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『ルールやマナーは守ってる方が格好いい』

ここ十年数年くらいか。お主ら人間の世では自由がもてはやされておるようだが、ちょこちょこと勘違いしておる輩がおるの。なあ、お主。


-ひっ、へい。申し訳ございやせん。勘弁してください。もう、こちら様に二度と顔を出しやせん。だから、なにとぞ命だけはお助けください。申し訳ないございやせん。


あのな、違うのだ。いや、お主が周りに迷惑をかけていた事は違わぬし、度が過ぎていたから、我もほんのちょっと口出しというか、少しだけ手出しをしたのだが…

我は謝ってほしいわけではない。ただ、気になるところがあるのだ。

お主は何故、店の者に対して横暴な態度を取るのだ?他の店でもそうなのか?


-違うんです。普段はそんなことをねぇんです。たまたま、ちょっと、魔が刺したんです。酒の勢いもあって。もう、二度とこちらには来ませんので、何卒、勘弁してください。


違う違う。そんなことを言って欲しいんではない。それに、ここには来ても大丈夫だ。むしろ来い。そして、適度に酒を飲み、楽しむのだ。この店の売上になるしな。それに、お主ごとき人間がいくら横暴だろうと、お主どころか、お主の住む街ごと滅する事ができる我がおるからな。まあ、次も度が過ぎるようなら、首から上を瞬時に刎ねてやってもいいが。

我が聞きたいのは、お主も人間として、人間の社会で働きながら生きておるだろう。

お主が何を生業にしておるかまでは知らんが、働いておると無理を言ってくる顧客や、横柄だったり、お主より粗暴だったりと、嫌な人間と関わりを持つこともあるだろう。

という事は、自分がされて嫌だろうと思われる事を、何故、他でするのだ。

あ、そうか。これが憂さ晴らしというやつか。


-いや、あのぅ、憂さ晴らしというか、違うんです。ちょっと酒が入って気が大きくなっちまったというか、普段はそんな事ないんです。


ちなみにな、我の眼はお主が嘘をついてるかどうかわかるぞ。そして、基本的に人間を殺すまではしないつもりではおるが、ふとしたはずみで口からブレスが漏れることもある。人間など、一瞬で蒸発するくらいのな。


-ちょちょちょ、すみません。ちょっと、お待ちください。家族がいます。子供もまだ小さくて、まだ、すみません、ちょっ、その、ブレス漏れてます。ちょっと待って、熱ちぃ!うわっ、すみません。勘弁してください。もうしません。すみません助けてください。


ふむ。家族がいるのだな(本当のようだな)ならば、心して答えよ。家族のもとに五体満足で帰りたいのであればな。

返事は?


-はい…(死にたくねぇ)


大丈夫だ。お主がちゃんと答えれば、帰してやる。先ほども言ったが、無闇に殺生はしないつもりではある。もう少し大きな声で、返事をするがよい。


-はいっ!


うむ。では聞こう。まず、そうだな。

お主は普段から酒を結構飲むのか?


-へぇ。酒は結構飲みます。


何故、酒を飲む。


-なぜ?なぜですか。えーと、酒が好きなんで。


まあ、そうだな。我も好きだ。酒があるから、人間を滅ばさずにいると言っても過言ではない。特に、ドワーフの国で作られておる『槌の一撃』はたまらん。あの思わずブレスを出してしまいそうな、熱い喉越し。濁りのないキレのある香り。そう、酒は美味いよな。


-へぇ。そんな高い酒、飲んだ事はないですが、聞いた事はありやす。


そうか。まあ、あれは高いしな。まあ、また今度手に入ったら、少しくらいなら飲ませてやろう。まあいい、美味い酒の話は尽きぬが、我もそんなにヒマではない。


-へぇ…


ならば、お主。酒を飲むといつもこうなのか?いや、違うな。お主、注文する時点で、ちょっと感じが悪かったな。ではお主、いつもそんな感じか?店員に横柄な態度で接するのか?


-へぇ。多分、いつもこんな感じです。


ふむ。ならば、お主が、例えば街などで若いメス、女とすれ違ったらいつも尻をなでるのか?


-いや、そんな事はありやせん。そんな事をしたら衛兵にしょっ引かれちまう。


では何故だ?お主が酒を飲みながら女の店員、ホリィやミリィが通りがかった時に、尻をなでたのは。


-いや、それは、酒の勢いっていうか!なんというか、ノリで…


ふむ。ノリか…しかし、最初になでた時はまだ酒が届く前だったはずだ。酔ってない状態だったから、ノる前ではないのか?


