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犬も歩けば人になる?



 休日は廃屋や廃墟を探索していることが多い。なぜかって言えば当然、心霊写真を撮るためだ。出ると噂のある場所を回り、写りそうなところでシャッターを切る。

こう言う、好奇心だけでこのような場所を訪れてはいけない。霊を刺激してしまう、祟られてしまう。よく聞く言葉だけど、僕としてはそれを望んで来ているので大歓迎だった。

だからなのかも知れない。自分自身に心霊現象や心霊体験が起こらないのは。

けど、つい先日起きたのは、出会ったのは確かに心霊の類だった。


口裂け女。


それは確かに僕の前に現れ、会話をし、襲われ、そして消えていった。

恐怖を覚えた瞬間もあったけど、思い返してみると感動と言う感情の方が大きい。写真に残せなかったのは残念なんだけどね。


 今日来ているのは海沿いにある廃病院だ。ここでは肝試しに来た若者グループの一人か二人以上が必ず姿を消してしまい、後日近くの波辺で溺死遺体となって打ち上がる、と言う噂が出回っている。

 廃墟にありがちな意味不明な落書きを眺めながら進んでみたけど、特に異変も変化もない。たまに撮ってみた写真にも。今日も外れだろうか。そう思って引き返そうとした時だった。


「うはっ!」


 ポケットの中のスマホが突然声を上げた。

望んで恐怖体験をしに来てはいるけど、こう言う突発的なことが起きると否応なしに心臓は跳ね上がる。

驚かすなよ、とスマホの画面を睨むと、知らない相手から電話が掛かっていた。

出るべきか悩んだのは数秒だった。もしかしたら、これは心霊現象の予兆なのかも知れない。この電話の相手は幽霊なのかも知れない。

そんな高鳴る鼓動を抑えて出てみると、


〈あたし! 志津香だ、碧斗!〉


 聞こえてきたのは心霊現象とは程遠い、田舎ヤンキーの叫び声だった。


「……志津香か」

〈お前、今明らかに落胆しただろ!〉

「してないよ。それで、何の用?」


 こう言う時、都市伝説や怪談ではノイズが入ったり、妙な雑音が入ったりするんだけど、ここは電波も良好なのか彼女の声は鮮明に聞こえた。


〈今、変な犬に会ったんだ!〉

「犬? 変って具体的には?」


 そう尋ねてから思った。前にもこんなことがあったな、と。そして、すぐに思い出す。口裂け女の時も、彼女のこんな言葉から始まったんだ。


〈体は普通に犬なんだけど、顔は人間の……おっさんの顔だったんだよ!〉


 まさか。嘘だろ。あり得ない。


 デジャブのように、あの時と同じ感情が沸き上がってきた。

 口裂け女といい、今回のことといい。ちょっと思わないでもないんだよね。霊感のある人って、結構いるらしい。けど、志津香の場合は……。


「きみってさ、古臭い怪談を呼び寄せる能力でもあるの?」

〈な、何だよ、それ! わかるように説明しやがれ!〉

「志津香が出会ったのは人面犬だよ」


 会話が途切れる。スマホ片手に首を傾げる志津香の姿が、簡単に想像できた。



 人面犬は一九九〇年前後に流行った噂話だ。書いて時の如く、人の面を持つ犬。

その後に人面魚が流行り、人の顔を持つ生き物の話は何かと多い。

ちなみに人面魚は実際にいたもので、頭の辺りの模様がたまたま人の顔に見えてしまった鯉のことだ。僕もネットを漁って昔の写真を見てみたけど、これもシミュラクラ現象と同じようなものだと思った。


 一方、人面犬は架空の、想像上の生き物だ。


幽霊と言うよりはモンスターや妖怪と言った類に近いのかな。自殺した中年男性の霊が犬に憑依したとか、遺伝子操作による生物兵器とか、環境の変化から生まれた突然変異体などと語られることが多いみたい。

 この怪談のほとんどは単なる目撃談だ。

そう言う犬を見た。話し掛けられた。異様に足が速くて高速道路を百キロで走っていた。六メートルくらいジャンプした。

そんな、あり得ない犬を目撃してしまった、と言うオチで終わるんだ。

 だから、気にする必要はないのかも知れないけど、一つだけ気になる噂がある。



「んで? その人面犬だっけか? そいつが吐いた言葉の意味って何なんだよ?」


 あの電話の後、僕は志津香と落ち合うことにした。

どこにいるのか聞いてみれば、かなり離れた場所にいたようだけど、お互いの中間地点を待ち合わせ場所にして、電話から三十分ほど経って集合できた。

 どこか店に入ろうかと提案したんだけど、特にお腹は空いていないそうだし、何よりここはこの町でも少ない栄えた場所。

どこで誰に見られるかわからない。自分と一緒にいるところを。志津香はそれを懸念して「うちの学校の奴らが行かない場所」を指定した。

 その道中、僕は人面犬についてざっくりと教えてやったんだけど、志津香はどこか不満気な様子だった。


「あいつ、あたしのこと見て『何だ、人間か』って言ったんだよ。いや、人間だし! 人間の何が悪いんだよ!」

「そこは僕に聞かれてもな……。その言葉の真意に迫った話は聞いたことないし、そもそも怪談に出て来るキーワードは意味不明なことも多いからね。似たような奴がいたから追い駆けてみたけど、普通の人間だった、あら残念。みたいな程度じゃない?」

