『風邪を引いたら、休まなければダメなのだ』
ん、おお、お主、久しぶりであるな。どうした?マスクなどして。誰だか分かりにくかったぞ。風邪か?んーと、風邪だな。視るところ流行病ではないな。そんな状態でこんなところに来るとは。
まあ、ひとまず表に出ろ。で、ここに座れ。
ほれ。
どうだ。効いたであろう。回復魔法をかけてやったぞ。流行病だと効かぬが、ただの風邪くらいだとこの通りである。とは言え、明日明後日くらいは安静にするがよい。
で、何しに来たのだ。そんな状態で。もしかして、仕事帰りか?
ーそうなんですよ。ありがとうございます。めっちゃ楽になりました。流石、ドラゴンさんですね。回復魔法まで使えるんですね。強くて、色んな魔法も使えて、しかもかっこいいとか、死角なしじゃないですか。
当然である。我は偉大なるドラゴンであるからな。即死でも治せるぞ。その場合、記憶の補償まではせんがな。もちろん、ここまでできるのは我だけだ。
数千年の研鑽を積んだからこその、オールラウンダードラゴンであるからな。
ではなくてだな、何故、お主はここに来たのだ。そんな状態で。もしかしてお主、仕事帰りじゃないだろうな。
-いや、今日ここに来たのは、晩飯を作るのがしんどそうだから、食べて帰ろうと思って。ここなら、胃に優しいものもあるじゃないですか。それに、仕事も行ってましたよ、しんどかったけど、俺が休んで周りに迷惑かけてもいけないから。でも今、ドラゴンさんに治してもらったから、明日もバンバン働きます。いやー、ラッキーでした。
ふむふむ、そうか。なあお主。風邪を引いてるのに職場に行ったのか。確か、お主は鉱物を扱う商会で働いておったな。なあ、お主。ちょっと聞きたいのだが、今日の仕事の時にな、仕事場の同僚に何度も声をかけられなかったか。特に席が近い者に。無理せずに帰った方がいいよ。休んで大丈夫だ。有給とった方がいい。とかな。心配してくれるような、そんな感じで。
-そうなんすよ。普段、そんなことないのに、やっぱ俺が弱ってたからか、みんな、なんか優しかったすね。でも、それに甘えて休ませてもらったりしたら、他の人の負担が増えたりして迷惑がかかるから、ちょっと頑張っちゃったんすよ。
ふむふむ。アルクよ。お主は人間の中でも、まだ若い部類に入るな。齢20そこそこだったか。
ーまだ20歳までいってないっすね。19歳っす。社会人二年目っすね。
ふむ。まだまだ若輩ということだな。よし、我が今からお主にいい事を教えてやろう。よくよく身に刻みこむのだぞ。真言魔法で文字通りその肉体に刻みつけてやってもよいが、あれは呪いと似たようなものだから、そこまではしないでやろう。甘々で、我ながら嫌になるが、優しく教えてやろう。我は偉大だから、弱者に優しいのだ。
-え、なんすか。説教くさいのは…いや、何でもないです。聞かせていただきます。だから、そのコォォーってやつ、勘弁してください。教えてください。お願いします!
うむ。まずな、職場の同僚が声をかけてくれていた件だが、あれなはっきり言うとな『迷惑だから帰れ』と言っておったのだ。
-え、そんな事言われてないですよ。みなさん心配してくれてましたよ。
まあ待て。最後まで聞け。何故かと言うとな、周りの者は、みな大人なのだ。大人になると、知っておるのだ。社交辞令を。それに、確かに優しいのであろう。そして、時代というのもあるのだ。
はっきりと迷惑だから帰れ。と言うのは可哀想でもあるし、それによって傷ついた、パワハラだ、みたいに騒がれても困る。職場がトゲトゲするのもよくないしな。なので、心配したような言い方をしているのだ。
もちろん、心配する気持ちもゼロではなかっただろう。だが、ほぼゼロだ。それよりも、人にうつるかもしれないのに職場に来やがって、と言う気持ちでいっぱいだったはずだ。何故かわかるか?
-いや、まあ、そりゃぁ言われてみれば。多少はそう思われてたかもしれないですけど…
多少ではない。それがほとんどなのだ。周りの職場の者の中には、子供がいるものや、祖父母などの高齢者と暮らしているものもあるだろう。総じて、そういった者たち、子供と年寄り、年寄りと言っても我と比べたら子供も子供ではあるが、まあ、それは置いといてだな、そういう者達は風邪に対する抵抗力が弱い。我のような抜群の効果をもたらす回復魔法が使える者も人間にはそうはおらぬだろう。
そういった、風邪に対する抵抗力が弱い人間が周りにいるものからすると、家に風邪の元を持って帰りたくないのだ。自分は抵抗力があるからうつらないかもしれないが、子供や年寄りはそうではないからな。
なので、風邪の塊のようなものが職場、しかも一日中近くにおる状態というのは、迷惑でしかないのだ。
お主は今日一日、周りの者に迷惑をかける可能性がある存在だったのである。わかるか?
-………はい
そしてな、だからと言って、きつい口調で帰れ!迷惑だ!と言うのも角が立つ。だから、心配してる風に優しく帰るように促していたのだ。それにな、大人は大人が風邪を引いても心配しない。大人は体調管理をするのも仕事のうちなのだ。聞いたことあるであろう。ただ、どうしようもない時もある。ちょっとした巡り合わせで、自分も風邪を引くこともある。
仮に誰かが風邪を引いた時に、いつもきつい言い方をしてた者が風邪を引いてしまったら、何を言われるか、思われるか、というのがあるので、保険としても優しくするのだ。自分が風邪を引いた時のために。
わかるか?
-…はい。
だから、風邪を引いたら、潔く帰らなければならないのだ。
-…でも、
でも、なんだ?
-でも、風邪くらいで休んじゃったら、ただでさえ忙しい仕事が追いつかなくなっちゃったりして、後々困るじゃないですか。だから、俺は無理をして頑張ったつもりなんですが…
お主な、自分に酔っておらぬか?風邪を引いて、体調がわるいのに頑張ってる自分に。
-っ!
まだ若いから、その気持ちもわからんでもない。だがな、さっきも言った通り、お主の自己陶酔に周りを巻き込んで、迷惑をかけるのは違うであろう。
そもそもな、従業員の1人が風邪で休んだくらいで、仕事が回らなくなるような職場だったとしたら、それはお主の上司が悪い。もしくは、商会が悪い。
そういったイレギュラーも含めて、運営するのが上司の仕事である。
それが出来ないような商会は潰れてもよい。従業員に負担をかけるばかりだろうからな。
まあ、ひとまず、それは置いといてだな。
とにかく、風邪を引いたら休まなければならないのだ。
お主の健康の為でもあるが、何よりも周りの者に迷惑をかけない為にな。
わかったか。
-…わかりました。すみません。
我に謝ってどうする。明日くらいは休みを取るがいい。そして、次に職場に行った時に、もしも誰かが体調不良になっていたら、謝るのだぞ。お主のせいかどうかはわからぬが、一応、風邪をうつしてしまったかもしれない。という形でな。
まあ、その時はここに連れてこい。治してやってもいいぞ。美味い酒と引き換えにな。
-はい!ありがとうございます!
よし。帰れ。
-はい。
・・・帰ったか。さて、我も帰るか。
風邪か。我もたまには引いてみたいものだな。あ、でも、看病してくれる幼馴染がおらぬから、引いてもしんどいだけだな…