日常 義兄ちゃん
「コウジ! 早く早く!」
ラフティリに手を引かれながら急かされる。
「もっとゆっくり……! この家所々に高価そうな物が置いてあって怖いんだよ!」
そんなラフティリに文句を言いながらも、俺は細心の注意を払い走っていく。
スタルギ邸の廊下。
広すぎて何坪あるのか分からない豪邸の廊下を走る。
「ママ、妹!」
ラフティリはある扉の前で止まると、バンと勢いよく解放しそう言った。
部屋の中には、ラフティリのお母さんのミゾレさんと、まだ名前の知らないラフティリの妹がいた。
テレビゲームをしていた二人は俺達が入って来た事に気付き、こちらに振り返る。
「こいつがコウジよ!」
四つの透き通るような水色の目が俺を捉える。
一つは好意、もう一つは懐疑といった視線だった。
「知っているわよお。だって私とコウジ君はお話中に紹介し合った仲なんだから」
「あたしは知らない! 誰、そいつ! そいつ知らない!」
ラフティリの妹がコントローラーを放して立ち上がると、ミゾレさんがポーズボタンを押しゲームをきちんと中断する。
くだらない事だが、ラフティリのゲーム好きは母親譲りだったのかと感じた。
父親のフィドロクア兄さんがゲームをしている所やハードを持っている所を見た事がない。
小さい頃のラフティリにそっくりな見た目の妹が、掴みかかって来そうな目つきで俺の事を睨んでいると、ラフティリが部屋の中へズカズカと入っていき妹を抱っこする。
仲の良い姉妹の光景……なのだろうか。
水色髪のラフティリと、水色だが薄氷のような髪色をした妹の抱擁は絵になっていてもおかしくないような美しさがあった。
「だから何度も言っているわ。妹の義兄よ」
ラフティリは俺には見せた事のないような優しい口調で妹にそう言った。
「…………ん?」
耳に入って来た言葉を理解するのが難しく、俺は情けない声を出す。
え、今こいつなんて言った?
兄? 義兄? いや、そんなはずは……。
しかし、義兄と兄は日本と違ってどっちも「あに」と読むようなややこしい言葉ではないぞこの世界の言語は……。
異世界言語の勉強不足で分からない言葉……なのかもしれない。
「義兄ってなに! あたし分からないもん!」
「簡単に言うと兄よ、これからお兄ちゃんになる人なのよ」
「嘘だ! だってこいつ竜でも氷でもない! 兄じゃない! あたしは騙されない!」
俺は頭を抱えた。
色々言いたい事はあったが、姉妹の喧嘩に口を出せる程、俺のハートは強くない。
というか、ラフティリの妹的には、種族が竜か氷だったら兄認定してしまうのだろうか。
「そうだぞ! 騙されるな! コウジは義兄ではなく叔父だ! そいつは今嘘を吐いている!」
なんて、どうしたものかと頭を抱えていると後ろの方から声が聞こえた。
「姉の嘘吐き!」
「この嘘吐きが! 滅べ!」
「嘘吐く姉なんて嫌い!」
「地獄に落ちろ!」
「そこまでは……というか、お前誰!」
「貴様の味方だ」
「敵にくっついているからお前も敵!」
「……ややこしいからアズモは出て来るなよ」
相変わらず安全圏から便乗するアズモを右手で引っ張り前に持って来た。
「こいつはアズモ・ネスティマス。正真正銘の叔母。そして、俺は沢畑耕司。……血の繋がりは全くないが、叔父みたいな存在だ。あと、俺達は敵じゃない。ラフティー……君の姉の友達兼、元同級生だ」
「そうなの? 兄じゃないの?」
「ああ、兄じゃない。ただの友達だ」
「……」
「どうした?」
「なんでお兄ちゃんじゃないの!!!」
「えぇ……」
兄である事を否定したらラフティリ妹が喚きだした。
困りながら頭の裏を掻いているとミゾレさんが口を開く。
「シィーちゃんは兄が欲しいといつも言っていたくらい兄に憧れていたのよ」
なるほど、そういう事か……。
「シィーちゃん、血縁関係も、ラフティーと婚姻を結ぶ気もないが、俺はある意味お兄ちゃんだ」
「お前がシィーちゃんって呼ぶな! メロシィヌちゃんって呼べ!」
「……メロシィヌちゃん、お兄ちゃんだぞー」
「お前なんか知らない!」
……。
初対面の時のラフティリ味を感じる。
俺はラフティーと呼ぶ事が許されているが、それは俺がアズモだったのと、フィドロクア兄さんの紹介があったから。
実は、ラフティリは仲の良い奴にしか「ラフティー」と呼ぶ事を許さないくらいには、慣れ慣れしく扱われる事が嫌いだったりする。
……さらば、俺の何枚目かのシャツ。
「魔物化!」
敢えて大声を出して、魔物化を使って翼を生やした。
「……!?」
ラフティリに抱っこされたメロシィヌちゃんが口を開けて驚いた表情を浮かべる。
「ほら、義兄ちゃんでしょ」
フフンと鼻を鳴らしながら「そら見た事かと」といった調子の良い事を言う。
竜である事の証明のために犠牲になったシャツの事を考えてほしい。
まあ俺は竜ではなく正真正銘の人間なのだが。
「うわ、何をする!」
わなわなと震えたメロシィヌちゃんが俺に掴まれた無抵抗のアズモを掴み、姉の方にぺいっと投げる。
ラフティリはアズモをキャッチし、頬擦りをした。
「ちっちゃいアズモ可愛い。という事は小さい頃のあたしも可愛かったってこと?」なんて調子の良い事を言う。
それに対し、ミゾレさんは「そうですよ」と言い、ウンウンと頷く。
そんな中、メロシィヌちゃんが恐る恐る俺の方に手を伸ばして来た。
「抱っこ。お兄ちゃん、抱っこ」
……天使か?
