Episode,3
ようやく梅雨が明けて、七月に入って憂鬱な季節は終わったけど、あたしの中ではまだ続いていた。て言うか、寧ろ憂鬱度が増した気分だ。何でかって言うと、もうじきテストだからに決まってる。
毎日のように学校には来ているけど、毎日のように授業中は居眠りしている。今更、和田のノートを写してみるけど、正直理解できていないから記憶しようもない。
高一までは中学の延長線上でどうにか食らい付くことはできたけど、高二になるとレベルが格段に上がったような気がする。最早これ生活にいらないじゃん、って言う授業が多すぎる。
前にクラスの奴らを誤魔化すために、碧斗にカンニングを手伝ってもらうとか言ったけど、あれをマジで真剣に考えた方が早い気がしてきた。あいつも逆らいはしないだろうし。
昼休み、購買でパンでも買おうと思ったんだけど、あたしはその前にトイレに立ち寄った。そこは、いつもは使わないトイレで、教室に一番近いトイレよりも少し綺麗な気がした。今度からこっち使おうかな、なんて考えながら空いている個室を覗き込むと、
「うおっ!」
何でかそこには小さな女の子が立っていた。黒髪のおかっぱ頭で、白いブラウスに紺色のスカート。子供服の流行りはよくわからないけど、地味だな、とは思った。
てかその前に、ここ高校だぞ? どこの小学生が迷い込んだんだ?
「お前、どっから来た? ここはお前の学校じゃないぞ?」
「ねえ、お姉さん。遊びましょう?」
「はぁ? 遊ぶって、ここトイレだぞ。んなもん、遊びたかったら外行け、外」
「遊びましょうよ」
「わかった、わかったから先にトイレだ。あたしはトイレしに来たんだ」
隣の個室は空いていて、あたしはそっちを使うことにした。隣に子供がいるって言うのはちょっと緊張したけど、あたしに繊細な心なんて似合わない。構わず用事を済ませて立ち上がって、身嗜みを少し整えている時だった。
頭上から、
「ねえ、遊びましょう」
と、声がしたので嫌な予感がしたんだけど、案の定あの小娘がトイレの壁と天井の隙間から顔を出して、こっちを覗いていやがった。
ガキだからなのか身軽な奴だ。いつからか知らないけど、これもこれでセクハラじゃねえのか。
「おい、コラ、チビ! 子供でもやっていいことと悪いことが――」
怒鳴りながらトイレを出て、隣の個室を覗き込むんだけど、あの子供はいなかった。ちょっとした隙に逃げたんだろうか。そう思って全部の個室を覗くけどいない。外に逃げる余裕はなかったはずだけど、念のために外の廊下を見渡す。やっぱりいない。
「何だったんだ、あいつ……? 変態小娘か……?」
見知らぬおっさんに覗かれたなら地の果てまで追い駆けてぶっ殺すけど、子供でしかも女子ならまあいっかとは思えた。だから、あたしはあんまり気にせず購買に行ってパンを買い、いつものように教室でサチたちと昼休みを過ごした。
放課後、今日は勉強会と称したファミレスでの駄弁り合いに決まり、あたしたちは揃って教室を出たんだけど……。
「わりぃ、先行っててくれ。ちょっとトイレ」
「何だ? うんこか?」
「小学生か、テツっ」
「ごゆっくりー」
あれもあれでセクハラ――いや、完全にセクハラだな、うん。今日、あいつが席離れた隙にテーブルの調味料全部ドリンクに入れてやる。
そんなことを考えながら個室に入ろうとすると、その隣から小さな頭がひょこりと覗かせた。ちょっとビビったけど、この場合は呆れたって方が大きい。
「何だよ、またお前か……」
隣の個室から顔を覗かせたのは、おかっぱ頭の変態小娘だった。
「ねえ、お姉さん。遊びましょう?」
「お前もしかしてあれか? ここの先コーの娘とかか? 拉致って脅せば、テストの点くれねえかな……」
結構割りとマジで考えてしまったんだけど、相変わらずこのガキは人懐っこい笑顔を浮かべながら、あたしに遊ぼうと誘ってくる。あたしは一人っ子だから、余計に感じてしまったのかも知れない。年の離れた妹とか、姪っ子がいたらこんな感じなのかなって。
「お姉さん、私と遊びましょうよ」
