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Case3 姫川せせらぎの場合 ~バーチャルアイドル狂想曲~

 終電の発車まで、五秒前、四、三、二、一……。

「やっぱり、依頼取り下げます! ごめんなさい、全部なかったことにしてください」

 依頼人の女性に腕を掴まれ、電車に乗り込むのを制止された。扉は目の前で閉まり、電車が発車した。

 依頼人の呼吸が乱れていた。彼女、杜若かきつばたゆいなは元々所属事務所で人気ナンバーワンの バーチャルアイドル だったが、後から入ってきた後輩に抜かれてしまった。嫉妬からその後輩を殺そうとしていたが、思いとどまったようだ。

「よかったの? 次は電話番号もメールアドレスも変わってるかもしれない。君が次に依頼できる保証なんてどこにもないけど」

 “終電の殺し屋”への連絡窓口は、警察や厄介な同業者に見つからないように定期的に変えている。

「それでも、あたしはもう一回、ちゃんと正攻法でてっぺんめざします!」

 お世辞にも美人とは言えない、それが彼女の第一印象だった。数時間の対話を通じて、彼女は心を入れ替えた。今この瞬間、彼女は確かにアイドルの顔をしていた。

「じゃあ、キャンセル料差し引いて、差額は返すね」

「いえ、自分への戒めとしてちゃんと払います」

「ふーん、貰えるもんは貰っときゃいいのに。稼いでるやつはいう事が違うねえ」

 彼女からは巨額の依頼料をもらっている。

「じゃあ、もし私が今度こそちゃんと一流の バーチャルアイドル になれたら、その時にスパチャで返してください」

 そう言うと彼女は反対側の終電に乗って帰っていった。最後に見た顔は晴れやかな顔だった。



 数か月後。とある女性から、依頼を受けた。資料を広げられる場所と言うことでカラオケボックスを使うことにした。

 マスクをした女性が待ち合わせ場所にやってくる。推定25歳前後といったところだろうか。姫川せせらぎ、職業バーチャルアイドル。年齢非公開で顔出しをしていない。正体秘匿の徹底っぷりは異常なほどで、オフラインコラボの類すら行わず、同じ事務所の バーチャルアイドルですら彼女の素顔を知らない。

 オンラインコラボのみというハンデを背負いながらも、数々の会社でバーチャルアイドル達が群雄割拠する戦国時代においても、ぶっちぎりの人気を誇る史上最強のバーチャルアイドルだった。

 身バレもリスクを負っていないにもかかわらず、人気であること。そして、オフラインでつるまない、すなわちお高くとまっていることから同業者の間ではやっかみもあり、 身バレもリスクを負っていないにもかかわらず、人気であること。そして、オフラインでつるまない、すなわちお高くとまっていることから同業者の間ではやっかみもあり、かの除彼女を嫌う人間も多い。実は良家のお嬢様という説も一時期ネットで流れ、それもやっかみの一因となった。先日の依頼人、杜若ゆいなはまさにその筆頭格で、彼女は“お高くとまった幸せな天才お嬢様”であるところの姫川せせらぎに対して殺したいほどに嫉妬心を抱いていた。直前で殺害は思いとどまったけれども。 つまり、奇しくもかつてのターゲットでありながら、その難を逃れた姫川せせらぎから別の人物殺害の依頼を受けた、という形になっている。

「ターゲットは週刊誌の記者・宗田です。彼女の捏造記事に私は人生を壊されました」

 姫川せせらぎはスキャンダルによって突如活動休止に追い込まれた。同じ事務所に所属する後輩たちへの陰湿ないじめが週刊誌によって暴かれた。罵詈雑言が書かれたライン画像が流出したという。当該記事には関係者による証言も載っていた。

「捏造です。私はいじめなんてしていません」

 姫川せせらぎは断固として容疑を否認し続けていた。嘘なら名誉毀損で訴えればいい、それをしないということは真実だ。それが世論となって姫川せせらぎはその座を追われた。

「端的に言うと、むしろ君の方がいじめられてる感じだね。殺すのは宗田だけでいいの?」

 週刊誌の捏造に、多くの同業者が乗った。ちょうど今彼女の所属事務所の社長の娘がバーチャルアイドルデビューしたものの、せせらぎが目の上のたんこぶとなって鳴かず飛ばずの状況も逆風だった。 社長は彼女をこの機会に、上手に飼い殺すことにした。ナンバーワンでなくなっても固定信者は依然として存在する。手放すのは惜しい。所属タレントをいじめたコンプラ違反ならびにイメージダウンの罪で大幅な減給。

「ええ、構いません。宗田の記事はすべて捏造であるという証拠を世間に対して明らかにしたうえで殺してくださること、それだけが私の願いです」

「すべて?」

「私以外にも被害者はいます。ここ最近だけでも、ミュージシャンのカルマさんと女優の朝比奈ほのかさんも宗田の被害者です」

 カルマは未成年女子との淫行を、朝比奈ほのかは枕営業を週刊誌によって報道されていた。これらもすべて宗田の捏造だという証拠を彼女は綺麗にまとめてきていた。せせらぎに対する被害とほぼ同じ熱量で作られた資料。

「君、生真面目だね」

「ええ、これは芸能界を悪質週刊誌記者の聖戦ですから。悪は徹底的につぶさなくてはなりません」

「OK分かった。じゃあ、行ってくる。君はちゃんとアリバイ作りしておきなよ」

「言われなくとも。では、よろしくお願いいたします」

 彼女は丁寧に頭を下げた。

「あのさあ、君。ちゃんとお金払ってくれてるし、細かいことはぐちぐち言わないけどさあ。あんまり殺し屋なめてると、今度こそ本当に殺されるよ。よその殺し屋に、こういうことしちゃだめだよ」

 念のため忠告しておく。しかし、彼女には響かなかったようだ。

「もう二度と、このような理由で殺し屋さんを頼ることがないことを願います。そのために徹底的によろしくお願いいたしますね」

 慇懃無礼、という言葉がしっくりくる女だ。姫川せせらぎがほわほわお嬢様キャラとして人気を博していた頃の雰囲気ではなく、いじめの件(捏造だけれど)が週刊誌にのせられてみんなが好き勝手に思い描いた高飛車お嬢様のイメージ図そのものといった感じだ。

 しかし、この際、彼女の行動の是非はどうでもいい。粛々と任務を遂行するのみだ。


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