Episode,1
あたし、影森志津香。高二。見た目、不良かヤンキー。
授業はいつも、結構割りとマジでどうでもいい。けど、学校はそこまで嫌いじゃないんだ。とりあえず学校に行けばダチがいるし、適当に絡んでくるし、話したいこともまあ聞いてくれる。
サボって面白いことがあるなら学校には行かないけど、サボっても面白くない以上は学校に行った方が充実はする。
だからか、あたしは見た目こんなでも、結構割りとマジで今年は皆勤賞いけんじゃね? とか思っていたりもする。一年の時は風邪で何回か休んだだけだし。
「ねえねえ、志津香。学校終わりにみんなでカラオケ行かない?」
今日は何して帰ろうか、なんて思っていたら、ちょうどいい誘いが掛かった。誘ってきたのはクラスでも気の合う子、サチ。あたしを真似て二年生から髪の毛染めたみたいだけど、先コーにビビったのか控えめな茶色。対する、あたしは金髪!
まあ、周りには田舎のヤンキーと茶化されるけど、それはそれでネタになっていいから最近はこのままだ。
「いいけど、面子は?」
「マチコとミッチー、あとはテツくんとユージと和田」
「いつもの面子かよ、ったく……。サッカー部のネッシー先輩とかバスケ部のリュウジ先輩とか、あの辺のイケメン枠誘えねえのかよ」
「イケメン枠で和田」
「っざけんなっ。財布枠だろが、和田は!」
とまあ、こう言う口調のせいであたしは完全に田舎のヤンキー枠だ。背もそれなりに高いし、和田なら秒殺する自信はある。
目付きが悪いと言われることもあるし、切れ長でいいなぁ、と褒められることもある。胸も結構あるつもりだし、自分で言うのも何だけど割りとイイ女だ。
まっ、告られたことないけど。
「なあ、志津香。今日のカラオケで勝負しようぜ。勝ったら帰りにジュース奢りな」
「カラオケ、フリードリンクだろが……。テツ、お前どんだけ喉渇いてんだよ……」
「じゃあ、影森さん。僕と勝負しましょう」
「てめぇの演歌はマジでやめろ、和田っ! お経聞かされてる気になんだよ!」
バカなこいつらとツルむのは楽しい。多分、それはあたしもバカ、こいつらと同レベルだからなんだろう。
だからまあ、怖くなる時もある。こいつらが求めるあたしは、バカな田舎の不良ヤンキー。そのキャラがあたしから失われた時、あたしはこいつらに嫌われてしまうんじゃないか。そう思うことがある。
だって、あたしらも周りもそうやって気に入らない奴らを、スクールカーストの底に蹴落としてきたんだから。
「じゃあね、志津香。また明日」
「おう、またな。ユージ、ちゃんとマチコ送って帰れよ」
カラオケはそれなりに楽しめた。最後の方はただただジュース飲んで騒ぐだけの会、みたいにはなっていたけど。和田がたまに演歌入れて、場をリセットしてくれたのが悔しいけど助かった。
あたしは田舎のヤンキー気取りだけど、この町自体はそこまでの田舎ってわけじゃない。駅前はそれなりに栄えてはいる。大手ファストフード店もあるし、お洒落なカフェや雑貨屋もある。買いたいものは大体揃うし、時間だって大いに潰せる。駅前だけは。
駅を少し離れると街灯は少なくなって、歩道は細くなり、家と家の間隔が広くなり、いつの間にか藪の隣を歩いている。山間の町のせいか、暗くなるのが早いような気がする。それでも慣れた道。あたしは今日歌った曲を口笛で吹きながら、家路をゆっくりと辿っていた。
全然車も通らねぇ……。やっぱ田舎なのかね、ここって――
「うぉおっ!」
な、何だよ! 藪から何か飛び出してきやがった! イノシシ……じゃねえ、人間か……?
胸くらいの高さのブロック塀の上に藪がある。その隣を歩いていると、急にガサっと物音がして、あたしの目の前に人と思しき影が飛び出してきた。それは藪を突き破って歩道に飛び降りたらしく、あたしの少し前で腰を深く落として着地していた。
「うん? お前、ツネオか?」
「えっ?」
うちの制服を着たそいつは水色のリュックを背負い、右手にはペンシルライト、首からはデジカメを下げていた。
ツネオ――正式名称、常田碧斗。あたしのクラスメートでもある。
ただ、あたしたちとはあまり接点はなかった。カメラが好きなのか、教室でもよくデジカメを弄っている。それ以外は何か小難しそうな本を読んでいるだけ。友達は数人いるようだけど、あたしには興味もない。
ただのオタク、陰キャ、スクールカースト底辺の一人って程度だ。
「……誰?」
「誰? じゃねえよ!? 二年になってもう六月だぞ! クラスメートの名前くらい憶えろ、クソが! 影森志津香だよ!」
「ああ。『静か』じゃない『志津香ちゃん』か」
「……あぁ!?」
自分でもわかるくらい、野太い声を出していた。けど、それは仕方ないんだ。あたしはこれを言われるのが一番腹立つ。
両親がどんな思いで「しずか」と名付けたのかは知らない。けど、その名を付けられた奴みんなが大人しくしないといけないなんて、とんだ偏見だ。
あたしは青いネコ型ロボのヒロインじゃねえんだよ!
