もしもし、私……―― 6
「ぃよしゃぁー!」
ドンか、ドカンか、ズガンか。言葉には言い表せないけど、とにかく腹に響く轟音を響かせながら、テケテケは廊下の突き当りを曲がり切れず激突した。
少しふら付きながら壁から一歩、二歩と後退したテケテケは、そのまま仰向けにばたりと倒れた。そこに志津香が膝を高く突き上げる。
「うおらっ!」
靴底がテケテケの顔面目掛けて踏み込まれる。
ほ、本気でテケテケを踏み付けるつもり!? 本当に止めを刺すつもり!?
息を呑んだ正にその時、志津香の足はテケテケの顔面のすぐ傍に踏み込まれていた。
「さすがに化け物だろうが女子の顔は踏めねえよ。呼び寄せちまったのもあたしだし」
テケテケはじっと彼女の足を、その上にある志津香の顔を黙って見つめていた。それはその足への執着からではなくて、ただ単純に驚いているだけのように窺えた。
「けど、だからって同情はしねえ。下半身を失ったから他人を襲って奪う? 上等だ、掛かって来い、あたしに。ただし、堂々と前からな」
「えっ……?」
ようやく聞き取れたテケテケの初めての声はか細く、そして混乱に満ちた声だった。それも当然だろう。ヤンキーのお小言は一般人の斜め上をいくんだから。
「不意を衝くなんて見っともない喧嘩はすんな。本当にほしいものだったんなら堂々と手を伸ばせ。そうやって手に入れたものだからこそ、誇れるってもんなんだぜ」
「でも、私には正面からぶつかるような力は……」
「なーに言ってんだよ。お前のその両腕、正直ヤベぇからな? 腕だけであたしよりも速いって何だよ、マジで。腕相撲したら絶対負けるし」
「そんなもの誇れるようなものでもないし……」
「あたしはお前のその腕力には憧れるけどな。あとお前、普通に可愛いし。雪国出身だからか? 肌とかめっちゃ白くてマジいいじゃん」
嫉妬なのか、志津香の腕の中でメリーさんの頬がぷくっと膨れる。それを見逃さなかった志津香はぽんぽんとメリーさんの頭を撫でてから、一つ大きく息を吸った。
「お前が自分をどう思うかはお前の勝手だ。けど、あたしがお前をどう思うかはあたしの勝手だ。自分はこうだから、あれだから、陰キャだから。そう思ってるのかも知れねえけど、あたしにとっては憧れだったり、頼りになったりするんだよ。自分のことは自分が一番わかってる。確かにそうだ。けど、他人の評価もバカにすんじゃねえよ」
それはテケテケに放った言葉だ。現に今も志津香はテケテケを見下ろしている。
けど、何でだろう……。僕にも響くんだよな、今のその志津香の言葉が。
「花子とメリーには負けるけど、口裂け女よりかは綺麗だぜ、テケテケ」
屈んだ志津香は犬でも撫でるようにテケテケの頭を擦った。そうするとテケテケは両手を目にやり、大口開けての大泣き。けど、その泣き声はもう聞こえてはこなかった。
消えているんだ。その予想は正解で、テケテケの体は徐々に淡くて白い光に包まれていく。今までの怪談もそうやって完結を迎えた。志津香のテケテケの怪談ももうお終いだ。
「消えた、な……」
片膝を床に付けて、伸ばした手の先にはもう何もなかった。無機質な廊下の床があるだけだ。
そして、消えたのはもう一つある。
「……お前もそんなあっさり消えんのかよっ」
誰かを抱くように曲げられた腕。そこにはついさっきまで金髪の幼女がいた。けど、それは跡形もなく、何の余韻も残さぬまま消えていった。
「志津香、テケテケと話してる時、一瞬メリーさんの頭撫でたよね? あの時、きみは気付いていたか知らないけど、メリーさんは本当に嬉しそうな顔してたよ」
言いたいことは山ほどあるに違いない。それでも取り乱さず、叫ばず、代わりに志津香は大きく息を吐いた。そこから零れるのは涙でも嗚咽でもない。
月明かりに照らされたのは、笑顔だった。
「お前の話も結構怖かったぜ、メリー。背中は空けとくから、いつでも来い」
「相変わらずきみは、何かと感傷に浸りたがるね。不法侵入してるんだし、さっさと帰るよ」
「てめえは相変わらず空気読めねえなっ!」
殴られた後頭部を擦りつつ、志津香を追う。その背中には誰もいない。その背後にいるのは自分だけ。
もしもし。僕、碧斗。今、きみの後ろにいるの。
そんな言葉が頭に浮かんだけど、口に出しても面白くないだろうから、そっと胸の中に仕舞っておいた。
それから数日間、志津香とは会話もしていないし何か連絡が来ることもなかった。つまりはいつも通り、無事に解決したと言うことだ。
