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Case2 高遠原晴翔の場合 ~虐げられた子供~

 ダイヤが乱れていた。“終電の殺し屋”にとっては電車の時間が狂うことはあまり好ましくない。とはいっても、今朝から続いている運休・遅延の原因となった人身事故は同業者による妨害ではない。


 依頼とはまったく無関係に、どこぞの高校生が電車に飛び込んだ。自殺だ。今日は月曜日、統計的に自殺が起こりやすい日だ。先週の月曜日も似たような状況の自殺事件があった気がする。


 午後九時半。少し早い時間を指定したせいか、駅前にはいつもより若い人間が多い。塾帰りの中高生どころか小学生までいる。


「遅延証明書の列めちゃ並んだよねー。そのせいで二時間目の小テストも遅れて追試だよ」


「朝練遅刻して怒られてさー」


 愚痴の内容もいつも耳にするものより若い。




 ランドセルや塾の指定バッグを背負った小学生の集団は、今日覚えたであろう範囲の歴史の語呂合わせの歌を大声で歌いながら集団下校している。その後ろを歩く周囲の小学生より明らかに小柄な少年がいる。


 服装こそ上級生が着ているものと比べても遜色がないほど垢抜けているが、どう見ても小学校低学年だ。彼こそ、今日の依頼者だと確信した。


 高遠原晴翔たかとおばら・はると、小学二年生。“終電の殺し屋”を受け継いで二年、ぶっちぎりで最年少の依頼人だ。先週の火曜日に依頼を受けた。


「ぼくの名前は高遠原晴翔です。たすけてください」


 メールアドレスを調べたところ、いわゆるキッズ携帯が発信源だった。いたずらとは思えず、直ちに彼の詳しい素性を特定しにかかった。


 父親は心臓外科医、母親は産婦人科医。お坊ちゃま・お嬢様校と名高い私立小学校に電車通学をしている。莫大な教育費をかけてもらい、何不自由なく育っているように見える彼に共感する要素などないはずなのに、どうにも気になってしまった。


 普通依頼人を贔屓などしない。特別対応ができるほど器用ではない。だが、事前に彼の情報を調べ上げたり、子供ならではの配慮をしてやったりした。


 メールの内容は親に見られてしまうかもしれない。だから、本当に必要最低限の情報だけを書いた。一通のメールに集合時間と場所を両方書いたら、夜の時間に得体のしれない大人と待ち合わせをすることが親にばれてしまうかもしれない。わざわざ日付、時間、集合場所を三つのメールに分けて送った。


 待ち合わせ場所はファミリーレストランの前。子供と、親にしては明らかに若すぎる人間が夜の公園にいたら怪しいのでファミリーレストランに入ってしまうほうが逆に安全だ。


「高遠原晴翔くん、メールをくれたのは君かな?」


 きょろきょろしている少年・晴翔に声をかける。


「殺し屋さん……?」


 自分で依頼をしたくせに半信半疑といった表情で晴翔が見上げてくる。よく見ると泣き腫らした目。


「シーッ。正体は秘密だから、お店に入ったらあんまり直接的なこと言わないでね」


「はい。わかりました」


 礼儀正しく返事をした晴翔を連れてファミレスに入る。一般的なディナータイムが既に過ぎ去ったこともあり、ずいぶんと空いていた。


「お好きなお席へどうぞ」


 店員に言われたので、一番奥の会話を聞かれにくい席に座った。


「何か食べる?」


 終電まではまだ時間がある。アイスブレイクも兼ねて腹ごしらえくらいしてもいいだろう。


「ハンバーグセットをください」


 晴翔と同じものを注文する。その直後、小学生のお小遣いとしては随分とお高目な金額を依頼料として渡された。


「これ、ママの財布から抜いてきたの?」


「いいえ。僕の貯金です」


「そう……」


 店員が来るまで当り障りのない会話でやり過ごす。


「この辺、よく来るの?」


「はい。駅の反対側のピアノ教室に通っています」


「一人で通ってるの?」


「はい。小学校にも電車通学しているので一人で電車に乗れるようになりました。家まで三駅だし、時間も夕方になる前には終わるから安全だよねって、パパ……じゃなくて父が言ってました」


「ピアノはいつから習ってるの?」


「三歳の時からです。その頃は母に送り迎えしてもらってました」


 全部事前に調べて知っている情報だが、あえて聞いた。受け答えが年齢の割にずいぶんとしっかりしている。


 店員がハンバーグセットを二つ運んできた。店員はすぐに厨房に戻った。これでしばらく店員に邪魔されずに話ができるだろう。


「いただきます」


 丁寧に手を合わせた後、ナイフとフォークを使って綺麗にハンバーグを食べ始めた。


「どうやって調べたの?」


「動画で見ました。検索したら、“アングラ仮面”って名前の人のチャンネルがでてきて……。もうその動画消えちゃったけど」


 闇サイトの紹介系動画クリエイターか。いつの時代にも命知らずのバカはいるものだ。


「なるほどね。じゃあ、本題に入ろうか」


 そう言うと、晴翔はうつむいてしまった。しばらく黙った後、晴翔はとつとつと語りだした。


「ぼくは学校でいじめられています」


 事前調査でいじめの事実があることは知っていた。過去に中高生の依頼を受けたこともあるが、学生の依頼はいじめのケースが多い。大人の場合は痴情のもつれなど多岐にわたるが、小学生ならば依頼理由は書いていなくても想像はつく。あたりをつけて学校を調査したら、大方想像通りだった。


「毎日『死ね』って言われたり、先生にばれないように痛いことされたりします」


 子供特有のストッパーのない残虐さと、生まれ持った知性からくる狡猾さを兼ね備えた厄介な存在を敵に回してしまったようだ。事前調査の結果、いじめのボスのガキは大手商社の敏腕社長の三男坊であることが分かった。これだから権力をはき違えたボンボンは胸糞悪い。


「今日は『みんなお前に死んでほしいって思ってる』とか、『みんなお前のこと嫌いだよ』とか『お前の母ちゃんはお前のこと生んで後悔してるよ』とか言われました」


 とんだクソガキだ。ほかにもいろいろやらかしているのだろうが、まっさきに確認すべきことは詳しい被害状況ではない。依頼理由が学生のいじめの場合、未希のようなケースと違ってきっちり確認しておくべきことがある。


「君をいじめていたのはこの四人で合ってる? ほかにもいる?」


 主犯格と思われる四人の写真をテーブルに並べた。終電の殺し屋の精神は「依頼人ファースト」だ。加害者が複数の場合は厄介だが、確実に全員一晩で始末する。


「今回のターゲットは、この子たち四人ってことでいいかな?」


 ボス猿だけ殺すか、全員殺すか。それによってプランは変わってくる。四人の想定で計画を立ててきたが、それよりも増える場合は少し骨が折れる。


 しかし、晴翔の場合はもっと厄介なケースかもしれない。すっかり冷めてしまったハンバーグの残りをぼーっと見つめながら晴翔は答えた。


「ぼくを殺してください」



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