日常 とある兄弟の会話
「お前、いつのまに煙草を吸うようになったんだ?」
スタルギ邸、庭園。
換気扇の下で煙草を吸っていたスタルギは、弟のフィドロクアに声を掛けられて連れ煙草に外に出た。
「元々、人付き合い程度には吸っていたぜ? 人間みたいに依存症とか病気になる心配はないんだが、子供が生まれて吸う頻度を減らした」
「それは何故? フィドロクアだけじゃなく、ミゾレの血も引いている子供の方が諸々の耐性が上がっているだろうに」
「ラフティーが三歳くらいの時にな、「パパくっさい!」って言われてしまってな……」
庭にスタルギの「クッハッハッハ!」という高らかな笑い声が響く。
「そりゃ吸うのを辞めはしないが、控えるわ」という言葉も続く。
「笑っちまったが、すっげえ分かるんだよな。同じような理由でフィーリアからは青い目で見られている。俺が吸った後には消臭のスプレーそこら中にばら撒かれるからな。肩身が狭いったらありゃしない。ま、それでも吸うけどな」
今度は庭にフィドロクアの「クァッハッハッハ!」という高らかな笑い声が響いた。
「そんな事されちまったら家で吸い続けるのは厳しいわな。こうやって外で吸っている方がそこら辺を歩いている人間に副流煙とかで文句言われそうではあるが」
「んや、この街は喫煙率六割超えている異常な街だから大丈夫だろ」
「スイザウロとは全然違うな……」
「そりゃあ、俺のような行き場のないカス共が最後の望みをかけて集まる底辺者の街だからな」
「この街を気に入っている割にはずたぼろに言うんだな」
「まあ、俺のこの言葉には愛があるから」
「ほんとかよ」
会話に間が出来た事で、スタルギが煙を吐き、それに合わせてフィドロクアも煙を吐いた。
スタルギが、短くなった煙草の火を灰皿で消し三本目に手を伸ばそうとして止まる。
その代わりに口を開いた。
「俺の煙草を一本やるからお前の煙草も一本くれ」
「ああ、いいぜ」
お互いの煙草を一本ずつ交換すると、スタルギが人差し指から炎を出し煙草に火をともす。
「ライター要らずで楽だな」
「お前も機械化……とまでは勿論言わんが、炎魔法くらい覚えれば楽になるだろ?」
「無理だな。俺と炎は絶望的に相性が悪い」
「本当か? 炎を吐けない竜がいるってのかよ?」
「練習すれば吐けるようになるだろうし、魔法も使えるようになると思うが、ここまで生きてきたら今更覚えようとする気にもならないんだよな……まあ意固地になっている訳だ」
「ふうん……火が使えないのは難儀だな」
二人はまた煙を吐き、直ぐにまた煙草に口を付ける。
「しっかし、兄貴は昔から魔力量の強い煙草を好むんだな」
「昔、フィーリアを連れ出した時は食う者に困っていたからな。幸い俺達の種族は魔力の供給さえされていれば生きていけるから、あの子には俺の魔力を与える事で食事をしていたが……」
「コウジが来る前のアズモと同じような食事だった訳か。フィーリアの姉貴はそれで良いのかもしれないが……兄貴は」
「そうだ、食うもんが無かったからそこら辺に生えている雑草を食っていた。それも他人に与える分、魔力の高い物をな」
「なるほどなあ。それがきっかけって訳か」
「そういうお前の煙草は水臭さが強いな」
「ああ、上質な水草から作られた物だからな」
「水魚龍だからそこら辺も拘っているのか?」
「まあそれもあるが……今、俺こんな身体だろ?」
フィドロクアは指で自分の事を指し、指をクルクル回す。
それを見たスタルギは納得したように煙を吐き、口を開く。
「そういや、上質な水に浸かっていればどんな傷も治るんだっけか」
