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Case4 カルマの場合 ~21世紀の伊勢物語・閉幕~

「ねえ、俺のことも殺してよ。殺し屋さん。貴子のところに行かせて」

 カルマの言葉にピタッと手が止まった。

「それはさ、ターゲット変更の依頼ととらえてよろしいかな?」

「もう、なんでもいい……」

 カルマは憔悴しきっていた。うーん、これはカツを入れてやらんといかんな。

「いい加減向き合えよ、自分の過去と。死ぬなんていつでもできんだからさ」

 カルマはうつろな目をしている。

「どういう、意味?」

 まだすっとぼけるか。

「なあ、なんでターゲットを二条大貴と二条大河にしたんだ?」

「それは、二人のせいで貴子が死んだから……二人が俺たちの邪魔をしたから……」

「売れないミュージシャンと付き合ってるからって、自分の娘とか妹殺せなんて殺し屋に依頼すると思うか?」

「違う、依頼者はそいつらじゃなくて……でも、貴子は社長令嬢だから巻き込まれてたまたま俺たちの駆け落ちのタイミングで殺されちまったんだ。でも、だとしたらそれは貴子を殺したのと同じだ」

「なら、殺すのは父親の方だけでいいだろ。兄貴の方は当時はただのペーペーだ」

 逃げ道をふさいでいくたびに、カルマの呼吸が荒くなっていく。でも、まだだ。もっと残酷な質問をしないといけない。悪いね、関節は後でちゃんとはめてやるけど、精神の方のケアまではしてやれないよ。

「もし、二条貴子が生きているとしたら……いや、こう言い換えた方がいいか。もしあの夜、二条貴子が君を裏切って自らの意思で親父と兄貴の元に帰ったとしたら、君は二条貴子を殺したいと思いますか?」

 今日でちょうど十年、カルマが逃げ続けてきた問いを突き付ける。ナイフなんかより、カルマにとってはよっぽど恐怖だろう。

 カルマは黙りこくって……いや、蚊の鳴くような声でぼそぼそとしゃべっている。耳を近づけるとようやく聞き取れた。……なるほどね。

「有原駆真、君には二つ選択肢があります」

 畳みかけるように究極の選択を迫る。

「ひとつ、このまま朝まで待って、当初の予定通りに北海道に二条大貴・大河親子を殺しに行く。北海道行の終電は朝九時台だからね」

 すうっと、息を吸ってもうひとつの選択肢を告げる。

「そしてもうひとつ。結論から言うと、二条貴子は生きてる。このまま今すぐ駅まで行って終電で二条貴子を殺しに行く」

 残酷な決断を迫ると、またしてもカルマは聞き取るのが困難なほど小さな声でひとつ質問をした。

「うん、いいよ。でもさ、もっと大きな声でしゃべってくんない? 君、仮にも日本一のミュージシャンなんでしょ?」

 カルマに苦言を呈した後、殺し屋式変装術でカルマを一般人に擬態させ、終電に揺られながら二条貴子の元へ向かう。


 電車の中でスマホをいじっていると、姫川せせらぎが復活配信を行っていることに気付いた。イヤホンを繋ぎ、配信の内容を確認する。

「ゆいなちゃん先輩は信用するなって言ったけど、私はゆいなちゃん先輩が大好きです。最初に入ったころからずっと、ゆいなちゃん先輩は私の憧れでした。ゆいなちゃん先輩は私に嫉妬していると言ったけれど、私もゆいなちゃん先輩のかっこいいところに嫉妬したことがあります。信じるなとか信じろとかじゃなくて、私が信じたいんですよ」

 やっぱ、微妙に声違うよな。あの時の自称せせらぎとは。彼女はマスクをしていた。マスクの下に小型のボイスチェンジャーでも仕込んでいたのだろう。


 少し前、ちょうどせせらぎが炎上しているころ、杜若ゆいなの件のアフターケアで様子を見に行ったことがある。姫川せせらぎ、本名・中里詩織21歳。

 整った顔立ちに生まれたが、幼少期、車の衝突事故によるガソリン爆発に巻き込まれ顔全面を含む全身に大火傷を負い、今もその痕が残る。そして、足に障害を負い車いす生活をしている。事故で両親を亡くし、祖母の家で質素な暮らしをしていたが、近年ようやくパソコンを買ってもらい、バーチャルアイドルデビュー。

