もしもし、私……―― 2
週末の放課後、志津香たちのグループは街に繰り出すようで、その相談が僕の方にまで聞こえていた。
巷で広まったメリーさんは一人でいる時の方が出現率は高いようだけど、志津香のメリーさんは授業中にも電話してくるほどだから、人数はあまり関係ないのかも知れない。
ただ、志津香としては一人の時に掛かってきてくれた方が都合はいいとは思う。
遊んでいるところから急に抜け出すのなら、端から参加しなければいい。ここ最近の志津香はそんな様子なんだけど……、
どうもこれが長引くのは少し不味いかもな。
「わりぃ、今日もあたしはパスで……」
「何だよ、志津香、最近付き合い悪いのな」
「こ、これでもいろいろあんだよ」
「俺らとツルむのがつまらないって言うなら別に構わないけどな」
「んなこと言ってねえだろうがっ」
志津香が「テツ」と呼ぶ彼はグループのリーダー格。ヒエラルキーのトップに位置し、志津香と同等か少し上か。
て言っても、志津香が反感を買って、いきなりグループから弾き出されるってことはないと思う。少なくとも女子グループは志津香側に付くだろうし、男子としても女子を敵に回すのは避けたいところだ。
ただ、志津香の立場が危うくなっているのは確かだ。今はまだ彼一人の不信感のようだけど、これが女子の方にまで蔓延するのは不味いな。
「もしかして志津香、男できた?」
「そんなわけねえだろ」
「だよねぇ。もし彼氏できたらちゃんと報告する約束だし。まあ、単に用事とかならいいんだけど、何か変なことに巻き込まれてるとかなら相談してよ?」
女子はまだ同情的と言うか、志津香のことを疑っている様子じゃないか。それでも、この怪異を早急に解決させて、志津香の日常を取り戻さないと……!
そんな気持ちを良い意味でも、悪い意味でも察してくれたのか。教室内に着信音が響いた。
「マジか……」
スクールバックからスマホを取り出した志津香は、そう呟いた。そして、一瞬、ほんの僅かに視線をこちらに送ったような気がしたんだ。
それが間違いでも勘違いでも構わない。僕は素早く荷物を纏め、静かに教室を抜け出した。
「わりぃ、急ぎだわ! 理由はまた今度ちゃんと教えるからよ! またな!」
背後でそんな声が聞こえたかと思うと、志津香が猛スピードで僕を追い抜いて行った。
志津香とはメリーさんからの電話があった時、その状況下での対応をいくつか決めておいたんだ。
例えば、一人でいる時に電話があったならその場から動かず、じっとしておく。そこに僕が駆け付ける。
授業中だった場合は二人揃って抜け出すのは変に疑われそうだから、志津香だけが退室して、どうにかメリーさんを休憩時間まで留めておく。
そして街中、人混みの中での電話の場合。できるだけ一人になれる場所を確保し、そこにメリーさんを誘き出す、って作戦だ。
『写真部は今日、撮影会だから部室は無人。そこを使おう』
歩きながら、メッセージを送る。それはすぐに既読になり、
『写真部の部室なんて知らねえよ!』
との返信。
『西館三階、視聴覚室の隣。そこに行くまでも人は少ないから都合がいい』
『鍵開いてんのか?』
『ドアプレートの裏に鍵がある』
『りょーかい!』
ふぅー、写真部の友達がいて良かった。
一般的なメリーさんと志津香のメリーさんの二つには共通点もある。
それは、姿を現すのは必ず一人の時、と言うことだ。
志津香の場合、電話は誰かがいる場所でも掛かってくるけど、最終的にメリーさんが現れるのは他に誰もいない状況だった。
それが偶然なのか必然なのかはわからないけど、今は確率的に志津香一人だけにしておくべきだ。メリーさんが出て来た後、僕が乗り込む手筈となっている。
『メリーが来たぜ!』
写真部部室まであと一階となった頃だった。志津香からのメッセージを受けた僕は階段を猛ダッシュ。迷うことなく廊下を駆け抜けて、部室の扉を開け放ち、ようやく怪談と対峙することとなった。
「んぎゃっ!」
勢いよく扉を開けてしまったせいなのか。小さな金髪の女の子は猫のように飛び上がり、驚いた表情で志津香に抱き付いていた。
「ご、ごめん……」
涙ながらに僕を睨み上げる幼女は、髪色もあってか志津香の妹のように見えてしまった。
「碧斗、テンション上げすぎだ。メリー、こいつはあたしのダチで碧斗。びっくりはさせちまったけど悪い奴じゃねえ。ちょっと話に混ぜてやってもいいか?」
間を取り持つようにメリーさんの頭を撫でる志津香は正に姉。怪異や怪談にとっての姉御肌、姉気質って言えばいいのか。そんな属性を本気で考えてしまう僕だった。
「話って?」
「お前、前に怖い奴に追い駆け回されている、みたいなこと言ってただろ? あれって誰だ? まだいんのか? いるんなら、あたしらで退治してやるから話してくれないか?」
「あ、ああ、ええっと……まだ、いるかも?」
メリーさんはゆっくりと部室を見回した後、そう曖昧な返事をした。
僕には何の気配も感じられないんだけど……怪談には同族の霊気か邪気のようなものを感じ取れるのかな……?
