Case1 糸井未希の場合 ~二代目・終電の殺し屋~
ブランコに腰掛けて依頼人を待った。駅の隣のさびれた公園。塗装のすっかり禿げた滑り台からは「撤去することすら面倒くさい」という役人のつぶやきが聞こえてくるようだった。座れば棘が刺さりそうなベンチに座る気にはならなかった。
約束の時間まであと五分。ブランコの座面に立ち上がる。立ちこぎして最高高度に到達すると、公園の外をある程度見渡せた。くたびれたサラリーマンや酔っ払った集団、真夜中ともなると健康的な人間はあまり見かけない。
その中でもひときわ憔悴した女性を発見した。おそらく今回の依頼人だろう。約束場所に指定したこの公園の様子をちらちらと窺っている。
糸井未希25歳。福岡県出身。都内のベンチャー系IT企業に勤めるプログラマー。今回の依頼人だ。
ブランコから派手に大ジャンプを決めて着地する。その音に反応した女性と目があった。
「おねーさん、依頼くれた人だよね?」
女性に近づいて確認する。女性はびくっとした反応を見せた。街灯の下、近くでよく見ると、随分とファンデーションを厚塗りしている。厚化粧に反して顔立ちそのものは幼く見える。
緊張しているようだ。当然か、と思いアイスブレイク代わりに軽口を叩く。
「安心してよ。今んとこ、成功率100%だから」
笑顔を作るのは苦手だ。しかし、優しめの口調で語りかけることくらいはできる。じーちゃんの教育のたまものだ。
張り詰めた表情をしていた女性は緊張の糸が切れたのか、いきなり泣き崩れた。大声をあげて大の大人が泣いていると、周りの視線を感じる。よくない。今から話すのは人に聞かれたくない話だ。
「落ち着いて。とりあえず、こっち来て座って」
依頼人の女性、未希をベンチに座らせて自販機でミルクティーを買って手渡す。
「これ飲んで泣き止んで。話は落ち着いてからでいいから」
未希は受け取った250mlのペットボトルを握りしめたまましゃくりあげている。手にはあまり力が入っている様子はない。
「開けよっか?」
「すみません……」
小さな声で未希はそれだけ答えた。ペットボトルの蓋を開けて渡してやると、躊躇なく何口か飲んで一息ついた。
「すみません。取り乱してしまって」
どうやら落ち着いたようだ。こちらを警戒している様子はなかった。人を疑わない性格なのだろう。よく言えば素直、悪く言えばつけこまれやすい。いろいろと苦労してきたことがうかがえる。
「ダメだよ、殺し屋からもらったもんにそう簡単に口付けちゃ」
忠告してやると、未希ははっとしてペットボトルの飲み口と中身を確認する。
「今回は毒なんて入れてないけどさ、同業者には依頼受けるふりして依頼人殺すやつもいるからね。今後のためのアドバイスだよ」
同業者に会ったことはないので適当に言っているだけだが、そういうやつがいないとも言い切れないので嘘にはならないだろう。
“終電の殺し屋”、十六の時にこの名を継いで二年になる。最終列車に乗ってターゲットを殺しに行くことからその名で呼ばれるようになった。
「さて、時間もないし本題に入ろうか。今回の依頼料、キャッシュで頼むよ」
未希は鞄の中から封筒を取り出した。ATMでおろしてきたばかりと思われる50万円の札束。“殺し”の値段としては格安だ。
「これで、田原部長を殺してください」
札束を差し出す未希の手は震えていた。
「詳しい話、聞かせてもらおうかな」
未希の口から、今回の依頼に至った理由が語られ始めた。