七十七話 「あまり現役戦士を舐めるなよ」
「あまり現役戦士を舐めるなよ……。不意打ちでも、刃物が触れた瞬間に致命傷を逸らす事は必須スキルだ……」
担架に運ばれながら、そんな事をいうトガルさんに同行する。
「大丈夫ですかトガルさん! 俺の声が聞こえていますかー!? 帰ってきて結婚するならちゃんと帰って来ないとですよ!!」
意識がしっかりしているのか確認する意味も含め、大声でそんな事を聞いた。
「大丈夫だ。ちゃんと、聞こえている。俺は生きてまた戻って来る。熊の時と同じだ。コウジが俺を助けてくれたんだ」
「いや、俺なんて何もしてないですよ! それに犯人は俺を狙っていたみたいだし……むしろ、俺のせいでトガルさんが凶刃に……」
「だが、助かった。コウジが直ぐに摩訶不思議な力を使って俺の御霊を身体に戻し、先生を連れて来てくれたからだ」
「……絶対に帰って来てくださいよ」
トガルさんにそう返し、速足から普通の速度の歩きに変えた。
これ以上は関係者以外立ち入り禁止だし、何より、トガルさんの言葉を自分の中で噛み砕けなかったから。
あの後、俺が解放を使い、トガルさんの魂を身体に戻したのは事実だ。
「これは不味い」と察知した俺が迅速に解放を使い、自らの肉体から解き放たれようとしていたトガルさんの魂を身体に戻したからトガルさんは助かった。
だが……。
――サワハタコウジデテイケ。サワハタコウジデテイケ。サワハタコウジ、コンリュウニアウナ。デテイケデテイケデテイケデテイケ。
トガルさんを刺した爆弾男の言葉が脳内で繰り返される。
狙われていたのは俺だ。
だが、俺を狙っていた奴はトガルさんを刺した。
そして最後には、自爆して退場……。
不可解な点が多い。
俺を殺す為、そんなくだらない理由のためにトガルさんは刺された?
何故、犯人はそんな回りくどい事をする?
俺が心臓を貫かれても死なない事を知っている奴が俺を爆殺しようとしていた?
目的が全く分からず、混乱する。
だが、それなら――
『あのパジャマ姿の爆弾男の魂が残っているはずだ。明らかに精神状態が異常だった男だが、今なら少しはまともに会話が出来るはずだ』
そうだな、アズモ。
俺達なら、死者と会話する事が出来るもんな。
やらない手はない。
一連の騒動で喧しくなった待合室の椅子に座り、解放を使って魂体になる。
人間爆弾にされた男の残滓を調査し、あわよくば蘇生させる。
俺もアズモもハナからパジャマ男の爆弾人間が犯人だなんて思っちゃいない。
目を見るに明らかに以上な状態だった上に、何か嗅いだことのない魔力の残滓を感じた。
誰かに、特攻する駒として使われた。
一見、ただの自爆事件だが俺達にはそう見える。
そして、それを調べる方法がある。
―――――
「――あれ、俺、何して……クエストでダンジョン攻略に……殺人蟻の大群に襲われて……火焔魔法で蹴散らして……それからそれから………………誰かに襲われて――頭が、頭が痛い!」
「大丈夫ですか?」
「あ、すまない。ちょっと頭が痛くて動けそうにないから病院まで運んで……」
「ここが病院です」
「……えっ?」
「あなたは今病院に居ます。そして、あなたはここで今生死を彷徨っています」
「……は? どういう事だ……頭が追い付かない…………」
「当然だ。頭が吹き飛んだのだから。無い物で考えるな。心で考えろ。貴様はこのまま訳も分からず死にたいのか?」
「死に、たくない……! まだ、生きていたい!」
「だが、残念ながら貴様は死んでいる。あそこを見てみろ。あそこに倒れているバラバラの焼死体。あれが今の貴様だ」
「そ、ん、な……どうして、なんで、俺は…………」
「ふん、この様子だと本当に何も知らなそうだし使えなさそうだ」
爆弾魔となってしまったパジャマ男は直ぐに見つかった。
廊下で一人、誰にも存在を知られずに叫んでいたからだ。
魂体化して、死に近づいた俺達の耳には蹲る男が直ぐに見えた。
「なあ、俺はどうなるんだ!? 教えてくれよ!」
自分が上で安全位置にいるアズモの言葉に惑わされた男が、縋るように俺にしがみつく。
もっと言い方とか色々あるだろ……とアズモに思いながらも俺は口を開く。
「生き返りますよ」
「えっ!?」