 バーチャルアイドルになったのは、理想の自分を演じることで不幸な過去を少しでも忘れられたらという願いから。そのために彼女は並々ならぬ努力をしていた。

 その真実を知った杜若ゆいなは、才能にめぐまれてお高く留まった女だと彼女を誤解していた自分をひどく恥じて心を改めた。

 そう、間違ってもあの日、自称・姫川せせらぎとしてあの日現れた依頼人ではないのだ。では、姫川せせらぎの偽物は誰だということになる。 


 ちょうど電車が目的の駅に到着する。駅前のマンション、二条貴子の住む部屋をピッキングでこじあけて中に侵入する。深夜、当然貴子は在宅していた。

「久しぶりだね、せせらぎちゃん」

 あの日現れたニセモノのせせらぎの正体。彼女こそ、二条貴子その人だ。

「言ったっしょ? 殺し屋に他人を騙って依頼するなんて舐めた真似したら殺し屋来ちゃうよーって」

 二条貴子は、駆け落ちの日殺されたわけではない。でも、今度こそ本物の殺し屋がやってくるよ、と。


 貴子はカルマの姿に気付いた。カルマと貴子の目が合う。

「貴子!」

「カルマくん!」

 二人はどちらからともなく、駆け寄って強く抱きしめあった。


 貴子を殺したいか、それに対してカルマはこう答えた。

「殺せるわけないだろ。ただ、生きているならひと目だけでも会いたい」

「なあ、殺し屋さん。ターゲット、貴子に変えて会いに行くだけあって、直前キャンセルってあり?」

「現場に俺もついていっちゃダメ?」

 本当に、こいつは殺し屋を一体何だと思っているんだろう。他の殺し屋だったらカルマ自身が五回くらい殺されててもおかしくないぞ。



 貴子は子供のように泣きじゃくった。あの日見せた慇懃無礼な態度は全部虚勢だったのだろう。

「カルマくん、会いたかったよぅ……」

 二条貴子は、帰国後24歳の夏に失踪した。以後、様々な偽名を使いながら東京で生活をする。

「でもね、カルマくんはもう有名人だから、私が会いに行ったら、スキャンダルになっちゃうと思ってぇ……」

 姫川せせらぎのふりをしたのも、朝比奈ほのかのスキャンダルを同時に告発したのも全部目くらましだ。あの以来の本命は、カルマの捏造スキャンダルをつぶし、カルマの汚名を返上することただひとつ。しかし、万に一つも自分がカルマの元恋人だと悟られてはならない。せせらぎはその隠れ蓑に使われたのだ。

 随分となめた真似をされた。これも、ほかの殺し屋だったら待ち合わせ場所に現れた時点で殺してる。

 駆け落ちの日、貴子が自らの意思で父と兄の元へ戻ったのか、それとも強制送還されたのか。そんなことはもはや些細な問題だろう。

 今の貴子は殺し屋を欺くという膨大なリスクを背負ってまで、ミュージシャンとしてのカルマを守ったのだ。これが、愛でなくて何だというのか。


「違うよ、貴子。俺は貴子のために日本一のミュージシャンになったんだ。俺がミュージシャンでいることで貴子が隣にいられなくなるのなら、俺は芸能界を引退する。これからは、貴子のためだけに歌うよ」

 そう、この未来のためにカルマに過去と向き合うことを選ばせた。最初から分かっていた。カルマは北海道に行って二条大貴・大河親子を殺す道は選ばないと。だから、待ち合わせ時刻は朝でなく夜を指定した。


 過去と向き合ったうえで、今を生きる。これが生きていくうえで一番大切なことだ。この二人なら、もう大丈夫だろう。

「カルマ、せせらぎちゃん、いや、貴子さんって呼んだ方がいいかな。君たちは二人の人間を殺す権利があります。大きく分けて二つの選択肢があるね。ひとつは、朝まで待って北海道へ行って当初の予定通り、二人の障害となるであろう二条大貴・大河親子を殺すこと。もう一つはターゲット変更、変更先は……」



 一週間後、夕方のニュースをテレビで見ていると速報が入った。

「速報です。先日、オホーツク海沿岸にて発見された女性の遺体ですが、長年行方不明となっていた二条貴子さんのものであることがわかりました。警察は……」

 おー、ようやくニュースになったか。いやあ、冬の北海道での仕事は寒くて仕方がない。苦労が報われてよかった。

「続きまして、先日東京湾にてミュージシャンのカルマさんの遺体が発見された件ですが、警察は自殺とみて調査を進めています。カルマさんは先日オリコンで……「愛する人を殺された」」

 突然カルマの最新シングル『ダイヤモンド・ダスト』が流れ始める。


 この曲調を聞いていると、センチメンタルな気分になる。過去に向き合えだの、でも結局一番大事なのは今だ、だの大層な主張をもとに依頼人にはさんざん厳しく当たったが、自分がそれをちゃんとできているとは到底思えない。

 いつか、ちゃんと向き合える日が来るのだろうか。わからないまま、とりあえず日々の任務を遂行している。


 今頃、カルマと貴子はどうしているだろうか。彼らは結局、あの時ターゲット変更を選んだ。変更先はカルマと貴子自身。二人を死んだことにし、別人としての人生を用意する。彼らは今、ノルウェーで新しい人生を歩んでいる。もう二度と会うことはないだろうが、末永く幸せであってほしいものだ。


 外では雪が降り始めていた。東京で雪なら、ノルウェーは大雪だろうか。いや、現地時間では朝だから、二人の頭上にはダイヤモンド・ダストが降り注いでいる事だろう。無数の空の宝石が二人の未来に幸あれと輝く中、きっとカルマは貴子のためだけに歌うのだろう。


 かつて日本一の栄冠を手にし、そのすべてを捨てて愛に生きた男が画面の中で歌っている。


「あれは何かな? 真珠かな?」って

無邪気に君は問いかけた

あの時の僕は分からなかった

「答えられなくてごめん」君にはもう届かない


「あれは何かな? ダイヤかな?」って

無邪気に君は問いかけた

「朝露でできた宝石だ」って

答えて僕も消えてしまえたらよかったのに


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