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冬の記憶


「――アオイロちゃん、アオイロちゃん」


 優しい声音で目を覚ました。


「っ!?」


 慌てて脳を覚醒させて臨戦態勢に入る。


「ナツコおばあちゃん……」


 声を発した主を認めると、すぐに臨戦態勢を解いた。


 ナツコおばあちゃんの喉元に達しそうになっていた鋭い触手を身体に戻す。


 あれから半年が経ち、身体が明らかに平和ボケしている事が分かった。

 ここがあの世界だったら呼ばれる前に殺されているというのに私は……。


「おはよう、今日は冷えるね」

「ええ、そうなんですね……」


 一歩間違えれば私に殺されていた命がなんともないように笑い、そう言う。

 残念ながら私は人間と違って、寒さに耐性があるので別になんとも思わない。


「今日の朝ご飯はお餅だよ。皆揃っているから起きたらおいでね」

「はい……。いえ、身支度を整える必要がある生き物ではないのでもう行きます」


 私はスライム。

 この世界には存在しない生き物だ。


 逃げて、逃げ続けていたら異世界に来て、何の間違いか沢畑家に拾われた弱い魔物。


「アオイロ、アオイロ!」


 ナツコおばあちゃんについてダイニングに向かうと席に座っていたコウジ君が私の名前を呼びながら立ち上がる。


「んむ」

「アオイロひんやりしてる~」


 コウジ君が私に頬擦りする。


 なんて警戒心のない無防備な子供なのだろうか。

 吸収しようと思えば、この瞬間には事を終えられている。


 産まれた世界が違うから?

 人間の子供だから?


 私には全く分からない。


 そのままコウジ君に抱っこされたままテーブルの上に置かれた。

 私の前には白い皿の上に、これまた白い何かが置かれていた。


「気を付けてねアオイロちゃん、この食べ物は別名老人殺人キラーって言われるくらいにはキル数を稼いでいる食べ物だから」

「はあ」


 コウジ君のお母さん、ナツコおばあちゃんの娘、サチエさんがおちゃらけながら言うが、もちろんその意味も分からなかったので曖昧な返事を返した。


「それでは、いただきます」


 ナツコおばあちゃんの音頭により、皆が食事を始める。


 皆が食卓の上に置かれた黒い液体を白い物体にかけていく中、私は皿の上に置かれた白い物体に覆いかぶさり、一瞬で吸収を行い、食事を終えた。


「すごーい!」


 私の行動を見たコウジ君がいつもと同じように目を輝かせながらそう返す。


 食事を一瞬で終える事の何が凄いのか全く分からないが、身体をプルンと動かしてそれに返した。

 コウジ君の純真無垢な反応に弱いのかもしれない。


 その後は皆が食べ終わるのをボーっとしながら見ていた。

 よく見てみると、コウジ君とナツコおばあちゃんの皿に置かれた白い物体はサチエさんとカズノリさんの皿の上に置かれたそれよりも細かくされていた。


 その事に若干の違和感を覚えたが、特に口には出さなかった。


 しばらく経ち、全員の食事が終わる。

 後片付けを行い、しばらく談笑しているとナツコおばあちゃんと、カズノリさんから白い封に入った謎の小包を渡された。

 謎の小包は、私と同じようにコウジ君にも差し出された。


「アオイロちゃん、お年玉だよ」


 お年玉……とは?


