八十話 『だが、それは今では無い』
天災蟻。
この言葉は、とある蟻の魔物を指す言葉である。
天災蟻が天災認定されたのは今から五百年程前。
活動を開始したとされる時期は更に昔の一千年程前まで遡る。
何者かに操られたかのような異常な集団が一国を滅ぼした事から話が始まる。
人間、魔物、動物、魔族関係なく、何処からか現れた集団が一夜にして当時、栄光を極めていた国を滅ぼした。
そして、その集団は直ぐに消えた。
というよりも、元通りの日常に戻って行った。
自分がやっていた事など忘れ、元の生活に戻った。
勿論、おかしな点はいくつもあった。
その中の一つに、何処から集まったのかとか、共通点は何かだとか、そんな話よりも奇妙な点があった。
国を亡ぼす際に迎撃され、亡くなってしまった人。
その者らにはある共通点があった。
頭の中に蟻が入っている。
一次調査として、解剖した結果判明した事実は、そんな奇妙で摩訶不思議な事実だった。
どこかに蟻を束ねる女王がいるのかもしれない。
そんな事を口にする学者もいたが、何せ証拠がないため、言葉は机上の空論でしかない。
ただ、そんな事が起こったらどうしようか――そんな不安だけが残った。
当時はそれよりも酷い天災、天災竜と無限龍による災害の真っただ中。
詳しい調査を行っている暇など無かった。
しかし、皮肉にもその後にも天災と呼ばれる者が出て来た事により、五百年程前に二次調査が始められる。
あれも、天災による災害ではなかったのだろうか。
そんな言葉から調査が始められた。
そして恐るべき事実が判明した。
一千年程前に国を滅ぼした者達の子孫、件の事件の子供達の頭の中に蟻が発見された。
蟻は親から子に引き継がれる。
そしてそれが判明した時、各地で件の事件の子供達による暴動が起こった。
まるで、気付かれた事を隠すように暴動が始まった。
――が、それは直ぐに鎮静化する、無限龍がその名の通りの姿になり、各地に散らばっていた暴徒を全て粛清した。
それにより、世界の人口の二割程が世界から消える。
頭の中を巣食っていた子蟻に繋がっていた微粒子レベルの魔力を辿り、親玉――女王蟻――の姿も公になった。
無限龍は天災蟻を追い詰める所まではやったが、殺す事は遂にはしなかった。
天災蟻を殺して、天災竜を殺さないのは家族と贔屓しているから。
そんな言葉を吐かれるのを嫌ったのかは定かではないが、無限龍は天災蟻を見逃した。
人相だけを広め、事態に関わるのを辞めた。
世界の総意としてはそんな危険な存在、今すぐ消してしまって欲しい。
当時の人達はみなそう思っていただろう。
だが、無限龍――ひいては竜王家にそんな事を言える存在などいなかったため、事態はそれで収束した。
が、今も気付かれていないだけで、誰かの頭の中には蟻がきっといる。
―――――
「厄介なのに目をつけられたな……」
ジャッパさんの記憶から読み取った情報をフィドロクア兄さんに話したら、そんな言葉が返って来た。
「天災蟻は一度、アギオ兄貴に殺される存在まで追い詰められたからアギオ兄貴に頼めば正直どうにかしてくれるとは思う。……だが、それを出来る時間があるのかが分からない」
返って来た答えはあまり芳しいものでは無かった。
「どうするべきか……狙われているのはコウジ。敵はコウジの不死性に気付いているから、周りを消耗させて本人を折ろうとしている?」
「まさか――」
まさか――そんな……。
そんな言葉が口から出かかって止まった。
コラキさん、トガルさん、リイルさん。
全員、俺がこの世界に来てから関わって来た人達だ。
コラキさん一家は惨殺され、トガルさんは病院内で刺され、リイルさんもジャッパさんに……。
「そうだ! こうしちゃいられないんだ! リイルさんが、リイルさんが! 裏路地でジャッパさんに刺されて!」
「落ち着け。そいつならたぶんもう助けた」
「え?」
リイルさんの現状に想いを馳せ、取り乱した俺にフィドロクア兄さんがそう返す。
「冒険者ギルドから一キロ程離れた場所に位置する裏路地で血を流して倒れていた金髪の女なら、息があったから俺なりに人間の構造に影響が出ない程度に治してから、魚軍団を使って病院に運んでおいた。今頃、トガルという男と一緒に治療されている最中だろ」
「え、そう、なん、ですか……?」
「ああ、平たく言っちゃえば無事だろうな。たぶん魔法使いの冒険者なんだろう? 防御魔法で守るべき所はしっかり守られていた。魔力切れになる前に子蟻に死んだと判断されたから次のターゲットに向かったんだろう」
