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犬も歩けば人になる? 2



 志津香は自転車の荷台に、後ろ向きに座っていた。

確かにこれなら追ってくるかも知れない何かが見えるだろうし、高校の誰かに見られても、間違っても「恋人乗り」とは思われないだろう。

単なる運転手、自転車を漕がされているパシリにしか見えない。


「何か追ってくる?」

「いや、全然。てか、いつの間にか犬の鳴き声もしなくなったし……何だったんだ?」

「これがさっき志津香の言っていた怪談の進化なのかもね。僕はこの町周辺の心霊現象や噂話を漁っているけど、口裂け女や人面犬に出会ったなんて話は一切聞かない。じゃあ、思い当たるのは一つだけだ。きみが、志津香が過去の遺物を呼び寄せてしまう体質なんだ」

「いやいや、そんなことあるかよ。口裂け女に出会うまで、奇妙な奴に出くわしたことなんてなかったし。あっ、でも待て。昔、ガキの頃に薪背負って本を読んでる変な奴に会ったことはあったな……」

「それ、確実に二宮金次郎じゃん」

「あぁ? 誰だ、それ?」


 学校の怪談、学校の七不思議などで全国に広く語られた噂話の代表格だ。

僕が卒業した小学校にはなかったんだけど、古い学校には薪を背負って本を読む二宮金次郎の像があったそうだ。

二宮金次郎は実在の人物なんだけど、僕も詳しい略歴まではよく知らない。ただ、その像が夜な夜な動き出す、と言う噂が昔の小学生の間で流行ったらしい。


「今は少なくなってきたらしいんだけど、昔の小学校によくあった銅像だよ。父さんが子供の頃にもまだ怪談が残っていたらしくて、そこでは二宮金次郎に追い駆けられて、背負った薪を突き刺して殺されるって噂があったそうだ」

「ただのヤベぇ奴じゃん……。何で、そんな野郎の像が学校にあんだよ……」

「二宮金次郎さん自体は偉い人だったんだよ。ただ、銅像が不気味だったせいで、そんな噂が広まったんだろうね。それに、こう言う怪談は主に小学生の間で広まったものだ。子供って簡単に嘘を吐く。そして、簡単にそれを信じる。それが悪いことだとは言わないけどね。クラスのみんなに注目されたくて話した嘘も、いつしか本当にあったことだったかのように広まっていくんだ」


 けど……これでほぼ確定じゃないかな……。

志津香は子供の頃から昭和の怪異に遭遇していた。彼女自身が気付いていないだけで、実はもっとあるかも知れない。

 ただ、残念なのは呼び寄せるものがどれも古臭いと言うことだ。霊感が強い、霊媒体質、そう言う人は少なからずいるんだろう。志津香もその中の一人とも言える。

けど、彼女の周りで起きる心霊現象は……小学生レベルの幼稚なものばかりだ。


「じゃあ、あたしの周りで奇妙なことが起きたら、大体は碧斗に言えば正体がわかるってわけだな。お前も心霊現象に出くわせる。ウィンウィンってやつじゃねえか」

「個人的にはもう少し新しい怪談に出会いたいものだけどね。あと、僕も昔の怪談や噂話に詳しいってほどじゃない。あんまり頼りにはしない方がいいよ」

「勘違いすんな。頼りになんてしてねえよ。利用させてもらうってだけだ」


 酷い言われよう、なのかな? けど寧ろ、これくらいがちょうどいいと思った。頼りにされていないのなら、僕としても気楽に構えられる。助けられなかったとしても、後腐れはないだろうし、後悔の念も生まれない。


「だから、早速だ。碧斗、さっきのは何だったと思う?」

「単なる犬の遠吠えにしてはタイミングが良すぎるし、あの数の鳴き声は異常だよ。それに、さっきから思ったんだけど、近所の人たちは特に何か異常を感じた様子はないんだよね。あれだけの犬が鳴いたら、少しは騒然となりそうなものなのに」

「確かに、通り過ぎてきた人たちは普通だったな。だったら、あれはあたしらだけに聞こえたってことか?」

「その可能性が高いし、その場合の原因は確実に人面犬だろうね」

「人面犬がこの辺り一帯の犬共のボスで、そいつがあたしを襲わせるように子分たちに命令した、とかか?」

「学校のボス猿的な発想だ――」


 脇腹を肘で突かれ、思わずハンドルがよろめいた。

いやいや……転倒しても大したことのないスピードだけど、それなりに交通量の多い道では勘弁してほしいよ。


「バカにしてるわけじゃないよ。口裂け女にしろ人面犬にしろ、噂を発生させ広めたのは小学生、つまりは学校だ。だから、そう言う童心に帰った考え方の方が、あいつらの行動変化を予想しやすいかも知れない」