「そういうこと。だから今は水に浸かる事もそうだが、積極的に神聖水成分を含んだ煙草の摂取もするようにしている。大義名分みたいに聞こえるかもしれないが、煙草を吸う事で五分くらい怪我の完治が縮む」
「にしても、エクセレの奴にだいぶこっぴどくやられたんだな。まだ完治していないなんて」
「まあ、テリオ兄貴や、エレオス兄貴のように俺は不死性持ちだからな。たぶんエクセレがそれを知っていたんだろう。身体の大部分を持ってかれた。……って、俺と同じような理由で身体を持ってかれた兄貴に言われてもな」
「カハハ……まあ俺には不死性なんて無かったからこうして機械化するしか無かったんだけどな。別にあのまま死んだ方が楽で良かったんだが、死ぬ事が許されていないからな……。それと、俺をこの身体にしたあのクソ時空龍にいつか復讐したかったから好都合」
「やっぱイリスもエクセレ並に狂っているよな……。全盛期のアギオ兄貴並か? 敵と敵になりそうな者、一族を束ねている者を人・魔物関係なく全てを無限に葬っていった時のアギオ兄貴と」
「いや、それ以上だろう。上の六人は特に狂っているが、俺の中での狂い具合の順位は、一位がイリス、二位がテリオ、三位がアギオ、四位がエクセレ、五位がディスティア、六位がエレオスだ」
「そりゃあんな事があったらな……全員異形化したし、内三人は理性も一緒に吹き飛んじまったからな。が、俺の思った順位と違うんだな。俺の中では、エクセレ、アギオ兄貴、イリス、ディスティア姉貴、エレオス兄貴、テリオ兄貴の順だ」
「まあ、普通はそんな感じだろうな。俺の場合は実際誰に迷惑掛けられたかの主観で判断しているからな」
「あー、なるほどな。昔は凄かったって聞くからな。それに比べたら下の子達はなんて可愛い事か。……まあ、アズモみたいなイレギュラーもいた訳だが」
「弱い方が可愛いってのは自然の摂理ってもんだ。だから、この街にいる奴等は本当に可愛く見える。突然やって来たお前も、コウジも、ラフティリも、メロシィヌも皆可愛い」
「ミゾレも可愛いだろ? 俺の奥さんだぜ?」
「あいつは可愛くない。だいたい一千も下だろう子に手を出している時点で……ミゾレの話題は、これ以上は止めておこう。どこかで聞かれているかもしれない」
「ふう」と一息つき、スタルギが煙草の火を消す。
「やっぱ自分のが一番だな」と言い、四本目に口を付ける。
それに習ってフィドロクアも「そりゃそうに決まっている」と言い、煙草を加えた。
「しっかし、あいつらは可愛くない。コウジの召喚獣達は本当に可愛くない。……特にお前な」
同じく庭園を散策していたコウジの召喚獣の方を見ながらスタルギはそう言った。
木や花で彩られた庭園を散策していた三匹の召喚獣は二人を見る。
「ナーン?」
「言われていますよ、泥んこさん」
「ゴギュゥ?」
「ナーン!」
「ゴギュゴギュ」
「いや、絶対スズランさんの事じゃなくて泥んこさんだと思いますよ。可愛くないと言われているのは。だって、スズランさんは可愛い猫じゃないですか」
「ナ~ン」
「ギュギュギュ!」
「え、貴方は可愛くないですよ。なんせ泥ですから」
「ゴギュ、ギュルルル(はい、お前処刑)」
「怖~。そういう所が可愛くないって言われているんですよ」
三匹の召喚獣は誰が可愛くないと言われているのか押し付け合いをする。
「いや、お前な。そこで唯一、俺達の分かる言語を話しているお前」
醜い押し付け合いに終止符を打つ一言をスタルギが放った。
「ああ、アオイロなのか? 俺的にはあの泥の魔物の方が脅威っていうか、アオイロは全く眼中に無かったが」
