表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

『今のお主が一番若い』

どうした?なんだか今日は疲れた顔をしておるな。

さては、なんぞやらかしたか?


-ちげーよ。何もやらかしてないし、仕事も家庭もすこぶる順調だよ。


なら、どうした。

明らかに普段の様子と明らかに違うぞ。魔力もなんだか澱んでおる。


-勝手に人の魔力なんて見てんじゃねぇよ。ちっ、厄介だなぁ。全てを見通す眼、だったか。ドラゴンってのは、みんなそうなのかよ。


我はただのドラゴンではないからな。こうして人語も解すし、体のサイズも見ての通り変幻自在だ。この眼も、齢数千年を経て、もちろんただ齢を重ねただけではないぞ。ただでさえ偉大なドラゴンが自らを高める事であらゆるものを見る事ができる眼となったのだ。

とはいえ、この世は見たくないようなもので溢れておるから、もう、ほとんど使っておらぬ。せいぜい、今言ったように、お主の様子がおかしかったから、魔力の流れや、内臓の病がないか見てみただけだ。


-って、そんなとこ見てたのかよ。で、どうだ。俺の内臓は。変な病気はなかったか?


うむ。一通りを視たが、問題はなかったな。人間で、お主くらいの歳頃だと、病の一つや二つくらいあってもよいが、誇るがよい。すこぶる健康だ。


-齢数千年のドラゴン様に言われてもなぁ


ただ、先ほど言った通り、身体を巡る魔力が澱んでおる。身体が問題ない場合でそうなるのは、ほとんどが精神的に弱っておる時だ。何か悩みでもあるのだろう。どうした?浮気が奥方にバレでもしたか?


-齢数千年生きてきたドラゴンが、ちっぽけな人間の浮気の心配か。いや、まあ、安心しろよ。浮気なんて怖くてできねえよ。俺は元B級冒険者だが、あいつは現役A級だぜ。怒らせたらさっくり殺られちまうよ。そういえばあいつ、また新しい魔法覚えたんだぜ。しかも極大魔法。世が世ならS級になってたっておかしくねぇくらいだからな。


そういえば我の住処まで、人間で初めてたどり着いたのはお主の奥方のパーティーだったな。あやつが放つ魔法には面食らったぞ。まあ、面食らっただけで、ダメージはなかったがな。


ーあいつの魔法を受けて、ノーダメージって。やっぱすげぇな、ドラゴンってやつは。


当然だ。年若いドラゴンならまだしも、我だからな。我もまだ若い頃、千年も生きてない頃は、障壁魔術もまだ未熟で、当時の勇者に脇腹を抉られたこともあったがな。ほれ、これがその時の傷だ。

なんじゃその顔は。同じ話を100回聞いたみたいな顔をしおって。あ、言っておるか。100回くらいは。いや、まあ、無理もない。後にも先にも我が大きな傷を負ったのはその時だけだからな。それ以外に戦いについて話すこともないしな。

ところで、お主もあるだろう。話したいことが。我にぶちまけてみよ。伊達にお主らの100倍以上の齢を重ねておらぬぞ。


-齢数千年のドラゴン様に相談する内容じゃねえよ。俺の悩みは。俺たち人間はたかだか100年も生きられねぇんだぞ。お前らからすると、瞬きするような時間だろ。


今と同じ事を前にも言われたことがあるな。覚えておる。お主らの国の最初の王だ。

良かったではないか。お主には王の素質があるかもしれんぞ。

でな、お主らのような寿命が短いものからするとそのような勘違いされるかもしれんが、瞬きするような、は違うぞ。

お主らのの100年と我らの100年は同じである。決して瞬きをするように過ぎていくものではない。

例えばの話だが、我がお主らの人間のように、農業や畜産、金を使った商売をして生きていたとする。

その場合、能力によって作業スピードのいくらかの速い遅いはあったとしても、お主らのする作業、例えば1日で何かを100個作れるとする。我も人型になって同じ作業をした場合、同じように100個しか作れん。

種族の違いや強さ、寿命など、その辺りは確かに違うが、こと時間と言うものに関しては、全く同じである。その価値も、感じ方もな。

ほれ、そんな同じ時間を共有する偉大な我に打ち明けてみんか。お主の悩みとやらを。


-偉大なって言っちゃってるじゃねぇか。まあいいか。それにな、俺が最近考えちゃってる事も、別に悩みってほどでもねえよ。誰でも思う事だ。

単純に、このままでいいのかって、最近思うんだよ。


このままで、と言うのは仕事のことか?奥方のことか?