 ナツコおばあちゃんの言葉に疑問を持っている横でコウジ君は「やったー! ありがとう! 今年も一年よろしくお願いしますー!」なんて言っていた。


「アオイロちゃんの居た世界には存在しない風習なんかね。それは、年が明けた際に、大人が子供にあげる物だよ」


 大人が子供にあげる物。

 その言葉に「チクリ」と痛み以外の何かで心が震えた。


 ここに居る誰よりも私は歳を取っている。


 だからだろうか。

 その言葉に引っかかったのは。


 ……いや、それよりも別の何かのような気もする。


「開けて見な」


 言われるがまま、封に貼ってあったシールを剥がし、開封する。


「お金……?」

「そう、お金だよ。一万円。それでいつか買い物に行った時に好きな物を買いなね」


 お年玉……大人が子供にお金をあげる。

 よく分からない風習。


 よく分からないけど……。


「もらえないです。こんなにお世話になっているのに、これ以上の物をもらう事なんて出来ないです」


 辞退する以外の選択肢はない。


 逃げて来た私を拾ってもらって、半年間もお世話してもらって、更にお金をもらうなんていくらなんでも出来ない。


「んにゃ、アオイロちゃんはお年玉をもらうべきだよ。だって、私達の命を助けてくれているんだからね」

「そんな事……居候として当たり前の事をしているだけです」


 命を助ける。

 この世界には私以外にも、異世界からの逃亡者が時々やって来る。

 そんな時、ナツコおばあちゃんは決まって迎えに行き、そして、帰るまでお世話をする。


 だが、逃亡者は私と同じように錯乱した状態でやって来る者が多い。

 助けに来たはずのナツコおばあちゃんに手を出そうとするのがほとんど。


 皆、必死なんだ。

 必死に生きて、必死に逃げて、必死に戦う。


 敵意なんて関係ない。

 自分の前に立った。

 それだけで殺す理由としては十分過ぎる。


 だから、そんな脅威から私をナツコおばあちゃんと、面白さ見たさに付いて来るコウジ君を守っている。

 幸い、私の強さは折り紙つきだ。


 何せ、あの無限龍の一部を吸収したのだから。


「じゃあ、こういう事にしましょうかね。これから先も私、ナツコおばあちゃんと、まだ子供のコウジ、この二人を守る。そのためのお駄賃、契約金として受け取って」

「二人を守るための契約金……」


 私は悩んだ。

 本当は私もあの世界に帰るべき存在なのだろう。

 そんな私がいつまでも二人を守っていて良いのだろうか。


 早く、この異世界から出て元の世界に帰るべきではないのだろうか。


「まだ理由が足りないかい? それなら、こうしよう! コウジが大人になるまで守り抜く! そのためなら受け取れるかい?」

「……コウジ君が大人になるまで守る」

「そう、コウジが大人になるまで守る」

「大人ってなんですか?」

「難しい事を聞くねえ……。大人っていうのはそうだねえ……幸せに生きて、生きていけるだけのお金をもらって、壁にぶつかっても超えられるようになって……そして、誰かと恋をして、誰かのお父さんになる……それまでコウジの面倒を看てもらう……は、流石に重すぎるか」

「いえ、それで良いです。いや、それが良いです」


 その間、私はこの世界に居て良いんだ。

 コウジ君が大人になるまで、面倒を看るだけでこの安全な世界に居て良いんだ。


 たった、二、三十年の事なのかもしれない。

 だけど、ずっとここに居て良いんだよ、と言われているみたいで何故だかとても嬉しかった。


「お年玉ありがとうございます。これから先、何が起ころうと、二人を確実に、命に代えても絶対に守ります」



―――――



「重っ」


 私の独白を聞いたアズモさんがそう漏らした。


「一言目に出て来る言葉がそれですか。自分の出自や生い立ちを語らないで有名なアオイロさんがせっかく昔話をしたのに一言目に出て来る言葉がその言葉ですか」

「実際に重い。重すぎる。障害として立ちはだかり過ぎだし、恋のさせ方も実力行使過ぎる。もっと他にやり方が無かったのか」


 あの日のダイニングテーブルの上にお茶を出現させたアズモさんは、音を立てずにそれを口に含みこちらをジトっと見る。


「しょうがないじゃないですか。こう見えて不器用なんですよ、私。何を喋って、何を喋ってはいけないのかも分からずに取り敢えず全部黙っていようと考えちゃうくらいには不器用なんですよ」

「では、コウジと良い仲になった女の子が次々と転校していったのは?」

「ちょっと、コウジ君には相応しくないかなあって思って、大黒柱をより好待遇の現場に移し続けました」

「器用では? では、最終的にコウジと恋仲になろうとしたのは?」

「あまりにもコウジ君に相応しい子が居ないので、私で大人になってもらおうかなと」

「それは不器用。というか、怖い。なんだ貴様、行動力がイカれているのか」

「急に褒められても……。アズモさんとかいうそんな仲が良い訳でもないのに、一方的にこちらの事を全て知られている微妙な存在に褒められても嬉しくないというか……」

 

 アズモさんは「褒めては無いが、仲が良くないのは事実だな。貴様とは仲良くなれそうにない」なんて達観した事を言いながらまたお茶を飲む。


「で、私のターンは終わりましたが、そちらのターンは無いんですか? 私を事を散々調べ尽くした上でこんな場を設けるなんてなんか理由があるのでしょう?」


 アズモさんは口に含んだお茶をしっかりと味わった後に、飲み、そして口を開いた。


「私に稽古を付けて欲しい」


 言葉の内容は思いもしていなかったものだった。


「てっきり、私をコウジ君の結婚相手として認めろとか言って来るのかと思っていましたが……なんですかそれ? 稽古? 私に? 私、流派とか何も無ければ、門下生も取った事ないですよ」

「倒したい奴が二人程いる。一人は時空龍で、もう一人は……」


「……私自身だ。私は私の本体を倒して、私が本物になる」



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