「それがおかしいから俺は一番の脅威だと思っている。世界的テロ組織、カタナシに所属しているのにも関わらず、コウジに敗れ、召喚獣化。身体を入れ替えられて無力化された……というのが筋書きだが……まず何故あの組織に所属していた奴がコウジに敗れた? そして何故、ここまで弱く感じさせられる? その二点から俺はあいつが怖くて仕方ない」
「なるほどな……と言いてえが、コウジの戦い方は初見殺しみたいな物だから負けてしまったとも考えられる……と俺は思う。というか俺はそう思っている。なんせ、コウジは異形化したばかりとは言え、時を奪う能力を身につけた同級生を倒した実績があるからな」
「だが、うーん……」とフィドロクアは唸る。
「身体を入れ替えられたとしても、少なくとも『解放』は肉体に依存しない力だ。コウジがそれを証明している。それを加味すると、ここまで無力そうに見える理由が分からない」
散々唸った後にフィドロクアはそう漏らした。
「え、解放ですか? 確かに使えますが、私の力は弱いですよ。この世界から別の世界に移動するだけの逃げるための力ですから。逃げるだけで戦う事は出来ないです。なにせ貴方達の長男に追われていた時に目覚めた力ですからね。謝ってくださいよ。このか弱い乙女に」
フィドロクアの呟きを聞いたアオイロがそう返す。
「……何故、アギオに追われていた? 異形化全盛期時代のアギオが狙うのは――」
「あーっと、用事を思い出しました! では、私達はこれで失礼しまーす!」
アオイロは、さりげなく漏らした言葉に反応した二人の竜から睨まれた事を感じると逃げるようにその場から去って行った。
「…………兄貴、ダンジョンでは頑張ってくれよ。勿論、俺の娘も含めてな。時空龍の力で俺達家族に死は訪れないが、それ以外の状態にはされる。……例えば、身体を奪われたり、魂を奪われたり、な」
「ああ。そこは安心しろ。万が一、あいつが現れても俺なら戦える」
「例の惨劇を体験した四男の言葉はこれ以上なく頼りになるな。上の十人か、そうじゃないかで実力に圧倒的な差が出て来ると俺は思っているからよ。俺じゃどうやってもスタルギの兄貴には勝てない」
「もう一度言う。安心しろ。お前の娘のお守も、コウジの成長も、召喚獣達の監視も、イリスの襲撃も、異形蟻の討伐も全て俺がやり通す。……だから、この街は頼んだ」
「ああ、兄貴達が出たら直ぐにこの街をロックする。ミゾレに手伝ってもらってな」
「まさか、この街全体を氷漬けにする気か?」
「その通りだ。悪いか?」
「いや、正解の一つだとは思うが……人道的に……」
「ああ、俺は竜だし、ミゾレは氷の結晶族だからな。人の心なんかねーよ」
「人の心はあるはずだろ。……ん、それともフィドロクアってお袋が亜人になってから産まれたのか?」
「亜人になってからだ。だから序列石に名前を刻まれるくらいには強いぜ?」
「はあ……お袋もギニスと一緒に居たいからってよくやるな……」とスタルギは溜息を吐く。
「元々ただの人間だったのにな。それも、とある国のお姫様。それがどうして竜王なんかと結ばれたんだろうな」
いつ出せる情報か分からないので今の内に氷の結晶族について書いておきます。
・氷の結晶族
氷の結晶族は大気から生まれ、約200~230年の寿命を持ちます。
死ぬと大気に戻り、再び生まれ、再び約200~230年生きます。
記憶、能力を引き継いだまま転生するといった種族で、
どの年代に生まれたかでその人の強さが変わってきます。
この世界には分かっているだけで約20人しか存在しません。
ちなみにミゾレさんは少なくとも、フィドロクアと千歳差はあります。
ラフティリは先に父の竜の力を身に着け、妹のメロシィヌは先に母の氷の結晶族の力を開花させました。