「いいけど、今日は姉ちゃん用事があるんだ。次、お前いつここに来る?」
「いつも」
「マジか。この学校、育休とかねえのかよ。死ね、ハゲ校長が」
「お姉さんは次、いつ来るの?」
「あたしも割りといつも、だな」
さすがに土日は来ないけど。帰宅部だし。
「じゃあ、また次、遊びましょう」
そう言って個室に入ったガキに、あたしは苦笑いで頭を掻いていた。
何だよ、お前もトイレかよ。連れションする趣味はないんだけど、いいか。
「またね、お姉さん」
頭上から声がして、見上げるとまたあのガキは壁の上からこっちを覗き込んでいた。子供の悪戯なんだろうけど、これは叱ってやるのが大人の責務ってやつだ。
校則破って髪を染めているあたしが言えた義理じゃないけど、マナーとかモラルってのは大事なんだ。
「お前な、人様のトイレを覗くのは……って、あれ? いねえ……」
前と同じように個室を出て、ドアが開かれた隣を覗くと、そこには誰もいなかった。念のために全部の個室を見て行ったけど、やっぱりあの子はいない。
「逃げ足の速い奴だな……」
教師の娘のくせに教育が行き届いてねえな。そんなことを考えながら、あたしはテツやサチたちとファミレスへ向かった。
ちなみにこの日、テツはぶっ倒れた。あたしの特製ドリンクを飲んだ途端、盛大に吐き散らかして白目を剥いていた。ざまあ見ろ。
テツをぶっ倒した罰が当たったんだろうか。翌日からあたしは、ちょっとした悩みを抱えることになってしまった。その悩みとは、トイレを覗かれる、だ。誰に、なんて決まってる。あのおかっぱ小娘だ。
「ねえ、お姉さん。遊びましょう?」
相も変わらずガキはあたしを壁越しに見下ろし、そう尋ねてくる。しかも不思議なのが、どこのトイレに行ってもこいつがいるってことだ。あいつに会いたくないから、わざわざ教室から離れたトイレに行ったのに、このガキはどこからともなく現れて、
「遊びましょうよ」
と言う。
そのお蔭か、あたしは気付き始めていた。口裂け女がそうだったみたいに、奴らは一貫性の言動を繰り返すんだ。こいつは機械みたいに、トイレで遊びましょうって台詞を繰り返す。
つまりは、これはツネオ案件だ。
「けどなぁ……」
謎のおかっぱ娘に付き纏われること一週間。あたしは未だ碧斗に相談できずにいた。その理由は二つある。
一つは碧斗のデジカメを壊してしまったこと。碧斗はあたしのせいじゃないって言ってくれたけど、少しくらいは負い目を感じているんだ。あたしが巻き込まなければ、って。
もう一つは、あの小娘は学校のトイレ以外では出て来ないってことだ。あたしがトイレに行かなきゃ会わないし、自宅のトイレにも出て来ない。二日目に気付いたんだけど、他に人がいると出ないってこともわかった。連れションする趣味はないけど、今は他に人の多いトイレを利用している。
そうやって回避していけば普段通りの学校生活を送れる。
そう思っていたんだけど、甘かった。トイレはいつも満員なわけがない。一人か二人いればいいんだけど、その一人か二人がいなくなると決まってあのガキは壁越しに顔を覗かせた。
サチたちに「あたしがトイレ終わるまで待ってて」なんてキモいことを言えるはずもなく、覗かれることを良しとするか、それか最悪は学校を抜け出して近くのコンビニにトイレを借りる始末だった。
「志津香、大丈夫? 最近、何か顔死んでるよ? あっ、もしかして徹夜でテス勉とか?」
「ちげぇよ、あたしがそんなことするかよ……」
落ち着いて学校でトイレができない。これだけで、こんなにもストレスが溜まるとは思わなかった。これはガチでヤバい。今すぐ何とかしないとテストどころじゃない。
その日の授業中、あたしはとうとう碧斗に連絡してしまった。
『トイレで変なガキに会うんだよ!』
と。すぐに返事が来て、
『ガキ? 変って具体的には?』
何かこれ、前にもあったよな……。
そんなことを思いながら、あたしは人生で一番の長文を碧斗に送り付けた。
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