口が裂けても言わない? ほんとに?
僕、常田碧斗。高二。見た目……と言うか、まあ自他共に認める陰キャってやつでいいんじゃないかな。
本格的に梅雨のシーズンとなった六月の初旬。
僕はビニール傘を片手にゆっくりと登校していた。別に歩くのが遅いわけじゃない。単に、出る、って聞くんだ。ここのトンネル。特に雨の日には。
雨の日に交通事故を起こした運転手が今も尚、彷徨っているとかで、それを見たさに慎重に歩いているって言うだけだ。
僕が心霊写真に興味を持ったのは小学生くらいだったか、とにかく幼い頃。夏によくやる心霊番組の特集をテレビで見て、面白い、とそう感じたんだ。
人間の目は結構曖昧だ。三つの点が逆三角形に集まると、人間の脳はそれを人の顔だと誤認してしまう。シミュラクラ現象ってやつだ。
ただの点や染みを人の顔だと誤解して怖がるんだから、人間の脳は単純で、そしていい加減だ。
けど、カメラは違う。カメラは機械だ。機械の目は誤魔化されない、はずだ。
それなのに、説明ができない写真がこの世にはいくつもある。あるはずの足がなかったり、逆にそこにはないはずの腕があったり。目には見えないのに写真には写り込む、オーブと呼ばれる球体。
それが面白いと思ったんだ。怖いもの好き、オカルトマニアって言うカテゴリーで構わないんだけど、個人的には「心霊写真の撮り方を探している人間」だと思っている。
「今日も撮れなかったか……」
家族や親戚、その友人の伝手でいくつかの心霊写真を集めることはできたんだけど、この手で心霊写真を撮ったことはまだない。
それが妙に悔しくて、僕はネットで都市伝説や怪談を漁り、心霊スポットを練り歩いている。昨日も何度か行ったことのある廃寺に行ってみたんだけど、結局何も起こらないし、何も撮れなかった。
ただ、出会った人がいた……。
影森志津香。
正直、苦手なタイプだ。図体もデカくて態度もデカい。金髪で口調も荒くてキレやすい、スクールカーストのトップ。正に不良やヤンキーのお手本みたいな奴だ。
けど、昨日少し話しみて印象が変わった。思ったことをズバズバ言う、表裏のない奴なんだろう。だから、あんなのでもクラスに溶け込んでいられる。そう感じた。
「おはよう、常田くん。今日はちょっと遅いね」
「おはよう。うん、ちょっとカメラの調子が悪くてね」
「そうなんだ? 見せてくれる?」
いつ何時、心霊現象が起きるかわからないからデジカメはいつも肌身離さず持っている。それが功を奏して、スクールカースト底辺の僕にも、彼みたいな写真部の友達がいる。あと、撮り鉄のクラスメートともよく喋る。
「レンズに少し汚れがあったけど、問題はなさそうだよ。ただ、デジカメは電子機器だし、雨には気を遣ってあげた方がいいかも」
「そうだね、ありがとう」
友人との挨拶、軽い会話を済ませてから教室中央の一番後ろにある自分の席に向かっている時だ。
――ガタン!