-なんで、マリエルのことが出てくんだよ。そっちはいいんだよ。一生このままで。一緒添い遂げんだよ。


ヒューヒュー


-軽いな、おい。ドラゴン様なら、もっと重厚にどっしり構えとけよ。そう、そんな感じだ。いいじゃねぇか。ドラゴンっぽいよ。

でな、要は単純な話だ。俺の仕事知ってるよな。


うむ。ギルドの指導員だったな。主に戦闘面での指導をしておるのだろ。


-ああ、そうだ。もちろん、元がB級だったっていうのもあって、小型の魔獣についてってのが主だ。

毎日毎日、冒険者の卵に講義をして、実習をして、もちろん多少は危ない事もあるが、概ね安全だ。実習の時はかなり万全な体制で臨むしな。たまにマリエルと一緒になる事もあるよ。

で、その仕事が嫌か、って言われるとそうでもないんだぜ。教え子が成長していくのは、素直に嬉しいし、やりがいにもなってる。でもな、そいつらは、これから成長していく、前に進んで行ってるのに、俺はこのままなんだよ。多少、給金が上がったり、教え方の変更というか、進化というか、少しは勉強しなおさないといけない事もあるが、基本的には同じ場所で足踏みしてる状態だからさ。

なんか、もっとやりたい事とかできたんじゃねえか、って思ったりしちゃってんだよな。最近。

病気じゃねぇなら、お前の言う、俺の魔力の巡りが悪くなってるのは、それが原因だと思うよ。ちょっと無気力になってるって感じだからな。


ふむ。簡単ではないか。やりたい事をやればいいのではないか。そうすれば、そのお主が言う停滞した生活と、また違う楽しみが発生するではないか。そもそも、何がしたいのだ。やりたい事とは。


-簡単に言うんじゃねぇよ。仕事に残業がめちゃくちゃあるってわけでもねぇけど、時間の余裕もあんまりねぇし、仕事を辞めるわけにもいかねえ。生活があるしな。歳だっていい歳だ。これから何か始めるにはちょっとしんどいってのがあるんだよ。

それに、別にやりたいことが具体的にあるわけじゃねぇしな。

まあ、おっさんのただの愚痴だ。気にすんな。そのうち治るよ、その魔力の巡りとやらも。


よし。なら、仕方がないな。奥方には悪いが、今からお主を滅することにしよう。店に迷惑がかかってはいけないから、一旦、外に出るがよい。なに、苦しいのは一瞬だ。全力のブレスで魂も残らぬほどに焼き尽くしてやろう。


-あ?何言ってんだ。滅するって、ドラゴンみたいな事を言いやがって。ああ、ドラゴンだったな。って、なんだその目は。怖ぇよ。いや、待てって。引っ張んな。痛てぇって、ちょ、待て、待てって。ぐわっ!

痛ってぇな。何すん…おま、サイズ…でっかくなってんじゃねぇか。


よし。それでは、かねてよりの約束通り、今からお主を肉体も魂も残らぬほどにブレスで焼き尽くしてやろう。安心せぇ。その後は、お主の街や他の人間には危害を加えたりせぬ。もう、そんな気は起こらぬ。お主と、あと、背後と山や森は多少削れるくらいはあるかもしれんが、そこはご愛嬌だ。さらばだ。


-待てって。マジで言ってんのか?って、ちょっとまて、口開けんな。待て待て待て!コォォーじゃねぇ。なんか、奥に青いのが出てるって。待って。待てって。打つな打つなって、あ、やっべ、死ぬ。ちょ、くそ、おおぉぉぉお、オラァァァ!!


………おお、上手く虚空に逸らしたの。さて、なぜ抗う?