リイルさんはフィドロクア兄さんの言う通り、魔法使いで、金髪の女性冒険者。
特徴はあっているが、本人かは分からないし、果たして本当に無事なのか。
「気になるならアズモを通して俺の記憶を見るか、直接病院に向かえば良い……と言いたいところだが、異形蟻の対処の方が先だ。すまんが、全員を戻すから、直ぐに話し合いが出来る準備を整えてくれ」
そう言い、フィドロクア兄さんが近くに浮かべていた小魚に「事態に動きあり。異形蟻の存在を確認。総員直ぐに戻れ」と命令すると、フィドロクア兄さんが用意した無数のモニターの中に映っている、スタルギのおっさんが「やれやれ」と言った様子で踵を返し、ミゾレさんが「まあ」と口に手を当ててから走り出した。
「コウジ、お前が他にこの街で関わりを持った人間は?」
「あとは本当に事務的なやり取りをしただけのギルド職員のレイラさんとトマギマさんと、公園で襲って来たスタルギのおっさんに赤髪の女くらい……」
「公園で襲われた……? まあ、今は良いか。話を聞いた感じだと次にターゲットになりそうなのはスタルギ兄貴な気がするな。今、こうして匿っている訳だし。つまり、繋がりから考えていくと、その次に襲われるのはラフティーちゃんで、その次が俺や、ミゾレとかってなるのか? 子蟻は知能的に強者か弱者を判断して襲うか襲わないかを判断する事が出来るのか……いや、スタルギ兄貴の映像に動きがあるな」
フィドロクア兄さんがモニターの一つを拡大し、前面に持って来る。
つられて見てみると、スタルギのおっさんが冒険者らしき集団に取り囲まれていた。
「そいつらは天災蟻の子蟻に操られているだけの兵隊に過ぎない。殺さない方が良い」
先程と同じように小魚に向かってフィドロクア兄さんが話しかける。
『無力化は面倒だな。逃げても良いか?』
モニターからスタルギのおっさんの声が流れる。
「それでも良い。ミゾレかラフティーちゃんに凍らせてもらうか、俺が対処する」
『良い。貸しを作りたくないから適当にやっておく』
「どうせ兵隊は無限に湧くぞ。いつかどこかで俺達がやらなければならない事が出て来る」
『だが、それは今では無い』
スタルギのおっさんはそう言うと一瞬、姿をくらました。
スタルギのおっさんが元の場所に戻る時には囲んでいた冒険者連中が倒れていた。
一瞬過ぎて俺には何も見えなかったが、冒険者連中は死んでいないのだろうか。
『脳に寄生した蟻はどうする?』
操られて襲って来た冒険者の安否を心配しているとスタルギのおっさんの声が聞こえた。
「良い。放っておいて大丈夫だろう」
『放っておいたらまた襲ってくるんだろう。脳の一部分だけ都合よく焼き切る方法は流石に持ち合わせていない』
「いや、良い。本体を叩く」
『なるほどな、分かった。じゃあ一人だけ持って家に帰ろう。記憶を辿れば本体を叩くヒントが出て来るだろう』
「いや、ヒントはもう得た。だから持って帰ってこなくて大丈夫だ。本体はダンジョンにいる」
『それなら話が早い』
「じゃあそういう訳だから、なるべく家に」
『ああ』
会話を終えたフィドロクア兄さんが全てのモニターを切って何処かにしまう。
その時、ドアを開く音が聞こえた。
ミゾレさんが帰って来たのだろうか。
それとも、ラフティリを襲う兵隊でもやって来たのだろうか。
身構えながら待っていると、フィドロクア兄さんが口を開く。
「冷気を感じない……ミゾレじゃない。じゃあこれは……」
ラフティリを襲いに来た兵隊か……!
俺が身構える中、フィドロクア兄さんは身構えずにどっしりと構えたまま、来客者を待つ。
やがて、姿が見えた。
「たっだいまー! 師匠~、今回はちょっと遠くまで遠征してきましたよー」
赤髪の女――公園で俺を襲った女――がただいまと言いながらリビングに入って来た。
赤髪の女と目が合う。
「……あの時の竜」
リビングにピリピリとした緊張感が流れた。
背反の魔物の一部の方が総合ポイントが800を超えていました!
この場を借りてお礼を申し上げます。
読んでくださりありがとうございます1
これからも、ブクマ、ポイント評価、感想、いいね、レビューなど全てのリアクションをお待ちしております!
大変、モチベになるので評価や感想ありがたいです!
エイプリルフールとして書いた話は整理のため、一部の方に掲載いたしました。