「大丈夫です、無事です。あの身体が治るまでは別の身体に居てもらう必要はありますが、死には……魂までもが消えてしまう事はないです」
「し、死なない!? ど、どういうことですか? じゃあ俺はどう……?」
「俺がどうにかするって事です……スズラン」
「ナーン」
俺の考えを汲み取ったスズランが木人の作成を行う。
「これは……?」
「あなたの身体が治るまでの間の繋ぎの肉体です。あなたには俺達と一緒に行動してもらいます。そして、魂から記憶を見させてもらいます。……別に脳からじゃなくて、魂からでも記憶の確認はできるだろ、アズモ?」
「得意分野だ」
―――――
「こ、ここって、スタルギ・ブラーガさんのお宅ですよね? この街に十二人しかいない、第一級冒険者の。あなたは一体……?」
「あ、名乗ってなかったですね。俺は沢畑耕司と言います」
「あ、俺はジャッパと言います」
「ジャッパさん、しばらくの間よろしくお願いいたします。では、入ってください」
「お、お邪魔します……」
それに続いて俺も「ただいまー」と言いながら家に入った。
リビングに行くと、小型のディスプレイを加えた小魚を何百匹も並べたフィドロクア兄さんがいた。
「帰ったか、コウジ。まあ、見ていたから、分かっていたが。……そして、その人がちょっと前に起こった病院での重要参考人、で良いんだよな」
「全部分かるんですね」
「当然だ。危険な橋を渡らない分はここで働いているつもりだからな。で、お前達はこれからその人の記憶を見るつもりか?」
犯人捜しや、それぞれの担当分の様子をリアルタイムでモニタリングしているフィドロクア兄さんは病院で起こった事も把握していたようだ。
「そうです。アズモに確認してもらって、それでまたフィドロクア兄さんに伝えるつもりです」
「そうか、分かった。見せてもらわない事には分からないが、その人間はほぼ黒で間違いないだろう。記憶の中に上半身が人で、下半身が蟻の奴が出てきたら直ぐに教えてくれ」
「ま、待ってください! 記憶を見るってなんですか!? それにあなたは……? それに上半身が人で、下半身が蟻ってそんなの……」
俺とフィドロクア兄さんが話を進めていると困惑した様子のジャッパさんがそう言い話に割って入る。
「チッ」と、フィドロクア兄さんが煩わらしそうに舌打ちをした。
「一度に喋るなよ」
続いてそんな言葉を漏らす。
『ち、チンピラだ。フィドロクア兄上は怖い人だったんだ』
――薄々思っていたが、フィドロクア兄さんは家族と家族が懇意にしている人以外には厳しいんじゃないか?
『なら、私がキツく当たられる事は無いな』
フィドロクア兄さんの様子を見て怯えた様子のアズモと脳内でそんな会話をした。
「俺の名前はフィドロクア、フィドロクア・ネスティマスって言えば分かるだろう。フィドロクアとでも、水龍とでも好きなように呼べ。そして、記憶を読むに関してはコウジに。最後に、お前が気にしている異形蟻の話だが、お前と同じような事件が他で起こっていて、手口が似ているから疑っている段階だ。……これで、満足か?」
「あ、大丈夫です。分かりました。・……って、ええ、竜うううー!? しかも、水魚龍の?! 嘘だろおい、なんでこの街に竜が! しかも水魚龍が!」
「いちゃ悪いのか?」
「あ、いや、全然……。そんな事ないです。ただ、人間しか居ない街だと思っていたので……」
「それはお前らのように他種別に対して排他的な人間が多いからそう思い込んでいるだけだ。この街には隠しているだけで他種族の一つや二ついくらでもいると思うぜ」
「そう、ですかね……」
ジャッパさんが何か言いたげにフィドロクア兄さんを見ている気がした。
それはまるで「この街で人間以外が生きていける訳ないだろ」と言いたげだった。
いや……、俺が勝手にそう思っているだけか。
いくら身体が縮んで威厳が少なくなったとはいえ、目の目前で数千匹の小魚を動かしながら並列思考で監視を続けながら、会話もまともにこなすという芸当を見たら間違えても「生きていける訳がない」なんて思う訳がない……よな。
まあ実際、第一級冒険者のスタルギ・ブラーガも身分を隠しているだけで、『機械竜』と呼ばれていた竜だし。
「ほら、コウジ。俺はこの通り忙しいから、アズモと一緒にこの男が重要な記憶を持っているかどうか見てくれ」