「それってどんな奴なんだ? 何でメリーを追ってる?」
「私? 私は追われてないよ?」
「……えっ?」
「追われてるのはお姉さんだよ?」
耳が痛くなるほどの沈黙。
譬えではあるけど、僕はこの時本気で耳が痛くなった。
「えっ? あたしが追われてんのか……? けどお前、二回目に会った時、怖い感じの奴に追われてるって言ってたじゃねえか」
「うん。けど、私が追われてる、とは言ってないよ。お姉さんに近付いていた気配があったから電話したの。私がお姉さんの背後に回れば、あいつは一旦引いてくれるみたいだったから」
「も、もしかして、最初からそうだったのか? けど、あたしに最初電話したのはたまたまだったんだよな?」
「そう。たまたまあいつを見掛けて、たまたまお姉さんを狙ってるなってわかったから電話したの。私は誰にだって電話ができるもんね」
「じゃ、じゃあ、あたしを守るために……?」
「うーん、今はそうだけど最初はちょっと違うかも。背後から人を驚かせるのは私だ、みたいな対抗意識かな。向こうの方が古株なのは認めるけど、見た目でも驚かせにいくスタイルが私的には許せないんだよね」
……怪談同士にもヒエラルキーや年功序列に似たものがあるの?
まあ、確かにメリーさんの話は比較的新しい部類だとは思うけども。
「てことは……電話の分だけ、あたしは何かに狙われてたってことか? そいつは一体誰なんだ、メリー」
――てん。
静かだった校内に、一つ音が鳴った。その音自体は決して大きいものじゃない。けど、静寂の中で聞くせいか、妙に心に引っ掛かる。
眠れない夜にどうしても気になってしまう時計の針の音、蛇口から零れる水滴の音。それに似ている気がする。
――てん。
「今、何か聞こえたよな? 何の音だ、これ……?」
――てん。
「諦めたと思ったのにっ……! 逃げよう、お姉さん! 追い付かれると面倒だよ!」
「な、何なんだよ、いきなり……! けど、わかった。行くぞ、碧斗!」
志津香はメリーさんを抱え、一目散に部室を飛び出した。その後を追うと、さっきの音がより鮮明に聞こえた気がした。
――てん、てん、てん。
「確実に追って来てるよな、あれ! てことはこの音、あたしを狙う奴の足音ってことか!」
「足音と言えばそうなのかなぁ」
志津香に抱えられているからって、口調が悠長だな、メリーさん……。
「追い駆けてはいるんだけど、あいつに足はないんだよね」
――てんてんてんてんてん。
その音は確実に速くなり、そして近付いていることは明らかだ。
足音ではあるけど、この音の主に足はない。背後から体験者に迫り、驚かせる。その見た目にもメリーさん曰く、インパクトがある。
――てっ、てっ、てっ、てっ。
「またスピード上げたっぽいな! 碧斗、これ何なんだよ!」
「多分……けど、言いたくないな……。言っちゃうと現実になりそうだし……」
「お前がビビるほどってことは、そんなにヤベぇ奴なのか……!」
「ヤバいのもそうだけど、僕のトラウマって言うか……。幼心と好奇心で怪談には小さな頃から手を付けた。子供ながらに人面犬やトイレの花子さんなんかは、子供騙しだな、とか思ったよ。口裂け女でちょっと怖いかもって思ったくらい」
――てってってってっ。
「けど、初めて僕が恐怖を覚えた存在かも知れない。僕は心霊写真に興味があるけど、普通に怖いし、ちゃんと怖がる。人より少し耐性があるってくらい。そいつは、その恐怖って言う感覚の原点とも言える存在だ」
「も、勿体ぶるんじゃねえよ……。さ、さっさと正体言いやがれ……」
志津香の声が震えている。けど、それを笑える余裕は僕にはなかった。
確かに、メリーさんが言うように古株だ。
トイレの花子さん、口裂け女、二宮金次郎、動く人体模型、音楽室の肖像画、魔の十三階段……などなど。昭和の古い時代から学校の怪談、もしくは学校の七不思議として語り継がれた噂話があった。これもその中の一つ。
――てけ。
「ちゃんと話すけど、後の方がいいかも……」
――てけ、てけ、てけ。
「全力で逃げるよ! 後ろは振り向かないで!」
――てけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけ。
な、何だこれ……!? 音量自体はそう大きくないのに、四方八方から音が響いて来る……。
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