-いや、えーと、その、こう、酒を飲むぞという気持ちで来てるので、それが、その、すでに出来上がってたというか、自分でも言葉にするのは難しいんですが、飲む前から始まってるというか。テンションも上がってるというか…


ほう、という事は、酒を飲むと、もしくは飲もうとする気持ちができていれば、すれ違いざまに女の尻をなでるのか。ならば、飲んだ後の帰り道はどうだ?街ですれ違海女の尻をなでるのか?


-いや、しやせん。街中でそんな事やっちまったら衛兵にしょっ引かれちまうので…


という事は、酒場だと飲んでようが飲む前だろうが、気持ちが出来上がっていたらやってしまってもいいと思っておる。そういう事か?酒場なら衛兵は来ぬと。


-いや、やってはいけないと思います。度が過ぎたら衛兵を呼ばれてしまうこともあると思いやす。


ほう、という事は、尻をなでるという行為が、他人の嫌がる行為、ともすれば衛兵に捕まる可能性がある行為である事は自覚しておるのだな。そして、酒場でのみすると。

それは何故だ?どこでやろうが捕まる可能性があって、それはその後のお主自身や、お主の家族、いるかどうかは知らんが、そういった近しいものに迷惑をかけるかもしれないのに、何故やるのだ?


-いや、それは魔が刺したというか…その…酒飲んでたら、その、勢いで、というか…


あのな、だんだんめんどくさくなってきたから、はっきり言ってやろう。

お主はな、まず酒場に客として来ている。という事はお金を払う。そして、酒を飲むと普段やってはいけない事を多めに見てもらえる。だって、酒が悪いし、こっちは金を払ってる客だから。などと、考えているのだ。

いや、はっきりと言語化はされておらぬかもしれぬ。お主のような輩だと。

だが、そういう事を感覚的に感じて、自分を許して、タガを外しておるのだ。

その考えは馬鹿の思考だし、間違っておる。


まずな、全てのサービスは等価交換である。

もちろん、同じ値段で、より良いサービスを提供する、いわゆる付加価値というものだな、それがより多く提供されているかどうかは店次第だ。

だがな、ここの店のサービスには、女の尻をなでる権利は含まれていない。というか、酒代ぐらいでそんなサービスが付いていたら、本業がやってやれぬだろう。

なので、まずお主がやっている事は、犯罪だ。

店員の女が、衛兵を呼んで、我らが証言すればいつでもしょっ引かれる状態である。


-そ、そんな大げさな…


これを大げさに思っている時点で、お主はカスなのだ。滅してやってもいいが、我がそれをしだすとお主の街や国には滅さなければならぬものが多過ぎて、国が機能しなくなる。なので、せずにおくが、まずはな、理解せよ。

と、言っても、今の時点で理解しておらぬから、大げさだと思っておるだろう。

まあよい、先にもう一つある。


-(ちっ、めんどくせぇなぁ…あっ、心が読まれ)


うむ。常に心を読んどる訳ではないが、顔を見ればわかるぞ。ただ、まあ、聞け。

あのな、お主、酒を飲む、もしくは飲む心構えの時に、いわゆるハメを外す状態になる。そういう風に言っておったな。多少ニュアンスは違うかもだが。


-はい…


酒を飲むと、捕まるかもしれない行為をするかもしれぬのに、何故酒を飲む?常に捕まってもいいと思っておるのか?ちなみに家族は?


-え、家族…まあ、一応。子供も…


なら、お主が捕まると家族が困るであろう。世間の目もそうだし、収入面でも、厳しくなるのではないか?


-そりゃ、まあ、一応大黒柱なんで…


もちろん、多分だが、お主も働きながらストレスも溜まるだろうし、家族とは別の場所で発散したくなる気持ちもあるだろう。

だが、酒を飲むとその家族に多大な迷惑がかかる行為をする可能性がグッとあがるのだ。

何故飲む?


-そりゃ、酒が好きだし。


お主は酒を飲まずに、例えば、普段仕事をしている時は、理性が働くのであろう?やってはいけないことの区別もついて。ならば、酒を飲むとやってはいけない事をする、というのがわかる状態で酒を飲むかどうかが選べるではないか。


-え…えーと、すいやせん。つまりどういう事ですか?


