Episode,4‐Ⅱ
追試を終えてからは夏休みを待つだけの楽な日々だ。いつもの連中と他愛のない話で盛り上がって、面倒な授業は寝て、飯食ってまた寝て、放課後は暇そうな奴らを誘ったり誘われたりで適当に遊ぶ。
そんなつもりでいたのに、あたしが思い描いていた理想は徐々に崩れつつあった。
その予兆は授業中だ。急にスマホが鳴った。
んー……今は出れねえんだけどな……。一体誰からだ……って、メリー!?
こんな時間に電話……? あいつも学校だろ……? まさか、何かあったとか……!
「先生、トイレ行っていいっスか?」
「はい、どうぞ」
ベタでありきたりな抜け出し方だったけど、若い女の先生だったからそこら辺の理解はあったのかも。
あたしは教室を出てトイレに向かいながら、スマホを操作して着信履歴にあったメリーの番号に折り返しの電話を掛けた。
けど、
〈お掛けになった番号は電波の届かないところにいるか、電源が切られている……〉
と言う、アナウンスが聞こえるだけ。余計な不安に煽られるあたしは、駆け足でトイレに向かっていると、そこに着信。
相手はメリーだ。
「もしもし、メリー! 今どこにいる!」
早口でそう言うと、向こうは平然とした声でこう返してきた。
〈私、メリーさん。今、理科室にいるの〉
理科室……? って、もう電話切れたし……。
メリーが言う理科室が、うちの高校の理科室なのかはわからない。けど、もし何らかの理由でメリーが拉致られたんだったら、これはあいつからのSOSだ。今は思い当たる可能性に急ぐしかねえ。
理科室は向かいの棟だ。普通に行ったんじゃ遅い。だったら……!
「うおりゃー!」
廊下の窓を開け放ったあたしはそこからダイブ。二階だから死にはしないだろうと思ってたんだけど、着地の衝撃は結構なもので膝までビリリと痺れた。
けど、そんな足に鞭打ってすぐに加速。中庭を通り抜けて向かいの棟に走り込み、階段を駆け上がっていった先に、金髪少女の後ろ姿が見えた。
いた! メリーだ! あいつ普通に廊下歩いてんじゃねえか、ったく……。拉致られたかと思って心配したあたしがバカみたいじゃねえか。
「おい、メリー。こんなとこで――」
メリーの後を急いで追って廊下の角を曲がったんだけど、そこにあいつの姿はなかった。どこだ、どこだと探すあたしのスマホがまた震えた。
「もしもし?」
観念して、あたしは廊下の壁に凭れ掛かりながら電話を取った。
〈私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの〉
「後ろ? 後ろは壁だぞ?」
〈……えっ?〉
「……うん。壁」
この壁の向こうが何かの教室になっているわけでもないし、隠し扉とか隠し部屋があるわけもない。あたしの背中にあるのは無機質な冷たい壁だ。
まあ、そこまで冷たく言い放ったつもりはなかったんだけど、本人的には結構ショックだったのかも。さっき曲がった廊下の角からひょこりと顔を覗かせたメリーは、悲しそうだけど悔しそうな顔であたしをじっと見ていやがった。
「何だ、お前そっちにいたのかよ。こっちに曲がったと見せ掛けて、どっかに隠れていやがったな? そんで、あたしの後ろに回って驚かせようって魂胆か」
観念したのかメリーはこっちに歩み寄ってくるけど、その顔はどこか不貞腐れている感じだった。それでもあたしに寄り添い、制服の裾を握ってくるってことは、それなりに信頼されているってことなんだろう。
あたしは傍に来たメリーの頭に手を置いて、見上げるメリーに笑い掛けた。
「ジュース飲むか?」
「うん!」
自販機は食堂近くの廊下にある。そこまでメリーの手を引いて歩き、先コーに見付かると面倒だから誰もいなかった美術室に侵入して、ようやく乾杯となった。
「てか、メリー。お前、何でうちの学校にいるんだよ?」
「私、お姉ちゃんに会いに来たの」
マジか。愛されてんなぁ、あたし。
「けど、お前も学校あるだろ? 終わってからでいいじゃねえか。まあ、サボってまで会いに来てくれるのは嬉しいけどさ」
「今じゃないとダメだったから」
「もしかして、何か危ないことにでも巻き込まれたか!?」
「……うん」
マジ……みたいだ。両手でオレンジジュースの缶を抱えるメリーは、何だか申し訳なさそうに顔を俯かせていた。
どこの誰だ! あたしのメリーに手を出す奴は! まさか、今もすぐ傍に……!