-そりゃ抗うだろ。お前!マジで死ぬとこだったじゃねぇか。俺が口をぶち上げなきゃ、マジで俺に当たってたじゃねぇか。


まあ、当てるつもりだったからの。


-今更何してんだよ。人間に危害を加えねぇ約束じゃねえか。あれから20年くらい上手くやってただろ。なんで、急にドラゴンになったんだよ。いや、まあ、元々ドラゴンではあるけど。違ぇだろ。お前は。あの、考えなしの魔獣とかとはよ。


何を言っておる。お主が言ったのだ。あの時。

することがなさ過ぎて、暇つぶしに街の一つや二つを滅ぼそうかと思ってた時に。お主が1人でやってきて、

「俺が街を潰すなんて娯楽より、楽しい事を教えてやる。だから、俺が死ぬまではこの世界を滅ぼすんじゃねぇ」と。

最初はたかだか100年も生きぬ矮小な人間ごときが何を言っておるのだ思ったが、話を聞くと

「俺にはやりたい事がいくらでもあるから、少なくとも俺が死ぬまではお前を退屈させねぇよ。それを今から教えてやるから、とりあえずここを出てこい。美味い酒を飲ませてやる」

とな。

お主がやりたい事がなくなって、我を退屈させない約束を違えるようだったから、やってやろうと思ったのだ。


-あぁ…そうか…そうだったな。そんな事言ったな。確かに言った。でもよう、20年だぜ。お前らドラゴンにとっての20年なんて、あっという間かもしれねぇが、俺たち人間にとっての20年って、結構あるんだよ。俺ももう45だ。あの時と違って若くねぇし、さっきも言ったけど、生活もあるんだよ。子供もまだ10歳にもなってねぇ。


我も、さっき言ったであろう。お主の20年も我の20年も同じである。

それにさっきからお主が言っておるが、お主は自分で若くねぇと言っておるが、そんなことはない。若いのだ。


-そりゃ、何千年も生きるドラゴン様と比べたら、若いかもしれねぇが、人間の基準からしたら、若くねぇんだよ。


違う。お主のことを言っておるのだ。今のお主は、お主の人生にとって、一番若いお主なのだ。分かるか。昨日のお主より、今日のお主は一日分歳をとっておる。確かに時間は全てに、我らドラゴンやお主らの人間だけではなく、この世界の全てにとって平等だ。それは仕方がない。

だがな、明日のお主より今のお主は、一日分若いのだ。それが一年でも百年、まあ、百年は生きられんが、それでも未来のお主と比べると今のお主が一番若いのだ。

言ってる事がわかるな。


-そりゃな。意味はわかるさ。だから、なんなんだよ。俺には守るべきものがあるし、その為に金をがいる。それに今から始めたところで、できることなんざ、たかが知れてるんだよ。もう、遅ぇんだよ。


何を始めたいのだ。お主のやりたい事はなんだ。さっきはやりたい事がないと言っておっただろう。あれか?配信者か?女装して料理作ったりしたいのか?


-違ぇよ。って、なんだ、その女装して料理って。くだらねぇ。いや、まあ、人それぞれだから、それはいいんだけどよ。

ふぅ。まあ、なんだ。その、魔法だよ。魔法。


魔法?お主は戦士ではないか。その大剣で戦ってきたのではないのか。そもそも、すでに強化魔法とやらを使ってるではないか。


-ちっ、言っちまった。まあいい。

俺が魔法を使えるようになりたいってのは、あれだ、新米の奴らのためだよ。俺らがやってる冒険者ってのはよ、命がかかってるからよ。俺が魔法を使えるようになって、強化魔法や生活魔法じゃないぜ。攻撃魔法な。

それを使えるようになればな、近距離を剣とかの武器、中遠距離を魔法、って戦い方の幅が増えるんじゃねぇかと思ってよ。


ふむ。しかし、お主らはいつもパーティーを組んでらではないか。遠距離から魔法使いがチマチマと何やら撃ってきて、近距離でお主ら戦士がせこせこと斬りつけてくる、みたいなやつをやっておるだろう。


