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もしもし、私……―― 3



「うげっ……。向こうも全力だよ……」


 志津香の肩から後ろを覗き込んだメリーさんは、あからさまに苦い顔をした。確かに、この怪談の性質上「全力」なのは当然なんだろう。

 そして、メリーさんが危惧してしまうのは、これの凶暴さと執着心があってのこと。


「来るなー! お姉さんは私のお姉さんなの! お姉さんの後ろにいていいのは私だけなの!」

「ちょ、ちょっと違うような気がするけど……何か、ありがとな、メリー!」

「あっち行け、ブス! ブース、ブース、ドーブースー!」

「おいこら、メリー! 相手を煽んな! てか、お前そんなキャラだったのかよ! そんな子に育てた憶えは、姉ちゃんねえぞ!」


 喧嘩っ早い姉が言っても説得力はないよ。

 てか、メリーさんは怪談の一種だ。そう思わないと、そろそろ本当に、この二人が実の姉妹のように見えてきそうだよ……。


「けど、ん……? ブスって言うってことは……相手、女なのか……?」


 そう言うところ、鋭いな。

 口裂け女、トイレの花子さん、メリーさんは、志津香と同じ女性だ。そして、志津香は同じ女ってことからか、その怪談たちと心を通わせようとした。

 怪異を恐れず、正面から向き合った。そんな彼女が相手のことを見ずに、終始背中を見せて逃亡するようなことができるだろうか。


 否、できるはずがない。


 メリーさん……きみはお姉さんの性格をもうちょっと知るべきだったね……。


 追い駆けて来る主が同じ女性と知った今、志津香は向き合おうとする。相手がどんな恐怖を孕んだものでも、一度はちゃんと見ておかないとならない。

 そんな使命感でもあるのかも知れない。なくていいのに。


「……んぎゃぁあああああー!」


 断末魔ってこのことを言うのかな。志津香の声に驚いたメリーさんまで叫ぶから、余計にうるさいよ。

 けど、あの志津香がここまで叫ぶほどの怪異。見たくないんだけど……気になる。怖いんだけど……見てみたい。

 これが、見たがりの怖がり、ってやつなのかな……。


 せめて目を細めて振り返ったんだけど、そんな目でもしっかりと捉えてしまった。

 うげぇ……やっぱ見なきゃ良かった……。


「な、何なんだよ、あいつ! マジで足ねえじゃん!」


 追い駆けて来る者の正体。それは女子生徒の上半身だった。

 腰から下がなくなった、制服姿の女の子が手を足のように使い、追って来ている。そのスピードは必死に走っている僕らを追い詰めるほどで、怪談では時速百キロって語られることもあった。

 そんな上半身だけの少女は、にたりと笑っていた。


「説明は後! とにかく走って! それか僕を助けるための囮になって!」

「なるかボケっ! てめえが死んで地獄に落ちろー!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら階段を駆け下り、まだ下校中の人たちがいる中を掻い潜るように駆け抜けていく。

 お互い目的地は決めていなかったんだけど、向かっている場所は同じらしい。

 ようやく腰を下ろして、乱れた息を整えたのはいつもの廃寺のお堂の上だった。



「ど、どうだ? あいつ、まだ追って来てるか?」

「撒けた、のかな……? いつの間にか足音も姿も消えたみたい」

「はぁー……マジで死ぬかと思った……」

「飲みかけだけど良かったら飲む?」

「わりぃ、助かるわ」


 まだ半分ほど残っていたお茶のペットボトルを差し出すと、志津香は苦笑いで受け取った。ゴクゴクと二度ほど喉を鳴らし、ビールを飲んだサラリーマンみたいに、


「ぷはー」


と漏らしてから、今度は志津香がペットボトルを差し出した。


「さんきゅ。残りはお前のな」

「ありがと」


 正直、お茶がこんなにも美味しいとは思わなかったな。思わず息を漏らした志津香の気持ちがよくわかる。

 生きているからこその味、生きているからこその潤い! って感じかな。大袈裟かも知れないけど。


「うわぁー! 関節キッス!」


 ん?


