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Case0 セイの場合 ~御伽噺の鬼退治~

 昔々、といっても十三年位前の話だけれど、ある港町に親に虐待されている子供がいました。名前は……なんだっけ。もう忘れた。


 お父さんは山へ芝刈りに、じゃなくてどこかへ蒸発しました。子供の認知はしませんでした。お母さんは、夜のお仕事に行くと言っていましたが、今考えると半分くらいは彼氏の家に行っていたような気がする。


 ある日、水商売から返ってきたお母さんは客から桃、ではなくハムスターをもらってきました。最初の三日間、お母さんはハムスターをとても可愛がりました。


 面倒くさがり屋のお母さんはすぐにハムスターの世話をしなくなりました。だから、子供が代わりに見様見真似で世話をするようになりました。


 子供は自分のご飯をハムスターに分けてあげました。お母さんの作ったきび団子ではなく、コンビニで買ってきた菓子パンです。


 お母さんは二つスマートフォンを持っていました。プライベート用とお仕事用です。子供は使っていないほうのスマートフォンで動画を見ることが許されていました。(※ただし機嫌がいい時に限る)スマートフォンでハムスターの飼い方を動画で一生懸命調べました。


 ハムスターはすぐに死んでしまいました。お母さんは泣きました。泣きながらボロアパートの庭にハムスターを埋めてお墓を作りました。




 それからしばらくして、家には鬼が来るようになりました。子供に暴力をふるう鬼の正体はお母さんの彼氏です。鬼はお母さん以外にも彼女がいました。だから、精神が不安定になったお母さんは子供に暴力をふるいました。


 ある日、お母さんは家にスマートフォンを忘れていきました。それが仕事用のものだったのか、プライベート用のものだったかはわかりません。子供が動画を見ていると、怪しいお兄さんが“闇サイト”の紹介をしていました。どうやら特定の電話番号にかけると桃太郎さん、ではなく殺し屋さんが鬼退治をしてくれるようなのです。


 子供はその番号に電話を掛けました。電話の向こうからはおじいさんの声がしました。子供はそのおじいさんに、鬼退治をお願いしたのです。


「お名前は?」


 咄嗟に自分の名前が出てきませんでした。お母さんは「あんた」としか呼んでくれないから、しばらく聞いていなくて度忘れしてしまったのです。子供は黙り込んでしまいました。