-もちろん、それはそれで一つの戦法だ。だがな.俺たち戦士は近接戦闘が基本だろ。だから、当然、魔獣のリーチ範囲に入るんだ。だから、逆に攻撃を喰らう可能性も高いんだ。そりゃ、それは覚悟の上での冒険者だがな。でも、できるなら生き残る可能性を上げてやることもできるんじゃねぇか。って思ってよ。


ほう、魔法を使う戦士か。魔法戦士とでも言おうか。なるほど。感心したぞ。さては、お主が配信者になろうと考えてるのを言えなかったのかと思っていたが、感心ではないか。

自分のためではなく、教え子のために、教え子の命を守るためにそんな事を考えておったとは。

素晴らしいではないか。ワレ、ウレシイ。


-なんでいきなりカタコトなんだよ。あー、もう。

それにな、やりてぇからって、できるもんじゃねぇんだよ。魔法ってのはよ。見たことあるだろう。魔法使いの戦い方を。見てきたっつーか、戦ってきた、か。

強力な魔法を使うには、集中力が必要なんだ。お前らドラゴンみたいに、ポンポン口から放てねぇんだよ。

だから、俺たちは別れてんだよ。専門ごとにな。

でも、強力なものじゃなければ、戦いながらでも放てるようにできたりな、まあ、これは俺ができたらいいなって思ってるだけなんだが、敵の属性に合わせて、武器に魔法を纏わすことができたら、すげえいいんじゃねぇか、とか、考えてるんだよ。ただ、誰もやった事がねぇし、今からやるなんて、どんだけ勉強とか修行をしないといけねえのか、と思うと、なあ、なかなかな。

俺がもっと若かったら、魔法の勉強もしやすかっただろうしって思っててよ。


-何を言っておる。先ほども言ったが、今のお主が一番若いのだぞ。今日からその修業やらを始めれば、明日から始まる場合より、一日経験を積めるのだ。

例えば、十年後のお主があったとする。今日から魔法剣士の修行をした場合、魔法戦士の経験が丸十年ある魔法剣士だ。一年後に始めた場合、九年の経験しかないのだぞ。若干乱暴な論理かもしれんが、真理でもある。

ほら、始めろ。今、ここからだ。なんだったら、我が実験台になってやってもいいぞ。

お主やお主の弟子が全力で打ってきたとしても、我に傷一つつけられんだろうがな。むしろ、付けられたら誇ってもよい。この我に傷をつけた事を。


-なんだよ。そりゃ


それに、お主の場合、一番身近におるではないか。魔法のエキスパートが。

ほら、すでにあるではないか。お主がやろうとしている事を始める舞台が。仲間が。

後は。お主が動くだけだ。ほら、なんだったらもう一発撃ってやろうか。景気付けに。


-よせよ。ってか、さっきのも本気じゃなかっただろ。お前の本気のブレスなんざ、俺ごときが顎を打ち上げようが、逸らせるはずがねぇもんな。


そんな事はないぞ。確かに本気ではなかったが、並の人間ならば、骨すら残らぬ程度には撃とうとしておったよ。それに、我のブレスをあのようなやり方で防がれたのは、それこそ、あの時以来だ。脇腹を抉られた時のな。ほれ、やっぱりお主には素質があるのではないか。王とまではいかぬかもしれんが、お主の弟子を導くくらいにはな。

ほれ、行ってこい。そして、奥方に頭を下げてくるがよい。


-ちっ、敵わねえなぁ。

まあ、いいや。これも何かのきっかけか…

なあ、今度、美味い酒でも奢るよ。


うむ。樽でな。それに、我も見てみたい。炎や氷を纏う魔法剣をな。それを見れるなら、いくらでも実験台にでもなってやるぞ。


-樽って。いくらかかんだよ。まあ、上手くいったら、Aランクの魔獣でも狩って稼ぐか。待っとけよ。その太い首を長くしてな。あとな…ありがとよ。


はっはっは、では、待っておこう。とはいえ、休みの日はここに来いよ。我はいつでも待っておるぞ。


-ああ、わかったよ。またな。



・・・この数十年後、剣と魔法を駆使して戦う、魔法剣士という新たなジョブが誕生し、勇者と共に魔王討伐の旅に出たのは、また別のお話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