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安全な食事

 アザグリールは微笑むと、すぐにてきぱきと食事の用意を始めた。


 えっ、本当に?

 本当にアザグリールは高位悪魔……なの、よね?


 疑いたくなるものの、こんなに美しい人の形をした悪魔というものを見たことがない。


 高位悪魔であればあるほど美しいのは、その容姿で惑わすためだ。

 ……ということは、やはりアザグリールは、高位悪魔で間違いない。


「はい、できましたよ」


 私が現実逃避にアザグリールが下位悪魔の可能性を探している間に、机には温かそうな食事が並べられていた。


「……ありがとう」


 なんとも言えない気持ちになりながら、席に座る。


「召し上がれ」


 いただきます、と手を合わせてから、パンを手に取る。

 毒が入っている……?

 いえ、アザグリールと私は従魔契約を結んだから、殺すことはできないはず。


 でも、うっかり毒が入ってしまったパンを私が食べた場合は?


 それはアザグリールが手を出したことにはなりないのではないか。


「ふふ、疑ってますね」

 アザグリールは微笑みながら、長い指でパンを持ち上げると、自分の口に入れた。そして、ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。


「ほら、毒なんて入ってませんよ」

「……そう」

 アザグリールに、毒が効くかどうかはおいておくにしても。


 どうせ、この悪魔が本気で私を殺しにかかったら、私では手に負えないのだ。

 それなら、もう、私の本能のままに食べても文句は言われないだろう。


「いただきます」


 もう一度、手を合わせて、パンをちぎり、口にいれる。

 ……美味しい。


 私がいままで食べたどんなパンより柔らかい。

 そして、噛むと程よい甘みが出てくる、これ以上なく美味しいパンだった。


 では、こっちのスープは? サラダは? ベーコンは……。


 一心不乱に食べて、腹の虫を落ち着かせていると、ふと、アザグリールの黄金色の瞳と目が合った。


 黄金色の瞳は満足そうに細められ、口角も上がっている。


「アザグリール?」

「……美味しいですか?」

「ええ、とても……」


 本当にあなたが作ったのか疑いたくなるくらいーーという言葉は、さすがに失礼なので飲み込んだ。


「それはよかった」


 まるで、お腹がいっぱいになった子供のように満足げな顔をしたアザグリール。

「ーー」



 『ナツネ、もし……、もしも、ね、お前の心を満たしてくれるそんなひとがいたときはーー』

 一瞬、幼い頃の記憶が甦りそうになる。


 いいえ、違うわ。

 目の前にいるのは、悪魔。断じて、違う。


 首を振って記憶を追い出す。


「ナツネは、今日の食事に出てきたもの以外では、どんな食べ物が好きですか?」

「食べられるものなら、なんでも」

「そう……ですか」


 目を丸くしたアザグリールは微笑む。

「俺の料理では、安全なので安心してくださいね」


「!」


 安全。その言葉を選んだのは、意図的か、偶然か。……この笑みは、意図的、よね。


「……ありがとう」


 食事が安全に食べられるに越したことはない。


「ええ、だから、今後は俺の作ったものだけを口にしてくださいね」

「え?」


 いや、流石にそれはもうしわけ……。

「俺の料理が今後のナツネの血肉をつくるのかと思うと、ゾクゾクしますね」


 うっとりとため息と共に吐き出された言葉に、こちらまで悪寒でぞくぞくする。

 ……でも、アザグリールの食事は美味しいし、狙いが見えるまではこの茶番ーーアザグリールが私が好きなんていう嘘ーーに付き合ってもいいか。


「お願いね」

「ええ、もちろん」


 愉しげに頷いた悪魔を横目に、スープを飲み込む。優しい味のスープはゆっくりと体に染み込んだ。


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