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Case4 カルマの場合 ~ダイヤモンド・ダスト~

 見事なまでに、昔じーちゃんが教えてくれた『伊勢物語』とかいう古典のストーリーそっくりだった。貴族の男が恋人のお姫様を誘拐するんだけど、道中で姫様が鬼に食べられちゃう話。途中で朝露見て「あれは真珠?」って聞くところまで全部一緒だ。ただ、そんなことよりもこの話には大きなツッコミどころがある。

「いや、その話だとさ、その日電車止まってんじゃん」

「でも、あの日天気が荒れたのは午後からだ。だから運休したのは午後からで、午前中は電車はちゃんと動いていたんだ」

「それだとさ昼にそっちについてるじゃん? “終電”の殺し屋じゃなくない? そもそも、東京を出発してその日の午前中に北海道までたどり着く電車なんてないけどね。それじゃ、“飛行機の殺し屋”だよ」

 そう指摘するとカルマは黙り込んでしまった。

「あとさ、地雷女みたいなこと聞くのもあれだけど、いくつに見える?」

 追い打ちをかけるようでアレだが、自分の顔を指さして聞いてみる。

「だって……殺し屋って素顔をさらさないだろ。それ、特殊メイクかなんかだろ」

「残念ながら、当方正真正銘の十八歳でーす。当時八歳の子供に何ができるんだって話」

「嘘だ……! 当時から都市伝説だけど“終電の殺し屋”はいたぞ!」

「ああ、それは先代だね。先代の名誉のために言っておくけど、先代も犯人じゃないよ。まー、プロから言わせてもらうと十中八九一般人の犯行だろうね」

 カルマはひどく絶望した顔をしていた。

「なんだよ……じゃあ、全部間違いだったって言うのかよ。俺の勘違いだったっていうのかよ」

「残念ながら、そういうことになるね」

「はは……そんな間抜けな真似して、未だに俺だけが生きてるなんてとんだお笑いだな」

 カルマは自嘲気味に笑った。

「今ならわかるんだよ、俺たちが見た“空の宝石”の正体」

 カルマの頬を一筋の涙が伝った。

「よく、朝露ってあるだろ。あれ、空気中の水蒸気が飽和して、水になったものなんだよ。俺、馬鹿だから大人になってから知った。それが氷点下十度だと、空気中でそのまま細かい氷の粒になることがあるんだ。氷の粒に太陽の光が反射してダイヤみたいだから、“ダイヤモンド・ダスト”っていうんだって」

 知っている。カルマの新曲のタイトルは『ダイヤモンド・ダスト』だ。

「俺もさ、露みたいに消えちゃえたらよかったのに。貴子と一緒に」

 その一言こそが、数分間の楽曲に込められた悲痛な思いのすべてなのだろう。


 伊勢物語には続きがある。実はお姫様は鬼に食べられてなんかいない。ただ、親族に連れ戻されてしまっただけだ。しかし、主人公の貴族はその事実が受け入れられずに、姫様は鬼に食べられてしまったから仕方がなかった、自分にはどうすることも出来なかったと自分に言い訳をしているだけなのだ。


 わざわざカルマに語らせずとも、この事件の全貌はとっくに知っていた。

 あの夜、二条貴子は兄の二条大河の手によって実家に連れ戻された。当然のようにスマートフォンの類はすべて解約。その後は監視を付けられたうえでの海外留学。その状況で二条貴子の消息をカルマが追うのは困難だっただろう。十中八九ではない、百パーセント一般人の犯行だ。

 二条貴子は生きているし、彼女は鬼や殺し屋に殺されたのではなく親族に連れ戻されただけ。カルマはその現場を気絶していて見ていないのだから、「殺し屋に殺された」と勘違いしていてもおかしくはないだろう。

 いや、本当は彼もわかっているのだろう。殺し屋が社長本人ではなく一介の女子高生にすぎない娘を狙うなんて、鬼と同じくらい非現実的な話だ。そもそもいくら二条大貴が社長とは言え、二条工業にわざわざ殺し屋を雇ってどうこうするほどの価値はない。そういうのはもっと大きな会社に対してやるものだ。

 それでも、貴子は殺し屋に殺されたと思わないとやっていられなかったのだろう。それほどに辛かったのだろう。世界中のどんな敵からも守ると決めた想い人を、結局ただの身内に連れ戻されてしまったことが。もしかしたら、それは強硬手段によるものではなく説得によって合意の上での帰宅かもしれないなんてきっと彼には耐えがたいことなのだろう。


 いつの間にか別の番組に代わっていたが、それもまた別の音楽番組だった。流れているのは、カルマの最新シングル『ダイヤモンド・ダスト』だ。ラスサビの“亡き恋人”に宛てた歌詞が、冬の空気よりもクリアに聞こえた。


「あれは何かな? 真珠かな?」って

無邪気に君は問いかけた

あの時の僕は分からなかった

「答えられなくてごめん」君にはもう届かない


「あれは何かな? ダイヤかな?」って

無邪気に君は問いかけた

「朝露でできた宝石だ」って

答えて僕も消えてしまえたらよかったのに


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