七十六話 「近々結婚する」
すみません、何故か39度の熱が出てダウンしてました、
「あー、この感じ懐かしいな」
手をグッと前に出し、ストレッチをする。
久しぶりに動かす自分の身体、なまっているかと思ったらそんな事もなくパフォーマンスも絶好調だ。
アズモの話を聞いた今なら、スズランの身体に居た時と同じように大ジャンプも可能だろう。
いや、俺自身の慣れ親しんだ身体ならもっと上を目指せるかもしれない。
いやまあ、それでやらかしたばかりなのでそんなことはしないが。
『さっきまでの空間はまるで地獄のようだった』
――お、そうだな。あの後、アオイロがどうやってあの場を切り抜けるのか気になるわ。
心の中でアズモにそう返した。
『む。やっぱり声が聞こえる方が話しやすい。想像のコウジと喋っている事が十割同じだというのにこれは一体……?』
――どれだけ俺への解像度が高いんだよ……。
『コウジの事は何でも知っている。行動パターンも全て分かる。思考も全て分かる。私はコウジマイスターなのだ』
――いや待て、そこまでいくと怖いわ。
『ふ。当然その反応も予測済みだ』
スタルギのおっさんによる心臓を貫く致命的な一撃により身体はもう駄目かと思っていたが、アオイロが奇跡を起こした。
アオイロが秘密裏に俺の心臓を作っていてくれたのだ。
流れた血液もアオイロが何処かから見繕ってきてくれたおかげで俺の身体の修復がなされたため、スズランの身体に居る必要がなくなった。
要は元の人間の男の身体に戻れたという訳だ。
――心臓、身体、血液……貴様は本当に人間なのか?
などという視線と言葉をフィーリアさん含め、その場にいた全員にされたが「人間に決まっているじゃないですか! 今は一刻も早く行動するべきです!」でごり押しして外に出て来た。
今頃、アオイロはフィーリアさんと、フィドロクア兄さんの両名にガン詰めされているところだろう。
何故ならば「俺も詳しい事は分からないので詳しくはコイツに聞いてください!」と言い残しアオイロを置いてきたからだ。
そんな訳で俺とアズモのスズランの三人で一先ず病院に向かっている。
理由は簡単だ。
街の病院に電話して患者の容体を話したら「直ぐに運びます住所を教えて」と言われたので、「いえ、こちらから安静な状態にして向かいます」という会話があった。
ただそれだけで俺達が病院に行く事に決まった。
別動隊……というか別働個人の二人は上手くやっているのだろうか。
なんて考えていたら病院に到着したので、先程電話した旨を受付の人に話した。
すると、「しばらくお待ちください」と返ってきたため十分くらい待っていたら白衣を来たおじちゃんが一人とナース三人くらいが走りながらやって来た。
「君! 電話で言っていた患者は何処かね!? あと館内はペット禁止だがな! 今はそんな事言っている場合ではないが!!」
「あ、すみません。患者なんですけど、この召喚獣のスズランって子が持っているので連れてくるしかなくて……」
「なるほど、ストレージ系の召喚獣か! それなら患者の容体も場合によっては期待出来るが! とりあえず私についてきておくれ!」
おじちゃんに言われ別室に赴き、コラキさんの弟妹達四人をベッドに並べ絶句するおじちゃんとナースさん達は言いづらそうに口を閉じたり開いたりを繰り返す。
「酷い……魔物の仕業ではないわね」
「一体誰がこんな事を……」
「それよりこれってもう……」
「うーむ……」
見かねた俺は声を掛ける。
「あ、身体は死んでいますけど、魂は無事ですよ。先生達には魂が戻っても大丈夫なように身体を治してほしいです」
そう言うと、部屋に漂っていたブツブツとした呟きが鳴りを潜め、部屋が静寂に支配された。
「あー、この反応もう何回も経験しているんで実際に見せちゃいますね。スズラン適当に木人を用意してくれ」
「ナーン」
スズランが俺の要望に応えたのを見た俺は、解放を使い自分の身体から出て魂体になる。
「これが俺の魂です。このようにさっきまで動いていた身体は息をしているだけで全く動かないです。この通り、壁をすり抜けたりも出来ます」
次に、スズランの用意した木人の中に入り手足を動かす。
「そしてこれが今の患者さん達の状態です。魂を別の器に入れて死を回避させています。この状態でも生きていく事は可能ですが、元の身体に戻りたいとの事なので、先生にはそこに並べた身体を呼吸が出来る程度に治して欲しいです」
一通りの説明を終え、元の身体に戻った。
すると、張りつめた糸がほどけたのか部屋に困惑の声が響いたが、俺にとっては慣れたものなので割愛。
―――――
「お、コウジじゃないか。久しぶりだな」
ああでもない、こうでもないと話し合う先生達に部屋から追い出された俺は待合室の椅子に座ってボーっとしていたら、金髪の青年にそう声を掛けられた。
「えーっと……」
「俺だよ、トガルだよ。ゲトス森で熊から助けてもらったトガル」
「すみません、トガルさん。顔は覚えていたんですが、名前がぱっと出て来なかったです」
「はっはっは。別に良いぞ。何せコウジは俺達の命を助けてくれた恩人なんだから。これくらいで怒りはしないさ」
俺が異世界に戻って来た時にゲートが開いた場所は、広い広い森の上だった。
森に落下していく中、見覚えのある熊にやられてしまいそうになっている人達が居たから助けた。
その助けた人達というのが今目の前にいる戦士のトガルさん。
それとここにはいないが、魔法使いのリイルさんという女性だ。
「トガルさんはどうしてここに? 何か怪我でもしたんですか?」
「いや、あの時からクエストには行っていないし、怪我もしていない。今日来たのは定期健診だよ。あの時、熊に折られた足がちゃんと動くかの検診。この通り、リハビリも済んで普通に歩けるっていうのに医療従事者っていうのはどうしてこう心配性なんだろうな」
おお、もう骨折が治ったんだ。
薄々感じていたが、この世界に居る人間達の強さは、地球にいる人間より強いと思う。
普通なら六カ月くらい掛けて治して、そこからリハビリに入って……というプロセスを踏むところをトガルさんは全部スキップしてもう定期健診までいっている。
考えてみたら、あの日、トガルさんは怪我したその当日に、当たり前のように飲み屋についてきてお酒飲んでいたしな……。
この世界の住人にとっては、あの程度の傷は取るに足らない傷という事なのだろうか。
身体の造りがそもそも違う……みたいな感じか?
