もしもし、私……―― 5
「それで、だ。また花子の時みたいに夜中の学校に忍び込んだわけだが……。夜にやる必要あるのか?」
午後九時過ぎ。志津香とは夜の校門で待ち合わせた。前回の時みたいに一階の教室から侵入して、廊下の突き当りの方へと歩いていく。
「放課後の学校、夜の学校は怪談の定番だ。テケテケにとっては出て来やすい状況だと思う。一度目にしたとは言え、あれに不意を衝かれるのは嫌だからね」
「確かにな……。出て来るってわかってても、あいつの姿を思い出すだけで腹の下がズーンってなる……」
「あと、また誰かに目撃されるのは面倒だ。この間は助かったけど、立て続けに同じ嘘を重ねれば疑われるに決まってる。『親戚のお姉さんの子供』にも帰ってもらわないとね」
横目で彼女のことを窺っていると、志津香はぴたりと足を止めた。
「……お前の言葉、信じていいんだよな? 怪談は完結することが、消えることが喜びなんだって」
「そこまで踏み込んだ言い方をしたつもりはないけど……僕はこれまでの経験でそう感じた。口裂け女も人面犬も花子さんも、終わらせ方は聞いていた怪談と少し違ったけど歯切れは悪くなかったと思うんだ。一つの怪談話として綺麗に、見事に完結したと思う」
「あたしが呼び寄せちまったんだから、メリーの話にもケリを付けないと、だよな。描き切ってやるぜ、あたしがさ」
「きみの『才能』なら続編も描けるかも知れないしね」
「変な同情はやめろ、ツネオ。あたしは腹括ったんだ。テケテケと……メリーの怪談を終わらせる!」
志津香の決意表明を見守っていたかのように、スマホの着信音が廊下に響き渡った。それは志津香のスマホで、画面には見知らぬ番号。だが、このタイミングでの着信はメリーさん以外にあり得ない。
スピーカー機能をオンにして、志津香は電話に出る。
〈もしもし。私、メリーさん。今、あなたの学校の校門にいるの〉
どれだけ打ち解けても、怪談は怪談通りの現れ方をするんだな。そうしないと出現、或いは具現化できないんだとすると、これは一種の儀式のようなもの意味合いもあるのかな。
電話が切れて数秒後、
〈もしもし。私、メリーさん。今、学校の中にいるの〉
と、徐々に近付いてくるメリーさん。彼女がここに近付いているってことは、テケテケも志津香を狙って身を潜めながら近寄っているってこと。
志津香がこっちに視線を送るので、僕は頷いて廊下の壁に引っ付いて身を屈め、気配を殺す。
〈もしもし。私、メリーさん〉
数回の着信でもう間もなくメリーさんが背後に来ることはわかった。だから、僕は立ち上がり、そっと志津香に背中を合わせる。
〈今、あなたの――〉
「ごめんね、メリーさん。今日は僕も一緒なんだ」
今、志津香の後ろには僕がいる。
携帯電話を耳に当てながら、夜の帳から顔を覗かせたメリーさんは目を真ん丸に見開いていた。
僕の肩越しに志津香が「わりぃな」って言うと、ぷくっと頬を膨らませたメリーさんが、ぽこぽこと僕の腰の辺りを叩くのだった。
「お姉さんの後ろは私のものなのっ」
メリーさんは金髪女子に弱い。そんな文言を怪談に書き加えたいよ。
「もちろん、あたしの背中を任せられるのはメリーだけだぜ」
僕を押し退け、メリーさんをぎゅっと抱き寄せた志津香は、そっとメリーさんの頭を撫でる。それだけで剥れていたメリーさんには笑顔が戻り、怪談には似つかわしくない温かな空気に包まれていた。
――てけ。
けど、それが一瞬の安らぎであることはわかっていた。今回の事件の元凶の、今回の怪談の張本人の「足音」が徐々に聞こえ始めていたから。
「だから、お前もあたしの後ろには必要ねえ!」
――てけ。てけてけ。
まるで返事でもするみたいに「足音」を廊下に響かせたテケテケが、冷たい嫌な空気を纏いながら姿を現す。
花子さんの時もそうだったけど、怪談や怪異は独特の冷たい空気を纏ってるんだよな。怖い話を聞いて、ゾッとする、って言うことと何か関係でもあるのかな。
「やろうじゃねえか、鬼ごっこ。けど、あたしの足はそう安くはねえぞ!」
メリーさんを抱えた志津香に、テケテケは小刻みに震えながら首を傾け、にやりと笑う。下半身がないことを除けば普通の人なのに、その笑みの悍ましさはもう人じゃなかった。
その恐怖を振り払うように、僕らは猛然と廊下を駆け抜ける。
「もしかして、お姉さんたちはあいつをやっつけるために学校にいたの?」
志津香に抱えられているお蔭か、メリーさんの口調は場違いに感じるほど日常的な、穏やかで緩やかなものだった。
「全部わかってて出て来たわけじゃねえんだな?」
「まあ、もしかしたらって程度には思ってたよ。何でこんな時間に学校にいるんだろうって、お姉さんに電話した時思ったから」
メリーさんは相手の所在がわかった上で電話を掛け、徐々にその相手に近付く怪談だ。だから、電話を掛ける前から志津香がどこにいるかは知っていて当然、ってことか。
「よっし! じゃあ、私は全力でお姉さんの後ろを見張っておくね」
「ああ、頼もしいぜ、メリー」
何か気や念のようなものを飛ばして攻撃でもできないのかな、と淡い期待を抱いていたんだけど、現実はそう甘くはないよね。
けど、メリーさんの協力は素直にありがたい。全力で走っているのに、後ろを振り返ってしまったらスピードが落ちるから。
時速百キロとも語られるテケテケの怪談。全力を出しても普通の人間が敵うわけはない。でも、テケテケには全速力で追い駆けてほしいんだ。
「おい、碧斗。もうちょいだ、気張れ」
「何でメリーさんを抱えてる志津香の方が僕より速いかな……」
「んー、メリーは幽霊だからか重さはほぼねえんだわ。走るのに両腕振れねえのが厄介なだけで、特に支障はないからな」
「陸上部にでも入ったら?」
「金髪は入れてくれねえらしい」
にしし、と志津香は笑う。いや、そもそも金髪は学校にも入れてくれないんじゃないの?
そんな呑気なツッコミはメリーさんの声で一瞬にして消え去った。
「近付いてるよ!」
確かにテケテケの「足音」がさっきよりも近付いている。けど、こっちもゴールに近付きつつあるんだ。
「もっと速く! すぐ傍まで迫ったよ!」
足音だけじゃない。冷たい空気か殺気のようなものを背中に感じる。
「よし、もうすぐだ」
「全力で行け、碧斗! 止めはあたしが刺してやっから!」
「ほんと、きみは物騒な奴だね……」
怪談の中での話だけど、電車に轢かれても僅かに生き残ったと語られる相手に止めを刺すとは、さすが野蛮人だな。
内心笑みを浮かべつつ、僕は大きく、そして強く右足を踏み込んだ。
「っつ……!」
「うぉおりゃー!」
ほとんど肩から壁にぶつかるような形で、僕らは廊下の先にある丁字路を左右に急速に、急激に曲がった。
その後ろ姿がテケテケにどう映ったかはわからない。けど、追い駆けていた二つの背中が急に左右に分かれれば、多少の動揺や気の迷いは生まれるはず。
体を壁にぶつけながらも方向転換できたのは、前方に集中していたお蔭だ。それくらいのスピードで走っていた。
じゃあ、前方確認が疎かになってしまった者はどうなるか。言うまでもないよね。
衝突だ。
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