいいけど、力を解放すると変なのが来ちゃうかもだから、あ、ちょっと待ってね。

ホリィ嬢、ホリィ嬢ちょっと来てもらっていい?


ーはい、大精霊様。お代わりですか?


いつも笑顔ご素敵なホリィ嬢が注いでくれるのなら、僕は大瀑布の滝の水だって飲み干してみせるけど、ミリィ嬢が入れてくれたフレッシュオレンジジュースがこんなにも残ってるから、お代わりじゃないんだ。ごめんね。呼んだのは、ホリィ嬢からこちらの素敵なお姉さんに教えてあげてほしいんだ。

僕が400年以上生きる大精霊だってことを。ほら、僕って愛くるしい幼子に見えるから、子供扱いされちゃって、いや、もちろんそれも悪くないんだけど、今日は別のお話がしたいんだ。


ーいいですけど、そんなの、あっちの姿になればすぐじゃないですか?


そうなんだけど、あっちの姿は愛くるしさのかけらもないし、力も解放されちゃうから、その魔力に当てられて変なのが寄ってきちゃうんだよ。大したものではないけど、めんどくさくて。


ー(これは何待ちなんだろう...)


ほら、お願い。ホリィ嬢のその天上の鈴の音のような声で、お姉さんに真実を証明してあげて。


ーまあ、いいですよ。

すみません、お客様。あの、このやり取りを見られて、戸惑ってらっしゃるかと思われるんですが、こちらの方が言われる事は、本当なんです。

信じられないかもしれないですが、ほら、ウチはマスターのお友達、色々な種族の方が大勢いらっしゃるんですが、こちらの方もそのお一人で、小さい男の子の姿をされてますが、実際は400歳以上のショタジジイなんです。


んん、ちょっとだけ語弊がある気がするけど、ホリィ嬢、ありがとう。

ほら、どうだい?信じてくれたかな?お姉さん、あぁ、ごめんね。まだ、名前を言ってなかったね。紳士として、あるまじき失態だ。申し訳ない。

僕は、テオドール ノア サフィールオルフィーリア、愛を込めてノアと呼んでね。


ー(確かに、この店、ドラゴンいるし、獅子神様やヴァンパイアもよく来るって聞くから、本当なんだろうな)え、えぇ、かしこまりました。ノア様ですね。


わぁ、違うよ。様なんて付けられると、距離を感じて悲しくなるから、ノアちゃんと呼んでよ。

お姉さんのような美しいレディに距離を置かれるなんて、バーリャ湖が干上がるよりも悲劇だからさ。


ーそ、そうですね。相手によって態度を変えるのも良くないかもですね。ノア…ちゃん?


そう、敬語はちょっと気になるけど、確かに庇護欲をかき立てられるような幼子に見える僕だけど、何倍も年長ではあるからね、そこは諦めよう。

ところで、お姉さんの名前はなんていうの?


ーあの、私はもうよろしいでしょうか?


あぁ、ホリィ嬢。ごめんね。君の貴重な時間をとらせてしまって。君のアシストがあったから、このお姉さんに、僕のことを理解してもらえたよ。ありがとう。ここからは、大丈夫。


ー(このテンションはなんだろう…)ええと、私はティリスと言います。


ティリス嬢。いい名前だね。いつか出会った泉の女神と同じ名前だよ。


ーあ、そうなんですね。ありがとうございます(泉の女神?そんなのいるの?)


それでね、ティリス嬢、話をちょっとだけ戻してもいいかな?

君とお話をする時間は何物にも代えがたい至福の時間だから永遠にしていたいけど、あまりに長話をしてしまって、ティリス嬢の睡眠時間を奪って、その美しい肌の輝きに万が一陰りがかかってしまうと、僕は死んでも死にきれないから。もちろん、寝不足で疲れてしまっていたとしても、ティリス嬢の魅力が陰ることなんて、全く無いけどね。


ーあの...お話しというのは。


そうだね、ごめんね。ティリス嬢が魅力的過ぎて、話が長くなってしまう。

あのね、僕がこうして人間と本の話をするのはね、もちろん、僕自身が本を好きだからってのもあるけど、一番の理由は、よりたくさんの人に本を読んでもらいたいからなんだ。


―たくさんの人に?