「誰が似てんだよ、誰がおっさんだ、コラ」


 僕が目指したのは近くにある小高い山の森林公園だった。ハイキングコースがいくつかあるけど、どれもが散歩程度、普通のスニーカーでも登れるような道。

頂上にある展望台も街を見渡せるほどじゃなく、拍子抜けなもの。ここを歩くのは町のお年寄りか近所の子供たちくらいで、高校生にもなって、こんなところに来る奴はいない。

 ただ、夏の夜中にだけは少し騒がしくなる。当然、肝試しのせいで。


「けどさ、お前の話だと別に人面犬って害のある奴じゃないってことだよな?」

「噂の中には人面犬に噛まれた人は人面犬になってしまう、って言うものもあるけど、噛まれてないなら平気だしね。ただ、一つだけ気になるのは追い抜かれたこと、かな」

「何だよ、その意味深な言い方」


 頂上の展望台にはやっぱり誰もいなくて、周りの木々が邪魔して景色はほとんど見えない。少し離れた場所にある高層マンションやビルの頭がちらほら見えるだけだ。

 広場には屋根付きで二脚のベンチが向かい合うように設置されていて、僕は途中で買ったジュースを手に、ベンチに座った。

志津香も腰を下ろすんだけど、当然隣ではなくもう片方の、しかも僕の斜向かいだった。

 誰かに見られた時対策、かな。


「噂には人面犬に追い抜かれた車は事故を起こすってものがあるんだ。ただ、このケースでの車は自動車のこと。自動車よりも速い生き物って言う部分を誇張したいんだろう。だから、自転車の場合はどうなのかなって」

「まあ、確かにチャリを犬が追い抜いて行っても、そこまでびっくりはしないよな。お前に会うまでも普通にチャリ漕いで来たけど、特に危ないこともなかったし」

「僕としても人面犬をカメラに収められたとして、それを心霊写真だって言える気がしないしね。怖い写真じゃなくて面白写真になりそうだよ」

「お前、今がっつりやる気なくしてんだろ? ふざけんなよ、何かあったらどうしてくれるんだよ!? あたしが納得いく解決をさせろ!」

「そうは言っても、人面犬が大したものじゃないって言うのは志津香もわかったでしょ? こっちからは何もできないし、現れてくれたところでただ追い抜かれるだけ。噛まれそうになったら、どうせきみは蹴り飛ばすでしょ」


 ぎくり、と肩が揺れたような気がした。思い当たる節があるんだね。


 人面犬の話には口裂け女と違って、何か追い払う方法が語られることはない。志津香が出会ったって言う人面犬が怪談通りの生態をしているのなら、追い払うほど邪悪なものではない、或いは追い払うとしても簡単なもの、と言うことだ。


「だけど碧斗、あの口裂け女には『ポマード』が効かなかっただろ? あいつの消え方は碧斗が教えてくれたどの話とも違った。人面犬も碧斗が知らないような進化とか変化って言うか、レベルアップしてる可能性もあるんじゃないか?」


 ああぁー……。

 素直に驚いた。彼女がここまで思考を巡らせるようなタイプだとは思っていなかったから。しかも、志津香の意見は僕も考えていなかったことだった。


「確かに、その可能性は否定できないね。怪談や噂話は面白さが淘汰されていく。世間に広まった、流行ったものだけで怪異が形成されているんじゃないとしたら、僕も知らない人面犬の生態があるかも知れない。或いは、今正に時代に合った『人面犬の噂』が構築していっている可能性もある」

「あ、ああ、うん……。そうゆうこと……」

「結構カッコよく纏めたつもりなんだけど? わかったふりするくらいなら黙っててもらえるかな?」

「う、うっせえ!」


 志津香が怒鳴った次の瞬間だった。

その声に反応したみたいに、四方から犬の咆哮が響いた。オオカミを思わせるような遠吠え、頬を撫でる生温かい風。嫌な雰囲気がびんびん伝わってくる。立ち上がって辺りを見回すけど、犬どころか生物の気配はまるでない。


「な、何だよ、今の……。まさか、人面犬か……?」


 声に反応されたせいか、志津香は囁くように言った。


「結構な数の犬の鳴き声だったよ。さすがに人面犬が群れを作っているとは思えない。どこかの飼い犬が吠えて、それが近所の犬にも伝播したって感じじゃないかな。まあ、そう信じたいってだけだけど……」

「こっから離れよう、碧斗。さすがに町中までは追ってこないだろ」

「その方が良さそうだね」


 ハイキングコースと言う、なだらかな散歩道を駆け下りる。その最中にもどこかで犬が吠える声が聞こえはしたけど、その気配が近くにあるようには感じられなかった。

ただ単に、ここから離れろ、ここから出て行け。そう囃し立てられているだけのようにも聞こえなくはない、かな……?


 公園の入り口に停められていた志津香の自転車まで無事に辿り着くと、彼女は鍵を外してサドルを二度叩いた。


「碧斗、漕げ! あたしが後ろに乗る!」

「えっ? いや、いいの? 誰かに見られたら志津香が困るんじゃ……」

「お前をパシらせているように見せるから、気にすんな」


 どう言うこと?

意味が全く分からないけど、僕は自転車に跨る。ペダルに片足を乗せると、背中に温かい何かが触れる。

いや「何か」じゃない……。志津香の体だってわかってはいる。けど、体のどの部分が自分の背中に触れているのか。僕は少しだけそれが気になって、僅かに首を回す。


「ほら、さっさと漕げ!」

「う、うん……!」


 僕の背中に触れている部分。それは志津香の背中だった。

 何を期待していたんだか……。期待していた自分もそうだけど、軽く打ちひしがれている自分も情けなく思う僕だった。


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引き続き宜しくお願い致します。

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