「てめぇ、今何つった? ぶっ殺されてねえのか?」
「きみが先に言ったんじゃないか。ツネオ? 一文字違いだけど、僕は青いネコ型ロボに出てくる嫌味なお坊ちゃんじゃないよ」
完全に不意打ちだった。こいつの一言は、あたしの怒りを全て吹き飛ばしてしまったんだ。その瞬間、あたしはおかしくって、腹を抱えて笑っていた。
「お前、結構面白い奴だな。さっきのは許してやるよ。まあ、次言ったらボコボコだけど」
「じゃあ……影森さん。影森さんはここで何を?」
「何を、ってここが帰り道なんだよ。てかそれ、あたしの質問だから。ツネオ、藪の中で何してたんだ?」
本人は気にしているらしいけど、あたしはズバズバ言ってやる。だって、こいつにあたしをボコれるとは思えないから。
ただ、男子だから背はそれなりに高い。女子の平均より高いあたしと同じ視線だから、男子の平均くらいだろうか。何か部活に入っていた記憶はないし、運動は得意そうでもない。体の線は細く、薄暗い夕闇に映るツネオの肌は青白くも見えた。病的、引き籠もり。そんな印象を受ける。
そのせいなのか、醒めた、澄ましたツネオの表情はこいつのイメージにしっくりきていて、イケメンとかカッコいいとか言うより、端整だと思った。
「藪の中と言うか、この先に潰れたお寺があるんだ。そこに行ってた」
「……何で?」
「心霊写真が撮りたくて」
「…………何で?」
「好きだから。鉄道が好きな奴は電車を撮るし、鳥が好きな人は野鳥を撮る。僕は心霊写真を見るのが好きだから、それを自分でも撮ってみたいってだけ」
そう言われると普通……じゃねえな。ただのオカルトマニアじゃねえか。ただ、こいつにそんな趣味があったのは驚きだな。そう言うの好きそうには見えねえし、どっちかって言うと怖がりそうな見た目だ。
「んで? 撮れたのかよ?」
「ううん。生憎と僕には運がないみたいだ。今まで撮れた試しがない」
「出るのかよ、ここ?」
「噂ではね。子供の霊が出るってよく聞くんだけど僕、子供には好かれないからな……」
あからさまに落ち込むツネオ。子供に嫌われるとか、そう言う理由じゃないと思うけどな。あとお前、子供以外にも結構嫌われてんぞ? クラスの奴らとか。
「じゃあ、僕は帰るよ」
「おう」
またな、と言い掛けてやめた。まるで友達みたいじゃないか。
それはさて置き、ツネオの話は面白そうだ。あたしは別に心霊関係には興味ないけど、面白いことには興味がある。
あいつが見られなかったものを見て、何ならスマホで撮って、あいつを羨ましがらせてやるのも面白そうだ。
「行ってみるか」
ツネオが飛び出してきた辺りの藪に突っ込むと、奥に獣道のようなものが見えた。それは藪の斜面を上がっている。藪の中は暗く、あたしはスマホのライトで足許を照らしながら、その斜面を進んで行った。
虫の声とたまに鳥が羽ばたく音が聞こえ、徐々に道が開けていく。最終的には竹藪の中にできた広場のような場所に出て、そこには廃れたお堂があった。
「ここ、か……」
いつからここにあったのかは知らないけど、かなり古そうだ。屋根は若干傾いてるし、賽銭箱も見当たらない。がらがら鳴らす鈴もないし、壁にはスプレーかペンキで落書きされてるし。こんなところに相合傘書く奴の気が知れねえ。
……とりあえず一周回ってみるか。
本堂へと上がる階段をスタート地点にして、あたしは時計回りにぐるっと一周してみることにした。
壁や廊下には相変わらずの落書き。お堂からも藪からも、全く人の気配は感じられない。お堂の裏側の竹藪は奥にまだ続いているようで、この先にももしかしたらまだ何かあるのかも知れない。
試しにスマホでお堂を撮ってみたけど、何も写らない。心霊現象なんてそうそう出会えるものじゃねえしな。あたしも経験ないし。あそこの角を曲がれば正面だ。もう帰るかね。
ふぅー、少しはわくわくできたからいいか。
そんなことを思いながら角を曲がると、正面の階段の下に一人の女が立っていた。六月の蒸し暑い時期に真っ赤なコートを着て、暑苦しそうな長い黒髪。その髪は乱れていて、見るからに不審な奴だ。
「あんた、ここの人?」
逃げるべきとも思ったけど、ここの何かを知っているのなら聞いてみたい。そう思った。別にツネオのためじゃない。単にあいつより何かを得てから帰りたい。そう思っただけだ。
女はあたしが声を掛けると、ゆっくりこちらに首だけ回す。ようやく正面から見えた女の顔だったけど、その半分はマスクに隠されていてどんな奴なのかはよくわからなかった。
「ねえ」
女が声を発した。マスクでくぐもって、少し掠れた声だ。
「私、綺麗?」
「あぁ? 知るかよ、んなこと。てか、マスクしてたんじゃ顔見えねえだろが」
「これでも、綺麗?」
そう言って、今度は体もあたしへと向けた女の手がマスクへと伸びていく。マスクを外すつもりなんだろう。なんだろうけど……その手にはなぜか包丁が握られていた。
や、ヤベぇ! これ、本格的にヤベぇ奴だ!
「ねえ、私、綺麗?」
本能的な恐怖を察知したあたしは、足許にあった石ころを拾い上げ、女に向かって投げた。当たったようには見えなかったけど、女は仰け反るように腕で顔を覆う。その隙にあたしは駆け出し、来た道の斜面を滑り落ちるように走った。
竹藪から飛び出し、さっきの女が追い駆けてくる様子がないのを確認しても、あたしは家までダッシュで帰った。
声掛けたのはやっぱり不味かったな。顔、見られたよな、あたし。
そう言えば、顔……。あいつの顔……。少しだけ見えた顔……。あいつの口……耳のところくらいまで裂けてなかったか?
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『修行しすぎて二百年、最強魔術師の出張宿屋ほのぼの帳簿』と言う作品も投稿しています。
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