「なるほどな。あたしの発想力があいつらの狙いを暴く鍵ってわけか」


 機嫌が直って良かった。詰まるところ、お前は子供っぽくて幼稚だ、って言っているんだけど……気付いていないみたいだ。


「口裂け女同様、人面犬と出会った時のことを再現してみよう。ただし、今日はやめて明日」

「あぁー……明日はちょっと用事があんだよ。別に断ってもいいんだけど、断ってお前に会ってるのがバレたらヤベぇからな。月曜の放課後とかどうだ?」

「志津香がそれでいいなら月曜日で。まあ、確かに日曜日だとショッピングモールへ向かう道はうちの生徒も通りそうだしね」


 人通りの多そうな道はできるだけ避けて、僕は周りに誰もいないことを確認してから自転車を停めた。代わって自転車には志津香が跨り、月曜日に作戦を決行することだけを決めて、彼女はそのまま走り去っていった。

 志津香の家がどこにあるのか知らないけど、自転車ならそれほどの時間も掛からないだろう。ただ、徒歩の僕はここからだと家まで一時間以上掛かる場所だった。


「近くに心霊スポットでもないか調べて帰るか……」



翌日の日曜日、僕は下見も兼ねて志津香が人面犬に出会ったと言う峠道に行ってみることにした。距離的なものもあるし、条件を一致させる意味でも自転車に乗って。

 峠道と言う場所も、心霊スポットとして多く挙げられる場所だ。そのほとんどが交通事故に絡んだもので、この近辺にもそんな話はあったような気がする。

ただ、有名な心霊スポットであれば正確な場所や地名がネットにも載るんだけど、近所の噂レベルの話だと「某県某市」なんて、地名を伏せられることが多い。だから、ここが本当に心霊スポットなのかどうかは、はっきり言って曖昧なところではあるんだよな。


「さて、人面犬はどこにいるのやら……」


 片道一車線の普通の広さの道だけど、歩道は整備されていない。そもそもここを人が歩くなんて想定していないんだろう。

片側は山肌が露わになった壁、反対側はガードレールでその先は崖。たまに二十メートルほどの短いトンネルもあって、夜には雰囲気がありそうな場所だ。

 気になったところで自転車を停め、首にぶら下げたデジカメで写真を撮ってみるけど、写るのは緑豊かな風景だけ。犬の鳴き声もしないし、たまに聞こえるのは鳥の囀りくらいだ。


「ん……?」


 ポケットの中で短い電子音と微かな振動があった。誰かからのメッセージを受信したらしい。自転車を路肩に停止させ、自転車に跨ったままスマホを覗いてみると、志津香からのメッセージだった。


『今、学校の奴らと遊んでるんだけど、やたら犬に吠えられる』


 そして、続けざまにまた送られてきた。


『これって人面犬の影響か?』


 詳しい状況はわからないけど、想像するに散歩している飼い犬が志津香に向かって吠えてくるんだろう。それが一度や二度なら気にはならないけど、何度も遭遇するので連絡してきたってところか。

確か、人面犬の多くは一人でいる時に出くわすパターンが多かったはずだ。友達と複数人でいるなら影響の度合いも少ないはず……だと、思いたい。

 僕は小さく首を左右に振って、スマホの画面を指でなぞる。


『影響はあるんじゃないかな。けど、集団の中にいれば少しは安心だと思う』


『それでも油断しないで。特に一人の時とか帰り道は気を付けて』


 立て続けにメッセージを送るとすぐに既読となり、


『おう、さんきゅ』


 と、間髪入れずに返信があった。

友達とどんな風に遊んでいるのかは知らないけど、今のこの短い時間を、志津香は友達そっちのけでスマホの画面を眺めていたんだろう。

そう思うと少しだけ可愛らしいな、とか思ってしまった。


「人面犬に会うと犬に嫌われる……?」


 口に出してみて思った。しょーもない怪談だな、と。


 それから何度かこの峠道を往復してみたんだけど、人面犬はおろか野犬に遭遇することもなかった。

やっぱり僕は持っていないのかなぁ……。今日のところは、もう帰るか……。




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引き続き宜しくお願い致します。

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