そうなんだ。本好きな人が増えるとさ、より多くの本が作られるでしょ。すると、自然と面白い本の絶対数が増えてきて、ある程度飽和するとさらにそこからまた、頭がひとつ抜き出るような新しくて、面白い本が生まれると思うんだ。そして、僕はそうやって、本が進化して欲しいと思ってる。


それにね、僕は精霊だからちょっとだけ魔法が使えるんだけど、色んな人たちが読んだ読書体験を、魔法で共有させてもらうことができるんだ。そして、その魔法は使おうと思えば誰にでも使えるんだけど、使った相手が本好きであれば、あるほど僕もその感情や感動を受けることができるんだ。


だから、本好きなティリス嬢に知り合うことができて、今日の僕はとてもラッキーだ。


―そうなんですね。すごいいい魔法ですね。うらやましい...


そうでしょ。だからさ、ティリス嬢にお願いがあるんだ。今日初めて会った女性にお願いするなんて、紳士としてふさわしい行為じゃないかもしれないけど、僕が知り合うような、例えばこの店の人たちって、野蛮な人が多いから本を読まないんだ。ほら、あのドラゴンなんて、時間はたっぷりあるはずなのに、お酒を飲んでるか、ここ最近は映像配信の魔道具で、ずっと配信映像を観てるんだよ。本の方が面白いのに。


―お願いっていうのは?なんですか。


あ、そうそう。お願いっていうのは、ティリス嬢のお友達にも本好きな人っているでしょ?だから、ティリス嬢も含めて、一緒に本の喜びを共有させてもらいたいんだ。この魔法は人体に何か影響があるわけではないし、本の知識以外には全く触れないよ。

もちろん、お礼もするよ。世界の摂理を歪めるようなものは、他の精霊に怒られるからダメだと思うけど。確かに、どんな宝石も花束もティリス嬢の前では霞んでしまうかもしれなけれど、相応のものは用意できるよ。


ーあの、すごく面白くて魅力的な話だと思うんですけど、ちょっと難しいかもです、


どうしてだい?やっぱり魔法が怖いとか?

あ、あと敬語なんて使わないでよ。僕とティリス嬢の間に底の見えない千尋の谷が横たわってるみたいで、悲しいから。僕はいつでもレディの一番近い場所に寄り添っていたいんだ。


―あ、ええと、そう。そうね(見た目も子供だしね)

そうね。敬語はやめましょう。ノアさ...ちゃん。その提案はとても魅力的だし、どんな感じなのか興味があるんだけどね、私ね...友達がいないの。あ、違う。友達は決して多くはないけど、いるのよ。本好きな友達がいないの。


一人くらいは?


-一人も。


へぇ……それは残念。というか、なんで?


-単純に本好きな人って、少ないの。とても少なくて、私も友達と面白かった本の話をしたいんだけど、周りにいないから、今日、本好きなノアちゃんと知り合えて、とても嬉しいんだけど、ノアちゃんの期待に応えることができないわ。もちろん、私だけでよければ、是非やってみたいわ。


...ふむ。


-(あれ?なんか「天にも昇る気持ちだ」とか言いそうだけど)


ティリス嬢は、お友達に本を読むよう、例えば、この本は面白かったよ。とか、おススメしたことってある?


-あるわ。例えば『魔女エレイナと十三の恋』とか、『封呪図書館の亡霊司書』とか、すごく面白かったから、ことあるごとに友達に薦めてみたんだけど、誰もあまり反応は良くなくて。


どうやっておススメしたの?


-え、そりゃあ、すごく面白いから読んでみてって。


なるほどね。

ティリス嬢。本を読まない人にとって、その薦め方だと間違ってるとは言わないけど、そうじゃないんだ。


-どういうこと?


たとえばね、『この本を読むと、金運が上がって、恋人ができて、健康になる』って言えばいいよ。


-えっ?