「最初はたまたま近くにいるんだと思ってたの」
きょろきょろと辺りを見回すけど、人の気配はない。そんな警戒中のあたしに、メリーは話を続ける。
「でも、違った。明らかに後ろを付けていたの」
「やっぱストーカーか。どんな奴なんだ? さっきも近くにいたのか?」
「見た目は説明し辛いんだけど……怖い感じ。気配を感じてお姉さんに電話したんだけど、声を掛けた辺りで気配は消えちゃった」
メリーを狙うような奴だ。良からぬことを考えるチンピラか、もしくはそっちの筋の人間って感じか。
子供からしたら、そりゃ見た目はおっかないよな。この学校にまで追い駆けて来たってことだから、相当な執着心だ。メリーって育ち良さそうだもんな。誘拐して身代金要求、とか考えてんのかも。
「メリー、あたしに電話して正解だ。今からお前を家まで送ってやるよ」
「ええっ、いいよ、悪いよ……」
「気にすんな。ちょーっと学校抜け出すだけだからよ。待ってろ、外に誰かいねえか確認してくるから」
前後に二つある扉の一つから顔を覗かせて廊下を確認する。どうやら誰もいないみたいだ。スマホで時間を確認すると、授業が終わるまで二十分はある。メリーの家がどの辺りにあるかは知らねえけど、行って帰ってくる頃には授業も終わって休み時間って感じだろう。そこに乗じて教室に戻ればいい。
「よし、じゃあ行くぞ、メリー」
あたしなりに算段を整えて振り向くと、そこにメリーの姿はもうなかった。さすがにあの一瞬で連れ去られたってことはないだろう。隠れる場所もいくつかあるのはあるけど、この状況でこの悪戯は正直笑えねえ。
メリーが座っていた席にはあいつが飲んでいたオレンジジュースの缶が置かれたままで、まずあたしはそこへと向かう。
すると、その缶の下に紙切れが一枚置かれていて、そこには『またね』と小さく走り書きがされていた。
「ったく、遠慮しやがって……」
もしくは、あいつなりに迷惑を掛けてはいけないとか思ったのかも知れない。それに、家バレするのが嫌だったって場合もある。決まったわけじゃねえけど、メリーは金持ちの娘って可能性が高いんだ。そう簡単に家を教えるわけにもいかねえんだろう。
「まっ、何かあればまた電話してくるだろ……」
この後どうするか迷った結果、あたしは教室に戻ることにした。長めだったトイレにも若い先生は何も言わずに授業を進める。こう言うところは好感が持てる先生だ。無神経なおっさん先コーは「遅いぞ、何してた」とか平気で聞いてくるからな。
その後、授業中にメリーからの着信はなかったんだけど、この日二度目の電話は学校が終わった放課後に掛かってきた。
〈もしもし。私、メリーさん〉
ちょうどあたしは一人で家に帰っていたところで、これからの予定もないし、いい暇潰しになるかもとか思っていた。
「おう、どうした、メリー?」
〈今、小さなトンネルの前にいるの〉
それだけ言って電話は切れる。小さなトンネル。それは多分、今あたしが通ってきた歩行者専用のトンネルのことか?
あたしは振り返ってトンネルの先に目を凝らす。けど、誰もいないけどな……。
そして、またメリーからの着信。
〈もしもし。私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの〉
「ん?」
まさかと思ってまた振り返ると、少し先にメリーが微笑みながら突っ立っていた。
今回はやられたな。
「よう、メリー。お前も学校終わったのか?」
「そんな感じ」
「けどよ、お前も卑怯な手を考えるよな。あたしの前にいたのにさ、後ろのトンネルにいるって言って振り向かせて、その後であたしの背後を取る。お前は暗殺者かスナイパーかよ」
「そんなことないよ。私はずっとお姉さんの後ろにいた。ずっと、ずっとね……」
「そう、なのか。まあ、いいや。お前も暇なんだろ? どっか行くか?」
「ううん。もう大丈夫。またね、お姉さん」
大丈夫? 何がもう大丈夫なんだ? とか思いながら、あたしは走り去るメリーの背中を眺めていた。何だかんだ、暇なのはあたしだけってことか。
それから翌日と翌々日と、メリーからの電話は学校にいる時に数回あった。一度は授業中でまたトイレを理由に抜け出して、あとは休憩時間だったから特に問題はない。
問題があるとしたら、この学校の警備体制だろ。小学生が普通に何度も忍び込んでんだぞ。まあ、あたしも花子の時に夜中の学校に侵入してっけど。
と、そこであたしはふと思った。
どうして誰もメリーを目撃していないんだ? あんな金髪少女が校内をうろついていたら目立つし、誰かが見ていたはずだろ?
それなのに、誰もメリーのことを話題にしない。誰もそんな話をしない。
あたしだけにしか見えないもの。あたしだけに起こる現象。
もしそうだとしたら、あいつの出番だ。
「わりぃ、碧斗。今、電話大丈夫か?」
〈どうにか、ね。何かあった?〉
昼休み、あたしは購買に行く振りをして屋上へと向かった。そこで碧斗に電話を掛けると、暫くしてから電話が繋がった。
「なあ、碧斗。最近、変な小娘に付き纏われてるんだよな」
〈小娘? 変って具体的には?〉
「自分のことをずっと『さん』付けしてるんだよ」
もしもし。私、メリーさん。
自分のことを「さん」で呼ぶか? あたし、志津香さんです。いや、キモいよ。
何か引っ掛かるんだよなぁ、って思ってたんだけど、あいつからの電話を何度も受けてわかったんだ。
あいつの電話の掛け方は異常だ。
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