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Last Case 終電の殺し屋の場合 ~家族~

 朝が来る前にズドン、ズドンと銃声を二つ。事を終えた後にやってきたじーちゃんに手伝ってもらい、証拠の隠滅と捏造をする。すべてを無事終えたところで現場から撤退する。やがて銃声を聞きつけて警官が到着するだろう。




「じーちゃん」


 ちゃんとできなくてごめんなさい。謝ろうとしたけれど声が出なかった。







 刺す瞬間、じーちゃんの顔がよぎった。未希が祖母の、晴翔が両親のことを思って殺しを思いとどまったあの時の気持ちをようやく真の意味で理解した。流伽として復讐心と心中するよりも、セイとしてじーちゃんの孫でありたかった。


 あの女を殺せなかった。結局、首にはナイフではなくスタンガンを当てた。女は気絶している。今なら、どこにでも運べる。


 だからと言って、その他大勢と同じようにどこかに収容する気にもなれなかった。「なんでアタシだけ」なんて被害者意識で生き続けることは許さない。


 桃山真知子は桃山流伽とハムきちを殺した。二人を殺した罪を背負って生きろ。カレンとしてヒロイックに死ぬなど許さない。




 現場には男の銃殺死体と拳銃。それから怪我を負って意識を失った女。女は男に多額の金を渡していた。ならばやることは一つだ。男を殺害した罪を女になすりつけ、殺人犯にしてしまえ。


 筋書きはこうだ。男のスマホに遺書を作成する。作成期日など簡単に捏造できる。


「遺書


 これをあなたが読んでいるということは私はもうこの世にはいないでしょう。私は命を狙われています。この経緯をここに記します。


 私は恐喝を行いました。桃山真知子という女の弱みを握り、大金をせしめました。私がもしも殺されたのならば、それは桃山真知子の犯行だと思ってください。


 では弱みとは何か。それは桃山真知子が十三年前、保険金目的で彼女の実子・流伽ちゃんを殺害したということです。


 私は彼女が殺害の計画について話した音声、そして実行の決定的瞬間を映した動画を所持しています。


 入手経路は私の生物学上の父、伏島隆一からの譲渡です。金に困ったら無限に金が手に入ると言って渡されました。父は私を認知しておりませんでしたが、ひそかな交流がありました。


 伏島隆一も同じように桃山を恐喝し、そして正妻一家もろとも桃山の報復をくらいました。


 私はそれを知りながら貧しさに耐えかねて桃山を揺すりました。父よりは上手にやってみせるという驕りもあったのでしょう。


 しかし、どうやら彼女は本物の悪魔だったようです。私も近いうちに命を落とすと思い、せめてもの意地でこの手紙を残します。


 そして、流伽ちゃん殺害の証拠の隠し場所を以下に記します」


 全部嘘だ。適当なでっち上げだ。真相はただの痴情のもつれだが、死人に口なしだ。


 嘘は本当にしてしまえ。この死体に打ち込む偽装DNAはキラトのものではなく、伏島隆一つまり母が殺した元カレの息子のものだ。どうせ本物のキラトのDNAなどわからないのだから。見た目がキラトであれば、本人確認もされない。かわりに遺体と伏島との親子鑑定によってこの遺書に信憑性を持たせる。


 じーちゃんは、伏島隆一ならびにその妻子を行方不明扱いとしたまま新しい戸籍を用意し国外逃亡を手引きした。


 そして、じーちゃんは用意周到な人間だ。関わった人間のDNAはいつ必要になるかわからないから片っ端から採取している。


「必要なものがあったら言え」


 そう言われたから、伏島隆一の息子のDNAをもらった。ついでに、大急ぎで作ろうとしていた桃山流伽殺害の証拠も。


「なんでこんなの用意してあんの」


「いつか必要になるんじゃないかと思ってな」


 じーちゃんは分かっていたんだ。いつか、産みの母と対峙する日がくることを。


 じーちゃんは終電の殺し屋としての適性をテストしたんじゃない。選ばせてくれたんだ、この女の処遇を。


 三人殺せば大方死刑の国で、五人に対する殺害容疑をかけた。法によってあの女を裁く。それが、答えだ。


 すべての証拠を配置し、「男は銃弾を食らうも女に反撃、女は負傷するがもう一度発砲し男は絶命」の殺人事件の場を作り上げた。あとは銃声を鳴らすだけ。


「詰めが甘いんだよ、お前は」


 じーちゃんはそう言って、男の死体に死亡推定時刻の偽装薬を打った。







「がんばったな」


 ポンポンと頭を撫でられる。既にパトカーの音も聞こえないくらいに遠くに逃げた。




「これで、終わりだよな、じーちゃん」


「ああ、終わりだ。よくがんばった」


 終わった。全部終わった。


「うわあああん!」


 子供みたいに泣いた。涙があふれて止まらなかった。


 愛されたかった。たった一度でもいいから。分かり合いたかった。ちゃんと話がしたかった。憎みたくなかった。嫌いになんてなりたくなかった。お母さんを好きになりたかった。「愛してる」をあんな形で聞きたくなかった。


「やっぱり寂しいよなあ、親がいないのは。その辺、配慮してやれなかったな。ごめんな」


 じーちゃんに抱き寄せられた。じーちゃんの服をぎゅっと掴んで泣いた。じーちゃんの大きな手に頭を撫でられる。ほんの少しだけ落ち着いた。


「俺のこと、今日からじーちゃんじゃなくてパパって呼んでもいいからな」


「いい年してパパはさすがに図々しいよ、じーちゃん」


 嗚咽交じりの声で返事をするとじーちゃんが苦笑した。


「ったく、生意気な孫だ。まあ、あれだ。じーちゃんはパパってガラじゃないからな、いちいち『愛してる』とか思ってても言わないもんなんだ。わかるな?」


 冷たい水をもらった。温かいお風呂に入れてくれた。欲していた水をくれた人。


 血は水よりも濃いかもしれないが、水は血よりも優しい。ほしい時に水をくれる人をきっと本当の家族と呼ぶのだろう。


「じーちゃん、喉渇いた」


 今日だけはわがままになりたい。


「ほれ、そう言うと思って持ってきたぞ」


 ペットボトルを向けられた。


「じーちゃんにも一口あげる」


 先にじーちゃんが飲むように促した。世界で一番おいしい水を、世界で一番大好きなじーちゃんと半分こ。世界で一番のごちそうだ。


「ようやく一人前になったな、セイ」


 殺し屋の鉄則。もらった飲食物には警戒をすること。もしかしてそれは分け合う喜びを知るためのルールだったのかな、なんて平和ボケしたことが頭をよぎった。

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