Case4 カルマの場合 ~21世紀の伊勢物語・開幕~
人気ミュージシャン・カルマのプライベートは謎に包まれている。ミステリアスすぎるがゆえ、実は女遊びが激しいとか熱愛中の恋人がいるとか根も葉もない噂が立つことも多く、つい最近も週刊誌に未成年との淫行を載せられたばかりだ。結局、その記事が捏造であることは白日の下にさらされたが。
まあ、記事を捏造した宗田を“殺して”きっちり捏造の証拠をリークしたからなんだけどね。カルマはガチ恋勢も多いから、もしあの捏造が「真実」として世に定着してしまったら、致命的なダメージになったんじゃないかと思う。我ながらナイスプレー!
先日、そんなスキャンダルにも負けずカルマが新曲をリリースした。恋人の死を歌った悲しい内容の歌だ。その物語性は多くの人の胸を打ち、オリコン一位をとった。そんな快挙を成し遂げたばかりの今をときめくミュージシャン、彼こそが今夜の依頼人だ。
当然人目を避けなければいけないので、駅前のホテルの最上階、スイートルームで待機している。ホテルはこちら側で予約したが、費用は当然依頼人持ちだ。
依頼人を待っている間、テレビを見る。タイムリーにもカルマが出演している歌番組をやっていた。カルマの曲、本名、出身地、生い立ち、公式には発表されていない情報も当然予習済みだが、念のため復習だ。
司会者がカルマの新曲について質問をしている。
「今回の曲にはヒロインのモデルがいるんでしょうか?」
「さあね」「内緒」「秘密」煙に巻くような言葉で躱した。プライベートにかかわる質問はこの質問に限らずすべてそうだ。
「北海道も終電の殺し屋の圏内ですか?」
彼から最初に送られてきた質問がこれだった。
「もちろん。電車さえ通っていればどこでも」
彼が殺害の舞台に指定したのは、彼の生まれ故郷である北海道の田舎町、彼の実家の最寄り駅だった。場所以外は極めて普通の依頼だった。殺し方の希望は特になし。ターゲットが二人であることもオーソドックスなパターンとまではいかないがそれなりにあるケースだ。
CMが始まった。この調子だとCMの次のセクションもインタビューで終わるんだろうな。早く歌えよ。そう念じたところでこれは生番組ではなく録画番組だから内容が変わるわけではない。いや、生番組でも念が届くわけもないか。と、セルフツッコミを入れてみる。
ガチャッ、と部屋のドアが開いてサングラスをつけて帽子を目深にかぶった男性が入ってくる。カルマだ。やはり芸能人はオーラが違う。顔を多少隠したところで漏れ出るものなのだ。
ただ、今日の彼からは漏れ出てはいけないものまで出てしまっている。これはいただけない。
彼は挨拶も本人確認もなしに、こちらに向かって突進してきた。手元にはギラリと怪しく光るナイフ。
しかし、殺気の察知は職業柄得意だ。というより、殺気なんて抽象的なものではなく、ナイフに塗られた毒のにおいを感知してしまった。刺殺で仕留められなくとも傷口から毒が回れば殺せる。発想は大変よろしいが、使う毒のチョイスがよろしくない。奇襲するのであれば、毒は完全に無臭のものを使わなければいけない。
ナイフを持った彼の手首をつかみ拘束する。そして、厚底靴で肘に踵落としをした。鉄板を仕込んだ右足で利き腕を粉砕骨折させることはなく、左足を使って肘をピンポイントに狙い関節を外してやるのにとどめたのは温情だ。
「うぐっ……」
ミュージシャンの利き腕を完全に破壊するのも可哀想だし、相当手加減してやったのにうめいている。本来素人のくせに殺し屋を殺そうとするバカに情けをかけてやる必要など微塵もないというのに。
握力を失って手から落とした毒の塗られたナイフの柄の部分を蹴っ飛ばして、ベッドの下に潜り込ませた。素人がこんな物騒なもの触っちゃいけません。
いや、素人なら大人しく銃でも使っておきなさい。そっちの方がまだワンチャンある。手に入れるのは大変かもしれないけど、芸能人ならツテあるんじゃないの? 知らんけど。
さて、次はこの人どうするんだろう。とりあえず手を緩めてみた。大丈夫かな? こういう舐めプ、あとでじーちゃんに怒られるかな?
わずかに手を緩めると途端にカルマは大暴れして腕を振り払ってきた。痛いだろうにご苦労なこって。
「死ねっ……殺し屋……!」
カルマはそう叫ぶと、思いっきり体当たりしてきた。うまいことベッドの上で受身を取ったが、今度は馬乗りになって首を絞めてくる。
しかし、先ほど関節を外したこともあり、利き腕にまったく力が入っていない。もういい。だいたいわかった。
「42点」
殺し屋殺し未遂を採点し、その結果を告げた後、思いっきりカルマの腹を蹴り上げた。
「ぐはっ……」
うずくまるカルマを縄で拘束し、カルマが持ってきた毒ナイフを回収して突きつける。
「はいはーい、なんでこんなことしたのかな? 全部話してね。誰かの指示ってわけじゃないよね。もしプロの指示あったとしたらお粗末すぎるよ。殺し屋の殺し方、YouTubeで勉強した? あれ、字読めない子供が本の代わりに使うにはいいかもしれないけどさ、嘘情報も多いから信用しすぎない方がいいよ。ナイフもYouTubeも使い方次第だね」
カルマは語り出した。
「お前が貴子を殺したんだろう」
しかし、ナイフを恐れている様子はない。脅されて話しているのではなく、憎悪に突き動かされて自発的に話している。まあ、命が惜しかったらこんな行動しないわな。
「いや、知らんけど」
「嘘つくなよ! 北海道が終電の殺し屋の活動圏内なのが何よりの証拠じゃないか! そんな……日本に何人も殺し屋がいてたまるか!」
殺し屋はわりといる。いや、日本だけで活動している殺し屋は知ってる限りで“終電の殺し屋”だけだけど、世界を股にかけて活動していて日本もその圏内に入っている殺し屋は少なくない。
「十年かけて、やっと見つけたんだ。貴子の仇を」
十年前ねえ、八歳の子供がどうやって殺人するんだっつーの。馬鹿か。
「なあ、忘れたなら思い出させてやるよ。ほら、今テレビでやってる俺の曲、聞いたことあるだろ」
ようやくテレビの中のカルマが歌い出した。
「愛する人を殺された」
そのセンセーショナルな歌い出しが日本中で話題になった。続きの歌詞を頭の中で思い出しながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「あれは全部実話だよ。事実をそのまま歌にした。俺の恋人は、十年前の今日、殺し屋に殺された」
閉ざされたこの場所でカルマはとつとつと昔のことを語りだした。