エピローグ
あれから数か月。桃山真知子の裁判が始まった。容疑は五人に対する殺害。求刑は死刑。すべてが筋書き通りに進んだ。
桃山真知子は「琉伽が終電の殺し屋になって帰ってきた」と、繰り返したが藁にも縋る思いの一部に人間を除き、一般人にとって終電の殺し屋なんて都市伝説だ。
「心神喪失を装った意味不明な供述。反省の色なし」
裁判官の心証はすこぶる悪いようだ。
とはいえ、注目が集まりすぎれば都内での活動は厳しい。本拠地を大阪に移した。
「セイ、知ってる? 今話題の終電の殺し屋って昔は東京じゃなくて大阪にいたんやって!」
友人にいきなり話題を振られ、内心焦る。しかし、ただの噂話なので平常心で答える。
「へえ、そうなんだ」
確かに、じーちゃんがもし大阪で活動していなかったら、あの時拾ってもらえなかったな。
ほとぼりが冷めるまで、心の休養を兼ねて終電の殺し屋を休むように言われた。そして、その間大学に通えとのことだった。
じーちゃんはちゃんと教育を施してくれたから一般的な高卒程度の知識はある。しかし、終電の殺し屋としてやっていくうえでは科学全般を体系立てて学んだ方がよいとの判断で、高認試験を受けさせられ大学に入れられた。
適当に勉強だけするつもりだったが、友人と集まって話をしたり、アルバイトをしたりと驚くほど普通のキャンパスライフを送っている。
「一般人への擬態力だけならじーちゃん超えたかも」
「生意気言うな、このガキめ」
擬態というより普通に楽しんでいるという状態の方が正しいかもしれない。いつかどこかの町で晴翔にもう一度会ったら教えてやろう。大学は楽しいぞ。
アルバイト先は大学近くのペットショップ。つい最近まで、ハムきちの生まれ変わりみたいなハムスターに懐かれていた。見た目も癖もそっくりで、やたらと懐いてくるから。最近、ハムきちジュニア(生まれ変わりは正確にはジュニアではないかもしれないが)は、優しそうな人のそろった穏やかな雰囲気の家族に買われていった。今度は幸せになれよ。
終電一分前。どうせ間に合わないが、走ったというアリバイ作りのために走る。今日は飲み会があった。お酒を飲まないくせに、流れに身を任せて三次会まで出席したら終電を逃した。高架を見上げると、乗る予定だった終電がガタンゴトンと煽るように音を立てて、猛スピードで頭上を通過していった。
目の前でタイミングよく、見慣れた車が止まった。
「ったく、終電の殺し屋が終電逃すとは何事だ」
「ごめんごめん、飲み物ごちそうするから許してよ」
「小遣いは自分のために使えや」
「違う違う、バイト代入ったんだって」
すぐそばの自販機で水を買ってから車に乗り、じーちゃんに手渡す。じーちゃんは躊躇なくそれを飲み干した。
「殺し屋からもらったもん、警戒しないで飲んじゃいけないんじゃなかったんですかー」
じーちゃんはニヤリと笑った。
「言うようになったな」
「じーちゃんの孫だからな」
じーちゃんと同じ笑い方で笑い返す。
「っしゃー、あの電車とカーチェイスするぞ! 振り落とされんなよ」
じーちゃんが遥か遠くに見える電車の影を指さした。夜は長い。終電の影を追いかけて、家族のドライブが始まる。