うん。もう一回言うね。『この本を読めば金運が上がるし、恋人もできるし、健康にもなる』って言えばいいんだよ。まあ、全部言わなくても、例えば、金運が上がる、とかだけでもいいよ。

要するに、この本を読むと願いが叶う、って言えばいいんだよ。


-ノアちゃん、それ、ちょっと無理あるんじゃない。いくらなんでも、それは嘘だし、誇張しすぎよ。


そんなことないよ。全部、本当に起こりうることだと思わない?


-……どういう意味?


-たとえばさ、知識が増えたら、お金稼ぎや投資や節約、仕事に役立つことが学べるでしょ? それでお金が増えるかもしれない


-……


それにさ、例えば本を読んでロマンチックな詩や、素敵な言葉遣いを学べば、きっと誰かを惹きつけることができる


-んん、まあ、あり得なくは...


それにさ、健康、病気の知識、心の癒し、ストレス解消、適切な食生活や運動なんて、全部、本から学べるよ。


-確かにそうだけど...


それに、もしね、ティリス嬢の友達がその本を読んで、嘘をついた!って怒ってくるようなら、ティリス嬢のお友達にそんなことで怒る人なんていないとは思うけど、でもさ、ティリス嬢が自信を持っておススメする本は面白いはずだよ。

そして、その面白い本を読んで、騙されたっていう人はいないし、いたとしたら教えて。もしもそれによってティリス嬢とその友達との友情に悲しい隙間ができそうになったら、最終手段で記憶を消すくらいなら簡単にできるから。


-(急に怖い!)で、でも、そんな嘘をついてまで...


ティリス嬢、例えばだけどね、君の大切な人、友達や家族が、不治の病にかかったとするよ。

そして、目の前に、毒々しくて、ドクロのマークがついたコップが置かれてるとするよね、どう見ても危なそうな飲み物が。でもね、君はその液体を飲ませれば、その人が助かるって知ってるんだよ。確実に治るって知っているんだ。

その時、君はどうする?


-それは、どんな手を使ってでも、飲ませると思う。怖がられても、嫌われても、きっと、必死で。


だよね!

そうなんだ!本を薦めるって、それと同じことなんだよ。言い方は自由。ちょっと誇張してもいい。本当にいいものだって、知ってるからこそ、自信を持って薦めてあげればいいんだよ。


-……そうね。確かに今まで、本の素晴らしさをちゃんと伝えきれてなかったのかもしれない。今度、もう一度、友達に本気で勧めてみるわ。


うん、ぜひお願い。で、どうなったか、また教えてよ。できたら、その友達もティリス嬢のような、麗しいレディだったら、もっと嬉しいな。というか、レディじゃないと嫌だな、むさくるしい男性と共感覚を取るなんて、ちょっと、いや、とても嫌だ。


だから、レディでお願いするね。


-え?


え?


-ま、まあ、そうね。どちらにしても、仲のいい友達はみんな女の子だから、そこは大丈夫。それに、またノアちゃんとは、本について話がしたいわ。


わぁ、もう、天にも昇る気持ちだよ。嬉しいな。今日は、麗しいレディと知り合えただけでなく、そのレディが本好きで、さらにデートのお誘いを受けるなんて。


-(デート?)


今日はもう少しで日が暮れるからそろそろお開きにしないといけないから、デートは次の機会に楽しみにしておくよ。

もし次にティリス嬢がまたここに来た時に、僕がいなかったとしても、その麗しい声で僕の名前を呼んでね。月の裏側にいても、飛んでくるよ。


-ふふっ。そうね。また来るわ。次は、ノアちゃんのおススメの本も教えてね。


もちろん。次は、かぐわしいお茶を添えて、本の話をしようね。



日が落ちきる前にと、急ぎ足で店を出たティリスを見送った後、

ノアはフレッシュオレンジジュースの残りを口に運びながら、ふと、心の中でつぶやく。


(……本当に、願いが叶う“魔本”もあるけど……あれは人間にはちょっとね)


その呟きには、誰も気づかない。

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