冬の記憶0 私の心臓をくれた人へ
『――来い、アズモ!』
『右だ! 左だ! 中だ!』
ダダダダダ。
タン、タン、タン。
タン、タン、タン。
タン、タン、タン。
タン、タン、タン。
タン、タン、タン。
『今だ、来い、アズモ!』
『左だ! 中だ! 右だ!』
『召喚チャレンジ!』
『Vを狙え!』
タン、タン、タン。
ナーン。
『スズラン召喚! 20Gゲット!』
『来い、アズモ!』
『右だ! 左だ! 中だ!』
タン、タン、タン。
ダダダダダ。
タン、タン、タン。
世界一、最悪な音で気が付いた気がする。
「はあ……」
いずれこの機会が来るとは思っていた。
けれども、こんな最悪な形で始まるとは思っていなかった。
磔にされる覚悟はあった。
しかし、私の身体は十字架に縛られていなければ、拘束具の一つもない。
とても、舐められている。
いや、私如きでは、それをする必要もないという表れなのか。
オレンジ色の身体をグネグネ動かして、背の高い椅子の上に座る彼女の元に近づく。
「人を呼びだして置いて、何しているんですか。アズモさん」
声を掛けるとアズモさんは、台を軽い力で押し半回転して私と対面する。
「これか? これはスマスロ沢畑耕司、召喚士バージョンだ。設定1で1/142、設定6で1/126の確率で大当たり。当たりはビッグとレギュラーに分かれていて、初当たりゲーム数は40ゲーム数の差はあるが、どちらからでもATに突入する事が出来て、AT中は設定6なら1/26の確率でゲーム数上乗せチャレンジに挑戦する事が出来て、誰を召喚出来るかで上乗せされる期待値が変わって来て、純増8.9/Gで――」
「あの、オタク特有の早口説明は良いのです。私が聞いているのは、なんで人をこんな所に呼び出しておいて、そんな物をやっているんですかという事なんですが」
「スマスロは嫌いか? それなら、パチスロ、パチンコ、スマパチも出せるから好きな物を選ぶと良い」
アズモさんがそう言うと、アズモさんの打っている台の隣に続々と台が出現した。
「は、はは……。この場所ではなんでもアズモさんの想い通りって訳ですか……」
思わず、乾いた笑い声が漏れた。
「当然だ。ここは私の世界なのだから。この世界において私は神であり、全てを意のままに実行する事が出来る。さあ、好きな台に座れ」
「私、こういうのをやった事がないんですけどね……」
隣に座るのは嫌だったので、一台開けて、CR沢畑耕司1/129(ちょい甘バージョン)とやらに座った。
筐体の上の方にあるコウジ君の笑顔が素敵だったから、というのも僅かに存在するが。
「で、これどうすれば良いんですか?」
「クレジットは限界値まで突っこんであるから、払い出しボタンを押して、打て」
「はい」
言われるがまま、払い出しボタンを押すと、「ジャラララ」という音と共に、上皿に125個の玉が出て来た。
右手の代わりに、触手をレバーに添えて軽く添えて捻る。
『ポキューン!』
「な!? オスイチだと!? 甘とは言え、貴様、中々についているようだな……。気に食わん」
「えぇ……。はい、なんかすみません……」
「おい、私の方じゃなくて、ちゃんと画面を見ろ。これから私が手掛けた様々な熱い演出が来るのだぞ。」
「はあ……」
「ほら、レバブル信頼度95%、スズラン群予告、対異形化ルクダSPリーチ信頼度63%、SPリーチ後半発展、コウジ(人間バージョン)背景、エアー、赤文字、激熱カットイン……」
「あの、全然分からないです」
「とにかく熱いって事だ。よし、異形化ルクダ倒した。右打ちしろ、大当たり300玉ボーナスだ。このあと、継続率55%のSTが始まって、当たりの中の10%で上位STに突入だ。しかも、上位STは継続率93%で300or1500がニブイチで振り分けられる超神STだ。店の経営とか国の介入とか規制が何も関わらない私の世界だからこそ作れる超ぶっ壊れ台の見せ場が始まる」
「あの、全然分からないです」
「とにかく、見て居ろ」
隣に座るのが嫌だったから、一つ開けて座っていたのにいつの間にか、アズモさんが隣に座っている。
そして、早口であれやこれやと指示してくる。
「おい、何している。早く右打ちしろ」
「はあ……」
「このあとSTだ。当たるよう神に祈れ」
「はい……。誰に祈れば良いのですか?」
「私が神だ」
「はあ……?」
ポキューン。
「な、なんだと! 一回転目で当たりだと!? 一回点目で当たった場合は……見ろ! 超コウジST開始の演出が流れているぞ!」
あれ、もしかしてこれって出来レースなのでは?
