『人間は100%以上の力を出し続けると死ぬ』
― まあまあ、飲んでくださいよ。本当に光栄です。あの伝説のドラゴンである貴方とこんな場所で出会えて、お話をさせていただけるなんて。
いつも行く店が臨時休業で、本当に良かった。私は本当に運がいい。これも何かの縁です。今日は奢らせていただきたい。ドラゴン族の方は酒を好むと聞いております。
あ、改めて名乗らせていただきます。私はゴート ヒブラハムと申しまして、アークガルドで商人の長をやらせてもらっております。
いや、何、まだまだチンケな商会ですよ。まだまだです。
いやー、でもなんですな。こんな町外れにいい店があるもんですな。
うちの若いいものがこそこそと、こちらに足を運んでいるというのを最近耳にしてですね、あいつらが普段どんなところで飲んでるんだと思って、気にはしてたんですよ。
にしても、けしからんですな。こんなにいい店があるのを、私に黙っていたなんて。しかも、上司の飲みの誘いを断って、自分たちだけで通うなんて。
私が若いころなんて、上司の飲みの誘いなんて断ったことないですよ。
確かに、小うるさいこともありましたが、それも仕事の一つですからね。そういった経験が今後に活きたりもするってのが、今の若いものはわからないみたいで。世も末ですな。
ちなみに、貴方の事はなんとお呼びすればいいんですか。ドラゴン様というのは種族ですよね。
ああ、ドラゴン様でよろしいんですか。ドラゴンの方にとって、名前は滅多に教えてはいけない、というのは確かに聞いたことがあります。なぜですか、あ、それも聞かない方がよさそうですかね。失礼いたしました。お詫びに、もう一杯、いや、一杯と言わず何杯でも奢らせていただきます。好きに頼んでください。
私も失礼して。
いや、美味いですな。この店の酒そのものも良い酒ですが、ドラゴン様と一緒に飲んでいるのが、さらに美味さをアップさせます。やはり、酒は誰と飲むか、というのが重要だと気づかされます。
今でこそ、仕事帰りに飲みに行くことも減りましたが、昔は毎日のように飲んでたものです。当時の上司もそうですが、取引先の方も無数におりましたからな。
それに引き換え今の若いものは、酒を飲むものも減りましたし、煙草を吸うやつもほとんどいなくなってる。だから大きい仕事を取ってこれないんですよね。
うちのものから、取引先の方に飲ませて気を大きくさせて仕事をもらってくるみたいな話を聞かないですしね。それに、喫煙所でのコミュニケーションも大事なんですよ。商談の場だと、気さくに話せないけど、喫煙所なら話せるなんてこともありますからね。私も若いころはよくしたものです。
接待費ですか?そんなものほとんど自腹でしたよ。だって、自分の成績の為のものですからね。それが何倍にもなって返ってくると思って、歯を食いしばって頑張ってましたよ。始業時間の一時間も二時間も前から出勤して、帰りも最終乗り合い馬車ギリギリ、時には過ぎることもありました。そんな時は商会の倉庫に机を並べて寝たりしてね。いや、たくさんの苦労をしてきました。だから、今、ドラゴン様に奢れる程度には収入を得ることができております。いやはや、若いころの苦労は買ってでもしろと言いますが、本当にそうだと思います。
やっぱり、今の若いものは、我々、あ、ドラゴン様と一緒にするのは失礼でしたな。失敬失敬。
私の若いころと違って、仕事に全力を尽くしておらんですな。商会の為に頑張るという意識が低い。それが時代だと言われるとそうかもしれないのですが、やっぱり私の世代からするとなんだか物足りんのです。
先日も、製造部門の方で従業員が数名辞めたんですがね、その数人が辞めたのに生産数を落としていないんですよ。多少残業はしてもらってるようなんですが。ということはですよ。
本気を出せば、その人数で同じだけの仕事ができていたんですよ。今までが手を抜いいた、いや、まあそこまでは言わないにしても、本気でやれていなかったのですよ。
そのことに人が減って初めてわかったんですよ。
もちろん、残業代はちゃんと法に基づいて払っておりますので、残っているメンバーの収入も増えています。
ええ、なので人の補充はしてません。いやいや、人件費どうこうというのは関係なくてですね、彼らの成長の為です。もちろん、今よりも生産数が増えて、本当に追いつかなくなるようなら人の補充をしますが、こういった追い詰められた時にこそ、人間は成長するものですから。
彼らの為に、今はしんどいかもしれないですが、頑張ってもらっている。という状況ですな。
そもそもですな。今の若い者たちは皆、本気を出さんですな。しんどい仕事を避け、残業も嫌がる。商会を大きくしよう、という気持ちも入っておらんのです。商会というものは、常に成長を続けていかなければならない、という使命があるのですが、やはり従業員もその意識を持つべきなのですよ。
商会を成長させることとが、ひいては自分たちの為にもなるということを分かっておらんのです。
いやはや、世も末ですな。
おや、そろそろ夜も更けてまいりましたな。ドラゴン様は、ああ、あちらの山の方に、あ、飛んで帰られる。さすがですな。
私もそろそろ、おいとまさせていただくこととします。
本日は同席させていただきまして、光栄でした。ありがとうございます。
また、機会があればご一緒させてください。
何でしたら、私の普段行く方の店にもご招待させて、あ、それはよろしいですか。そうですか。そうですね。街中にドラゴン様が来られると大騒ぎになるかもしれませんからね。
はい、わかりました。
それでは、今日のところは。