要するに、お主が酒を飲むか飲まないかの判断をしているのは、お主がシラフの状態なのだ。

なので、酒を飲む事で気が大きくなって、ハメを外すのではない。

シラフの状態で酒を飲むと行動を起こした時点で、お主は犯罪者予備軍なのである。

なぜならば、飲むと犯罪を犯してしまってもいい人格になるのがわかっているのに、酒を飲む、という選択をしておるのだ。飲む前から。


-いや、でも、酒を飲む事は悪くないじゃな、


当然酒を飲む事は悪くない。我も飲む。むしろ、酒があるから人間を生かしておると言っても過言ではない。

だがな、『酒を飲む』と『ハメを外していい』がセットになっておるのが悪いのだ。

仲間内で楽しく酒を飲み、騒ぐぐらいなら、ちょっとうるさいくらいなら構わん。大いにすればよい。我もテンションが上がって、山の一つや二つ消し飛ばしてやろうかと思う時もある。

だがな、酒を飲んでも、ハメを外しても、他人に迷惑をかけてもいい。ではない。

そして、自分がハメを外すイコール、他人に迷惑をかけるだろう。が、わかっているのに飲むのはダメだ。


飲むな。


デメリットが大きすぎるのだ。

さっき、全てのサービスは等価交換だと言っただろう。この等価交換はサービスに限らず、全ての事柄に当てはまる。


人を喜ばすと、対価として金をもらえる。より多くの人を喜ばすことができれば、金持ちになれることもあるだろう。

逆に人に迷惑をかければ、その対価として、衛兵に捕まり牢獄に入れられる。迷惑の度合い、要は犯罪の重さによって、命する失うこともあるだろう。

で、今回の場合は、酒を飲んで、美味さという喜びをお主が得る。その対価として金を払う。

ここまではよい。酒を飲んで、気持ちよくなって、人に迷惑をかける。これだ。

この人に迷惑をかける。という事まではお主にとってメリットである。


で、その対価として捕まる。捕まると、仕事をクビになる可能性かもしれぬ。すると離婚やらで、家族を失う。失うだけならいいが、お主の子供が犯罪者の子供、という事で学校で虐められる。当然、お主はまともなところで働けなくなる可能性が高いから、金もなくなる。お主もそうだが、当然お主の奥方や子供も貧乏になる。

まあ、一例ではあるが、こういう事が起こりえるのだ。実際に起きていることでもある。


メリットとデメリットが釣り合わぬのだ。

デメリットが大きすぎる。お主にとって酒を飲む行為は。本来は酒を飲むメリットを金で買うだけなのに、お主に歯止めが効かなくなるという、オプションが付いている事で、デメリットが、何倍にも膨れ上がるのだ。

わかるか?


-へぇ、わかりやす。言ってる事は、理解できやす。


なら、どうする?

今後も別に飲んでもよいのだぞ。歯止めが効くなら。

というか、ここで一生飲みません。と言っても、100パー無理だろうし、ちょっとだけ飲まなかった期間に甘えて、多分次は捕まるレベルの迷惑をかけるだろうから、一生飲まない、という選択はよくない。

なので、適度に飲め。もしくは、ハメを外したら止めてくれる友人などと飲むがよい。ここで飲むのもよいと思うぞ。お主がハメを外したら、味覚を含めた5感を無くしてくれる呪術を使えるものもおるし、我もおる。


-へぇ、そうですね。俺も長生きしてぇんで、気をつけながら飲むようにしやす。すいやせんでした。


うむ。今後は気をつけるのだぞ(どうせ飲むのだろうな。今後も…)

あ、ちょっと待て。ほら。


-え、なんですか、今のは。


まじないだ。お主がハメを外して、他人に迷惑をかけんようにな。酒を飲んだ時にな。

ちなみに、数千年を生きる唯一無二の偉大なるドラゴンである我がかけるまじないだからな。言ってる意味がわかるな。


-(顔、近っ、怖ぇぇ…)へ、へい。わかりやした。二度といたしやせん。申し訳ございやせんでした。


うむ、なら帰れ。奥方と子供の元にな。今日の酒代は我が払っといてやる。


-え、いいんですか!?


構わん。帰れ。


-ありがとうございやした。失礼します!!



ふぅ(多分またやるのだろうな。次やったら、片腕ぐらいもいでやろうか。でもなぁ、約束しておるしなぁ)

まあよい。店主よ。聞いておったであろう。先の男の払いは我につけよ。ん?お人よしだと?まあ、せめて我の手の届く範囲くらいは、なんとかしてやりたいとは思うのだ。

とはいえ、さっきの者にしっかりと刺さっておらぬようだったし、また、同じ事をするであろう。

ブレス以外で誰かに言う事を聞かすのは、難しいな。

お、これはなんだ。注文しておら…奢ってくれるのか。ありがたく頂こう。

また、何か困り事があれば我に言うのだぞ。

一杯につき、ひとブレスで請け負うてやるからの。

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