魔力とか、魔法とか、魔素とかががある世界だしそれに対応した身体にはなっていそうな気がする。
こちらに向かって歩いて来てるパジャマ姿の男性は姿を見るに入院していそうだが、あの人もトガルさんみたいに直ぐに退院していったりするのだろうか。
「元気そうで良かったです。リイルさんも元気ですか?」
「あいつも元気だぞ。昨日も懲りずに深酒して引きずりながら家まで帰った。ったく、結婚式あげたいから資金を貯めたいなんて言っているくせに全部酒に持っていくつもりかあいつは……っと、すまない、愚痴みたいになってしまった」
「良いですよ。……というか、二人結婚するんですか!?」
病院内だというのに驚き過ぎて大声になってしまった。
「しーっ、声が大きい。……そうだ、俺達……俺とリイルは近々結婚する。実は三年くらい同棲していたりもする。ただ、子供が出来たら流石にこの街は危ないからどっか別の街に行ってのんびり暮らす予定だ」
「出産後の話まで……!」
想像以上に進んでいた二人の関係に声がやはり大きくなってしまう。
「ま、だから、あの時、俺達を熊から助けてくれたコウジには感――」
改めてトガルさんが俺に対し感謝を口にしようとしたが、「感謝」という言葉が聞こえる事はなかった。
代わりに聞こえたのは、トガルさんが「――グッ」と痛みに悶える音と吐血する音。
「トガルさん!?」
胸の辺りを抑えてしゃがみ込むトガルさんに近づこうとしたが、パジャマ姿の誰かが間に入り込み邪魔をする。
その手には血に塗られたナイフが握られていた。
邪魔をする男性の目は焦点があっていなかった。
パジャマ姿の男性はだらんと出した舌でカタコトの言葉を紡ぐ。
「サワハタコウジデテイケ。サワハタコウジデテイケ」
「は?」
思わずそんな声が漏れた。
何故、知らない人がトガルさんを刺したのかも分からないし、俺の行く手を阻むのかも分からない。
だが、これだけは分かる。
この男は正気じゃない。
「サワハタコウジデテイケ。サワハタコウジデテイケ。サワハタコウジ、コンリュウニアウナ。デテイケデテイケデテイケデテイケ」
正気の人間の相手をする必要はない。
操られている場合は申し訳ないと思いながらも、実力行使で男をどかす事にする。
「デテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイ――」
男の首根っこを掴み横に投げようとする。
すると、首元に何か黒いのが見えた。
『早くそいつを投げろコウジ。首元についた機械に減少していく数字が見えた。恐らくそれは爆発――』
アズモの話を聞き終わる前に、男を人のいない曲がり廊下にぶん投げた。
その後、アズモの想像通り男は爆発し粉々になった。
どうやら、小範囲にしか効果が及ばない爆発だったため男の死と、廊下の破壊だけで済んだが、もしもあれが大範囲に効果をもたらす爆発だったら……。
身体がゾワっと震えた。
『コウジ、怖がるのは良いが、トガルさんの事を忘れるな』
右胸のあたりから血を出すトガルさんに近づき、意識があるか名前を呼んで確認する。
幸い、返事は返ってきた。
「直ぐに医者を呼んできます」
そう言い、護衛用にスズランを残し、その場を走って後にする。
――サワハタコウジデテイケ。
あれは明らかに俺を狙った犯行だった。
~一方その頃、スタルギ邸では~
フィドロクア「なあお前、知っていること洗いざらい吐いてみたくはねえか」
アオイロ「コウジ君のスリーサイズとか、吐いてる屈のサイズとか、指のサイズとかですか?」
フィドロクア「そんな訳ねえだり。……ただ、魔法指輪を上げる時に重宝するから指のサイズは知りたいな……」
アオイロ「高いですよ」
フィドロクア「金とんのかよ」
アオイロ「当たり前じゃないですか。情報を安売りする女じゃないので私」
それを窓から眺める泥んこ(どうしてあの女はこうも喋り好きなのか。秘密などさっさと話せば良いのに。いつの間にか形勢逆転しているし……)