 どうも窮地を脱した喜びに浸っていたのは僕と志津香だけだったみたいで、金髪幼女は場違いにも程があるようなことで騒いでいた。

「KY」は最早廃れた言葉だけど、メリーさんよりももっと後にできた言葉。だから、メリーさんが空気を読めなくても、仕方のないこと、なんだろう。


「茶化すな、メリー。んで、あいつは本当にいなくなったのか?」

「んー、消えたわけじゃないけど、もう近くにはいないよ。お姉さんの大声にびっくりしたみたいだね」

「そんなもんでビビるのか? 見た目の割りに小心者だな」


 そうだった……。あいつのこと、ちゃんと知らないと。

 初めて恐怖を抱いた怪談だったせいか、僕は無意識に避けていたんだろう。でも、今なら向き合えるはずだ。いや、向き合わないといけないんだ。

 スマホで情報を補いながら、僕は説明を始めた。


「それで、碧斗。あいつは一体何だったんだ?」

「テケテケ、だよ」

「……うん? て、てけ、テケテケ?」

「一九八〇年代から九〇年に掛けて流行った怪談だよ。ある男子生徒が見知らぬ女子生徒を見掛ける。その子はにこっと微笑む、可愛らしい女の子だった。見たこともない女の子だったから、男子生徒は転校生なのかなって思った。けど、その女の子には不自然なところがあったんだ。よく見ると……下半身がなかった。彼女は手を、話によっては肘も使って追い駆けて来た。その時の這い蹲る、追い駆けて来る時の音が『てけてけ』って聞こえたそうだ。だから、この怪談、この怪異の名前はテケテケなんだ」


 妙に気になったあの音。それはこの怪談の象徴、由来なんだ。


「あいつに捕まると殺されるのか……?」

「そう言うパターンもあるけど、怪談の多くは『この話を聞くと、聞いた者のところにテケテケが現れる。後ろから追い駆けてくる』って言うオチが付くんだ。少し前、ホラー映画で流行ったよね、呪いのビデオみたいなの。それを見ると死んでしまう。けど、ダビングして別の人に見せれば自分は助かる。そう言ったものの原点じゃないかって、僕は考えているんだ。この話をすれば自分はテケテケに襲われない。話すことで標的を自分から他者に向けていく。そうやって次々にこの怪談を広げていける、伝播系怪談だ」

「親戚から聞いたことあるぜ。不幸の手紙とかチェーンメールとか、そっち系の都市伝説か。けど、何であんな不気味な姿してんだよ」


 思い出したのか、志津香の声は少し震えているような気がした。僕としてもあれを頭に浮かべるのは嫌なんだけど、曖昧な記憶を補填するために読むスマホからの情報のせいで、嫌でもあの姿を思い浮かべてしまう。


「これは実際の事件、事故ではなくてあくまでも噂なんだけど……舞台は冬の北海道だ。ある女子中学生が踏切で電車に轢かれると言う事故が起きた。

 その子の体は腰を境に真っ二つになってしまったんだ。けど、気温が氷点下にもなる真冬の北海道。引き裂かれた腰からの出血は凍って止まり、その子は即死を免れた。

 そこに駆け付けた警察官は悲惨な光景を見たそうだ。そして、ある声を聞くんだ。

『助けて、助けて』って言う女の子の声。そこには腰から下を失った女子中学生が倒れていて、必死に呻き声を上げていた。だけど、もう助からないと思った警察官はその上半身にビニールシートを被せたんだ。

 その後、それは亡霊か、はたまた悪霊となってなくなった自分の下半身を探している、と言うわけさ」


 人気のないお堂って言う場所のせいか、リアルな怪談話になった気がする。話を聞き終えた志津香はごくりと喉を鳴らしていたし、気を紛らわせるためかメリーさんを膝の上に乗せて抱き締めていた。


「……ま、マジかよ。そんなヤベぇ過去を背負った怪談なのか……」

「まあ、あり得ないなんだけどね」

「はぁ?」


 最初に言ったけど、これはあくまでも噂。テケテケって言う怪談のバックボーンとして語られた作り話、フィクションだ。


「北海道の気温は切断された人体の血液が一瞬で凍るほど寒くはない。それに、電車に轢かれた場合、体が綺麗に真っ二つ、とはいかないそうだよ。上下共に綺麗に残るのはおかしい。つまりはこの噂話も含めて、テケテケの怪談ってわけだ」