「今から、駅に来られるかな?」


 おじいさんはそう言いました。殺し屋のおじいさんは逆探知という名前の魔法が使えたので、子供がどこから電話をかけているかわかったのです。


 駅までの道は知っていました。お母さんがパンを買う時間がなかった日は、お母さんが置いていった百円玉で駅前のコンビニに行ってパンを買っていたからです。


 子供はすぐに駅まで走りました。おじいさんはすぐに子供を見つけました。親もなく深夜に一人で出歩いている五歳の子供なんて他にいなかったからです。


「さて、誰を殺してほしいのかな?」


 子供は自分自身を指さしました。


「あんた、ほんとアタシに似てないな。そういう可愛くない子供のこと、鬼っ子っていうんだってさ」


 子供は昔お母さんにそう言われました。お母さんに暴力をふるった昔の彼氏そっくりだったから。


 自分は鬼だ。子供はそう思い込んで育っていたのです。自分が死ねば、お母さんは優しいお母さんに戻ってくれるかもしれない。だって、優しくしてくれたこともあったから。


 もしかしたら、死んだらお母さんが泣いてくれるかもしれない。ハムスターが死んだとき、お母さんは泣いていたから。


 矛盾した感情です。結局あの時、お母さんに泣いてほしかったのか笑ってほしかったのか、どちらだったのでしょうか。もう思い出したくない。


「ごめんなあ。じーちゃんはなあ、子供は殺さない主義なんだよ」


 おじいさんの大きな手が子供の手をなでました。温かい手でした。生まれて初めてのぬくもりでした。


 子供はあざだらけで痩せ細っていました。髪はボサボサで服もボロボロでした。すべてを理解したおじいさんは言いました。


「おまえ、じーちゃんちの子になるか? 贅沢はさせてやれないが、三食昼寝と風呂くらいは不自由させないぞ」


 それはとても魅力的に思えました。お母さんを捨てるのは心苦しかったのですが、本能には勝てませんでした。子供は小さくうなずきました。


「おまえ、名前は?」


 答えようとしましたが、うまく声がでませんでした。あまりに喉が渇いていて、声を出そうとすると咳込んでしまいました。


 おじいさんはお水をくれました。ペットボトルに入った普通のお水です。でも、その瞬間はそれが世界で一番おいしいごちそうに感じられたのです。


 喉が潤って声が出るようになっても、二度も名前を名乗るのを失敗した子供はまた失敗してしまうかもしれないと思って何も言いませんでした。


「忘れちゃったのかあ。じゃあ、じーちゃんが新しく名前つけてやろう」


 おじいさんは、名前を名乗らない子供を起こりませんでした。がっはっはと笑い飛ばしました。


「おまえの名前は今日からセイだ。セイってわかるか? 死の反対だ。死ぬことの反対は生きることだ。もう死にたいなんて考えるな」


 もう一度おじいさんは子供の頭を撫でました。


「セイ、おまえは生きるんだよ。じーちゃんと一緒にな」




 その日、町で一人の子供が死にました。テトラポッドのそばで靴だけが見つかったそうです。遺体は見つかりませんでした。アナウンサーのお姉さんはみんなにそう伝えました。


 悲しい事件があった町から遠く離れたどこかの町では、死んだその子供にそっくりな子供が、不思議なおじいさんと手を繋いで歩いていたとか、いなかったとか。






 世の中のことなんて何も知らないくせに死にたがる馬鹿な子供のせいで、昔の夢を見た。


「ぼくが死んだらパパとママが悲しむ、なんて自信もって言える奴が自殺なんてすんな。バーカ」


 軽くぼやいて、起き上がって歯を磨く。




 昨夜は大変骨が折れる任務だった。終電を逃した後、ターゲットの家をじーちゃんの車で梯子して子供部屋に忍び込んで音もたてずに次々といじめっ子を略取した。中には子供部屋じゃなくて親と川の字で寝ているやつもいて、気づかれないようにさらうのは本当に大変だった。


 身代金目的の犯行に見せかけるために、飛ばしの携帯からそれぞれの親に金を要求した。子供の遺体はそう簡単に調達できない。なので、警察を欺くためには大人の骨を加工する必要がある。その処理が終わるまでは、行方不明扱いのままだろう。


 当然、子供たちは生きている。無事更生施設に送り込んだ。人を傷つけて何とも思わない彼らは生まれ変われるのだろうか。それは誰にも分らない。ただ、罪を心から悔い改めて優しい人間になれたその時は、別人として新しい人生を歩んでほしいと思う。




「おう、セイ。起きたか。飯できてるぞ」


「っす、いただきまーす」


 朝食を食べ始めると、頭を軽く小突かれた。


「殺し屋にふるまわれたもんを無警戒に食うな。ったく、何百回言えばわかるんだか」


 子供の頃は言われなかったが、ある程度分別のつく年齢になってからはたびたび注意されている。


「じーちゃん以外から食いもんもらったりしないってば」


 目玉焼きがのったトーストをほおばりながら答える。




「セイ、昨日はお疲れさん」


 じーちゃんがねぎらってくれた。うん、昨日頑張ってよかった。頑張った自分に、牛乳で乾杯。




 昨夜、去り際に晴翔と両親の会話を少しだけ盗み聞きした。晴翔はいじめのことを無事両親に相談でき、何でも相談できる関係性を築くことができたようだ。雨降って地固まるってやつだ。


 自ら命を絶とうとするほど追い詰められた少年に過去の自分を重ねたのは事実だ。でも、彼があの電車に乗らずついてくるようなことがなくて本当に良かった。弟にしてやるなんて啖呵を切ったけれど、可愛がれる自信がない。それはたぶん、彼が優しい両親に育てられたことに対する嫉妬ではない。


 じーちゃんをずっと独り占めしていたいという幼い独占欲だ。

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