画面上でコウジ君があちこち飛び回り、あれやこれや台詞を吐く。
台詞はキラキラした虹色で書かれてあり、画面からはこれでもかってほどの光を放つ。
たぶん、普通に見ていたら良い演出なのかもしれない。
だけど、隣であれこれ「ここに拘った」とか、「この顔が良い」とか、「レバブルしなくてもエアーで示唆してくれるパターンも仕込んである」だとかうるさい人がいるので、楽しむ事なんて出来なかった。
「よくこんな事知っていますね、アズモさん」
だから、皮肉を込めてそう言った。
「ああ、当然だ。私はなんでも知っている。パチンコもパチスロも、現在も過去も未来も全てを知っている。……勿論、お前がどうしてコウジに負ける道を選んだのかも、だ」
「……」
「貴様の記憶を全て閲覧させてもらった。そしたら、何故貴様が強いのか、弱いフリをしているのかと、コウジに固執しているのかが分かった」
「…………」
「かつて、コウジ達と序列石を見に行った事がある。私は家族がどれだけいるのか知りたくて見ていたのでよく覚えている。第三位、アギオ・ネスティマス。戦い好きの神はアギオ兄上を世界で三番目に強い者として石碑に名を刻んでいた。そして、竜王家で一番強いアギオ兄上が何故三位なのかと疑問にも思った。上には誰がいるのか気になったから見た」
「………………」
「第二位、ピーネイン」
「……これは貴様の事だな」
「アギオ兄上の一人を吸収し、無限の再生力を得て、邪魔な神を殺して吸収もした。アギオ兄上と貴様が戦った事は無いのだろうが、確かにカタログスペック上では貴様の方が強い」
「そんなお前が何故、コウジに負けたのか……。何故、人間化などという、魔物にとってはデバフでしかない行動を起こしたのか……」
「初めから勝つつもりが無かった理由、敵として立ちはだかった理由……」
「それらは全て、コウジの祖母、沢畑夏子に関係する」
玉の排出を止めた台が、省エネモードに入り静かになったせいで、声が嫌でも届く。
かつて行った事、行いたくなかった事、これから行おうとしている事。
全てが頭の中を駆け巡り、感情がグチャグチャになる。
いよいよ、私も他人に話す時が来たのか。
遂に自分の番が来たのか、と。
嫌でも、その考えに辿りつく。
「私の心臓をくれた人へ危害を加えるつもりは毛頭ない。だが、貴様がどれだけ嫌だと拒んだ所で無駄なのは確か。……どうだ、この場なら少しは思いの丈を吐露する気になったか……」
「……………………私は――」
―――――
―――
―?
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―?
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「む。どうした、何故、嘘の回想擬きを流して帰って来た?」
「だって、パチンコ台の前じゃないですか!?」
回想に入るのは悪くなかった……というか拒むつもりなど無かったが、場所が最悪過ぎる。
「アズモさんが見た漫画やアニメや小説やドラマの中にありましたか!? パチンコを打ちながら回想に入る演出が!?」
「いや、ない」
「反語やめてくださいよ。私が良いたい台詞ですからね、それは」
嫌な事は嫌と叫びながら、席から飛び降り、何もない床へと着地する。
「何が『私の心臓をくれた人へ』ですか、本当に恩人だと思っているのなら、もう少し、もうかなりまともな誘い方は無かったのですか!? なんですかパチンコIN回想って!? 最低過ぎますからね!! いくら私がぞんざいな扱いをされているからって、限度って物がありますよ!!?」
「む」
「む。じゃないです! そんなんだから私に『ああ、この人にはコウジ君を任せたくないな』って思われるんですよ! あー、どうせ自我のある身体にコウジ君の魂を入れるのなら、ラフティリさんに入れれば良かったー。元気溌剌で、健康的で、素直で、陰の気に満ちて居なくて、家柄も良くて、種族も良くて、コウジ君に守られてばかりでなくて、守りそうな気質のある彼女にすれば良かったー!」
「むっ!」
「怒っても無駄ですからね。この一件で私のアズモさんに対する信頼度が更に下がりました。少なくてもパチカスにコウジ君はやりませんよ!」
「私はパチカスではない。これはあれだ。あまりにも暇だから、ちょっと作ってみるかで作ってみたら思ったより面白くて打ち続けていただけだ」
「カスじゃないですか!」
「カスじゃない」
「と・に・か・く! 場所が話すのに適した場所になるまで私は話す気なんて――」
あれやこれやと文句を垂れていたら、一瞬にして筐体らが消えた。
筐体が消え、何もなくなった空間が私達を無視して、180度回転する。
気付いたら椅子に座らされていた。
見覚えのある木製の机、見覚えのある凹み、見覚えのある落書き。
「ここは……」
「沢畑夏子の家だ。厳密に言えばダイニングの上に座ってもらった。そこが定位置だったのだろう」
「……」
私が人間だったら、口元を手で覆っていただろう。
それほどまでにこの場所は私にとって特別な場所だった。
「なん、で、こんな物まで用意出来ちゃんですか、アズモさんは……」
笑ったような、怒ったようなよく分からない声でそう言った。
「この世界の神だから」
「理由になっていないですよ、全く」
この場所に戻りたくて、何千回足掻いただろうか。
それをこの人は一瞬でやってのけてしまうんだ。
今はもうない、夏子おばあちゃんの家。
「ここまでお膳立てされたら喋らない訳にはいかないですね」
観念した。
「私が何故、コウジ君に負けたのか……でしたっけ? それは勿論――」