「今までの怪談と同じってわけか。そう言う化け物がいる理由を屁理屈な根拠で後付けしてる。けど、小学生くらいのガキ共にはそれくらいがちょうどいい」

「うん。そう言った意味では、対象年齢が中高生のメリーさんはテケテケに比べると上位な怪談、とも言えるのかも知れないね」

「ったりめぇだ! うちのメリーを舐めんじゃねえよ!」


 鼻息を荒くする志津香の膝の上で、メリーさんも踏ん反り返って腕を組み「舐めんじゃねえ」とドヤ顔。この金髪姉妹は本当に似た者同士だな。


「舐めてないよ。今までテケテケの脅威から志津香を守ってきたってことだもんね。けど、テケテケは自分の標的に他の怪談がいるのは嫌なの?」

「嫌と言うか習性みたいなものかも。私やテケテケみたいに背後から突然現れたり、追い駆けたりする怪談としては、こっちのタイミングで私たちに気付いてほしいんだよね。じゃないと、怪談として怖くないし、つまらないもん。だから、これまでテケテケよりも先に私がお姉さんの後ろに姿を現して、テケテケがお姉さんを驚かせるタイミングを邪魔してたの」

「けど、今回は完全には邪魔できなかった?」

「そうみたいなんだけど、その理由までは私にもわからないんだよね……。もしかしたら、お兄さんの存在もあるのかも。お姉さんは無理そうでも、お兄さんなら驚かせるタイミングがあるかも、みたいな」

「メリーさんになら別にいいけど、テケテケに驚かされるってことは、殺されるってことなんだけどな……」


 今回のテケテケはそうじゃなかったけど、包丁や鉈などの刃物を持っているって場合もある。それで獲物の腰を切断するそうだけど、そのバージョンのテケテケは浮遊しているそうだ。

 手が凶器で埋まっているからな。後付け感、満載だけど。


「メリーはあたしのもんだ、やらねえぞ。てか、メリーは写真に撮れるのかよ?」

「うん? どうだろう……。花子さんの時と同じ結果になりそうだけど……」


 それでも試して損はないだろうと、メリーさんに、志津香の膝の上に乗ったままのメリーさんにレンズを向ける。


「あっ、液晶には映るんだ……」


 ここまでは花子さんの時と同じだ。けど、あの時は出来上がった画像に花子さんは写り込まなかった。


「イエーイ」

「……何、ピースなんかしてるの?」

「いや、あたしも写るしさ。お前に撮られるのも初めてだろ?」


 そうだったかな、と思い返しているとメリーさんも満面の笑みで真似してピースする。


 えっ……嘘……。


「う、写った……!」

「マジか!? やったじゃねえか! 見せろ、見せろ!」


 カメラを引っ手繰った志津香はデジカメの画面を見て、大はしゃぎ。完全に理解しているわけではないだろうけど、メリーさんも釣られて喜んでいる。


 けど、これはちょっとな……。


「何だよ、碧斗? もっと喜べよ! 念願の心霊写真じゃねえか」

「い、いやいや……よく見てよ、それ……。綺麗に写っちゃってるじゃん……」

「良かったじゃねえか? 何が不満なんだよ」


 まだ現像したわけじゃないから今は画像、ただのデータだ。写真にすれば何か起きる可能性はあるけど、何も起きなければこれは心霊写真でありながら「ただの写真」でもある。


「それ見て、誰が心霊写真って思う? 志津香と小さな女の子が、二人仲良くピースしてるだけの、何でもない写真だ」

「い、いやけど、メリーがここに……――」

「それが怪談のメリーさんだって知ってるのは僕らだけ。見た目はどこから見たって普通の女の子なんだから。志津香の親戚か従妹って思われるよ」


 やっぱりピースはさせるべきじゃなかったな。二人の笑顔が余計に家族写真だって思わせてしまうし。


「じゃあさ、メリーを木陰に隠して撮ればいいんじゃねえか? 小さな女の子がこっそりこっちを見てる感じになるだろ?」

「それ、やらせと同じでしょ……。撮影者側が知らなかったものが写る、それが心霊写真なんだから……」


 今のこの志津香とメリーさんのツーショットもある意味、やらせなのかも知れないけど。


「それよりも、今回の怪異の正体がはっきりした。僕らが解決すべきはメリーさんの怪談じゃなく、テケテケだったんだ」




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