相も変わらず、いやいつも以上に志津香がいるグループのテンションは高い。それも仕方のないことで、明日からは夏休みだ。
授業の合間にある休憩時間は夏休みにどこに行こうか、何をしようかと盛り上がる。聞こえてくるワードは海、プール、バーベキューなどなど。陽キャにありがちな言葉ばかりだった。
「そう言えば、志津香の家にいたって言う親戚の子供はもう帰ったの?」
「……帰ったよ。ちょっと前まで騒がしかったのにさ、急に静かになったせいか寂しいとか思っちまうんだよな」
「懐かれてたっぽいもんね。妹みたいに思ってたんじゃない?」
「ああ、そうかも……」
騒がしいのは騒がしいんだけど、たまに聞こえる志津香の声が僕には落ち込んでいるようにも聞こえるのだった。
授業後のホームルーム、教師からのおざなりの夏休みに関する注意事項を聞かされた後、僕は近くの河川敷へと向かった。
ここでは少し上流にある橋から飛び降り自殺した女性の霊が出るとかで有名なんだけど、通い詰めても心霊体験はまるでなし。収穫がないとコンビニで適当なホットスナックでも買って食べながら帰るんだけど、ここ最近は別の寄り道がある。
いつもの廃寺。お堂へと上がる階段の上には、いつもの金髪がいた。
「何だ、お前も来たのかよ?」
「それはこっちの台詞。前夜祭じゃないけど、もう夏休みを満喫しているのかと思ってたよ」
「明日から満喫するよ。そんで、明日は朝早いから全員直帰だ」
少し離れて階段に腰掛け、何となく甘いものが飲みたかったんで今日はココア。隣では志津香が炭酸飲料の口をプシュっと言わせ、ペットボトルを傾けていた。
「でも、きみは帰らない、と」
「気持ちの切り替え的なもんかな。メリーと初めて会ったのがここなんだ。今頃あいつがどうなって、何してるのかは知らねえ。あたしも明日からはバカ騒ぎする毎日になるんだろうよ。だから、離れ離れ、だ。送別会みたいな感じかな。そのためにここに来たかったんだ」
「相変わらず志津香の方から電話してもメリーさんは出ないんだ?」
「ああ。それどころか着信履歴すら消えちまって、掛け直すのもほぼ無理だ。どうにか記憶辿ってメリーのだったような番号に掛けても、全然違うところに繋がる」
スマホと言う現代科学すらも惑わせてしまう存在。怪談はそんな力もあるようだ。
もちろん、メリーさんの特徴として携帯電話を使うってことがあるから、より強力に作用した可能性はあるけど、それでも怪談の影響力ってのは大きなものだ。
「けど、湿っぽいのもこれで終わりだ。あたしは後ろなんか気にせず、どんどん前に進んでいくんだからな」
誰かと乾杯を交わすように、志津香はペットボトルを空に向かって突き出す。実はあの中身はアルコールじゃないよな。
「そっか。じゃあ、前へ進んでいくきみへ、僕からのエールだ」
「何だ? 写真……?」
鞄に仕舞っておいた写真を、僕はそっと志津香に手渡した。
現像しても被写体はデータ通りだろうか。ちょっと心配だったんだけど、出来上がりは期待通りのものとなった。
「これって……!」
「あげるよ。僕が撮った初めての心霊写真」
その一枚には二人の金髪少女が写っている。高校生だと言うのに金色に髪を染めた女の子が、膝に金髪の小さな女の子を抱え、二人して楽しそうにピースして笑う写真。
「……余計なことすんなよ、ツネオのくせに」
「それはどうも、志津香ちゃん」
うるせえ、と頭を小突かれた時、頬に一筋の涙が伝ったのを僕は見逃さなかった。けど、それを見られたからって何を言うでもなく、照れ隠しのつもりで豪快にペットボトルを傾ける志津香をそっと見守っていた。
夏休み。今のところ志津香からの連絡は一切ない。何事もなく平和な夏の日を送っているんだろう。
何もないのは僕も同じことで、今日向かった心霊スポットでも期待していた写真は撮れないし、怪奇現象に見舞われることもなかった。
学校が休みなだけで、いつもと変わらない毎日。けど、どうせそれもあの金髪によってまた崩されてしまうんだろうな。
古臭い、廃れた、昭和の遺物を呼び寄せてしまう、スクールカースト上位の女に。
そうなればいいなと願いつつ、デジカメを首にぶら下げて、静かに心霊スポットを練り歩くのだった。
最終話となります。今までありがとうございました。
『修行しすぎて二百年、最強魔術師の出張宿屋のほのぼの帳簿』と言う作品も投稿していますので、良かったらそちらも是非。