机と椅子が床を鳴らしたかと思うと、ツカツカと足音が僕の方へと向かって来る。視界の端に金色の何かが見えた瞬間、体がふわりと浮き上がる感覚を味わった。
「えっ……?」
言葉に詰まった僕が目にしたのは、視界一杯に広がった影森さんの顔だった。
「よお、ツネオ」
僕は影森さんに胸倉を掴まれ、彼女の方へと体が引き寄せられていた。
「次の休み時間、ツラ貸せよ」
それだけを言って、影森さんは僕を突き飛ばすように胸から手を放した。そして、何事もなかったみたいに自分の席へと戻り、腕を組んで踏ん反り返るように椅子に座っている。
「何、なに、志津香? 今度はツネオくん、イジメちゃう感じ?」
「お前、あいつに何かされたか?」
「もしかして、盗撮とか!?」
「なっ! あ、あいつ、ぶっ殺して――」
影森さんの席にはすぐに仲間たちが集まって来て、僕も知らない話で勝手に盛り上がっていく。けど、それを止めたのは影森さん自身で、彼女は座ったまま机を膝蹴りして、教室に鈍い音を響かせた。
「そんなんじゃねえよ。気にすんな、逆にぶっ殺すぞ」
「い、いや、そうは言っても気になるだろ……?」
「しょーがねえな、ちょっとだけ教えてやるか。そろそろテストだろ?」
「あ、ああ、そうだな?」
「んで、あいつの席はあたしと近い。赤点回避するくらいの頭はあるだろ、あいつも」
「ああぁー、なるほどな。そう言うことか」
自分の席へと座る僕を、影森さんたちのグループはにやにやした顔で見つめていた。
なるほどな、は僕の台詞でもあった。いきなり影森さんが僕に何の用なのか混乱してしまったけど、どうやら僕をテスト対策として使う気でいるみたいだ。
まあ、彼女が僕より頭がいいとは思えないし、呼び出して何かカンニングするいい手でも考えろ、とか言われるんだろう。スクールカースト上位が下っ端を使うのはよくあることだ。
けど、そこに勝機を見る奴も少なくはない。上位者に使ってもらえれば、少しは自分の地位が上がる。テストの時だけはカーストトップが底辺の自分を頼りにしてくれる。
そんな優越感も否定はしない。
「おい」
授業が終わってからの休み時間。影森さんは短い言葉を吐き捨て、僕を睨むように視線を合わせ、顎をくいっと上げて教室の扉を差す。
昭和のヤンキーかよ、ってツッコみたくなるほどの典型的な仕草だ。カツアゲとかされたことないし、この令和の時代にそんな生業があるのか知らない。けど、廊下を進んで歩く彼女の背中からは、古臭いレトロなオーラが滲み出ていた。
「っし、ここまで来たらいいか……」
彼女が僕を導いたのはあまり人も来ない、階段の踊り場だった。
僕は今からここで恐喝か脅迫か、もしくは暴行でもされるんだろう。そんなことを考え、もしかしたら証拠くらいは残せるかも、とデジカメに手を伸ばそうとした時だった。
「んあぁー、何かわりぃ、ツネオ……」
彼女も手を伸ばしていて、その先は自分の首許。背中の辺りを掻きながら、想像もしていなかった情けない声を出したんだ。
「周りに誤解させたよな。けど、お前に話を聞いてほしくてさ。放課後でもいいんじゃないかって考えもあったんだけど、とにかくお前に聞いてほしくて、こんな呼び出し方になっちまったんだ。だから、悪い……」
「別にそれはいいよ。けど、そこまでして話したいことって? しかも、僕に」
「昨日、お前と会った後、あたしもあの寺に行ってみたんだ。何か面白いことでも起きるんじゃねえかなって。そしたらさ、変な女に会ったんだよ」
「変な女? 変って具体的には?」
「蒸し暑いのに真っ赤なコート着てて、髪はばさばさのロング。声掛けたら『私、綺麗?』とか意味不明なこと聞いてきてよ。けどそいつ、マスクしてやんの。だからさ、マスクしてたらわかんねえだろ、って言い返したら、こっちに振り向いたんだよ。そしたらそいつ、包丁持ってやがって。これはヤベぇと思って逃げ出したんだ。けど、ちらっと見えた女の顔はさ、耳くらいまで口があったんだよ」
まさか。嘘だろ。あり得ない。
僕の頭の中を、その三つの言葉が駆け回る。単純に理解が追い付いていないんだ。けど、彼女には僕の顔が何か深刻な、ヤバい表情に見えたんだろう。
「おい! やっぱ、お前何か知ってんだろ!? 何だったんだ、あいつは!? 誰なんだよ、あいつは!? 正直に言え!」
と、僕の両肩をぐっと握って力強く揺さ振る。
「しょ、正直に? そうだな……正直に言うなら、古くさっ! かな」
「古くさっ? えっ、古臭いの? 何で?」
疑問のせいか、僕を揺さ振る手がピタリと止まった。
「知らない? 多分、影森さんが出会ったのは口裂け女だよ」
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