危うく意識を失いかけた。
「いいぞ、ほらおいで」
直ぐに気を取り戻し、メロシィヌちゃんを抱っこする。
その瞬間、メロシィヌちゃんがニヤリと笑った。
「あたしは騙されないわ!」
しまった、罠だったか!
メロシィヌちゃんの口元から冷気が漏れ出し、これから氷ブレスを発射する事が分かる。
……が、遅い。
俺や、姉のラフティリに比べ発射まで数秒掛かっているし、何属性のブレスが来るのかが見え見え過ぎる。
避けるのは簡単だが、それだと舐められたままだ。
少なくとも、ラフティリなら態度が軟化する事はない。
ならば……。
「あまり俺を舐めるなよ」
俺は火焔を口に纏い、メロシィヌちゃんの氷ブレス発射に合わせ、ブレスを放出する。
勿論、威力は落とし、効果範囲もメロシィヌちゃんのブレスに合わせている。
その結果、氷ブレスと炎ブレスが至近距離でぶつかり、相殺。
……するかと思いきや、想像以上にメロシィヌちゃんのブレスが弱く、少しだけメロシィヌちゃんの口元に熱が行ってしまった。
「あちっ!」
「ごめん! 火傷してないか!?」
「大丈夫よ、メロシィヌちゃんは私の力を発現しているから常に身体が冷やされ続けるから火傷とは無縁よお」
熱がったメロシィヌちゃんを心配していると、のほほんとした様子のミゾレさんがそう答える。
ラフティリの腕の中でバタバタ暴れるアズモを、ラフティリと一緒になって撫でながら。
「……!」
ミゾレさんは大丈夫だと言っていたが、本当に大丈夫なのだろうか。
メロシィヌちゃんが一言も喋らない。
「…………」
「メロシィヌちゃん……?」
「……メロシィー」
「……?」
「メロシィーって呼んで、コウジ兄」
「……えぇ」
なんだこの姉妹。
凄まじいデジャヴを感じる。
力を認められたって事か?
「メロシィー、大丈夫か?」
「大丈夫よ、コウジ兄!」
「そっか、それは良かった」
ニコニコ笑顔になったメロシィヌちゃんが今度は何の企みもせずに、俺に抱き着いてきた。
そんなメロシィヌちゃんの頭を撫でると、ニヘエとメロシィヌちゃんは頬を緩ませる。
……天使か?
いや、正直、一度目にこの世界に来た時のラフティリも可愛かったが、メロシィヌちゃんはそれを超えているかもしれない。
「コウジ兄! ゲームしよ、ゲーム!」
「ああ、良いよ」
「やったー!」
尚、その間、アズモはラフティリに「久しぶり攻撃(キツメの抱擁)」と、目を閉じながらもニヤニヤしている事が分かるミゾレさんに「便乗攻撃」をされていた。
「コウジ助け……」という声が聞こえたが、無視をした。
……あっちの方は見ないようにしよう。
―――――
「よし、これでダンジョンに行く準備は大丈夫だな」
「荷物が多過ぎないか?」
「何があるか分からないから多めに持って行った方が対策しやすいだろ。ほら、アズモもブラリの話を聞いたから分かるだろ」
「まあ、それはそうだが……こんなに服いるか?」
「しょうがないだろ。魔物化の影響で服は消耗品のようなものなんだから。完全魔物化とか使ったら服が破れるから人間に戻った時に全裸になるんだぜ? それに、翼を生やすために背中がばっさり空いた服を着るのも嫌だし」
「うーん……なんだこのシャツ狂は」
「ほら早く寝るぞ。明日はダンジョンなんだから」
「分かった」
―――
――
―
――姉とコウジ兄だけど冒険に行くなんてずるいわ。
そんな事を考えた人物がコウジの部屋に侵入し、コウジの荷物をガサゴソと漁る。
――何が必要か分からないけど、大事な物を抜いたら怒られそう……。ん、こんなに服は要らないわよね? これを抜いてそこにあたしが……。
そうして、夜が更けていった。




