七十五話 竜というかスライムじゃん。
「俺が触るとどうなるかなんて分かっているから先にコウジ達が触ってくれ」
場面は変わらず、魂を奪う剣に耐性を持っているかの実験を行っていた。
今のところ実験をパスしたのは、スタルギのおっさんと、フィドロクア兄さんのお嫁さんのミゾレさんだけ。
「魂を奪う」という、危険な要素を持った普通に危ない剣なのに二人には無力だった。
そして次は俺の番か……。
「俺も結果は分かりきっているのですが、試さなきゃ駄目ですか?」
俺なりの魂を奪う剣の対処法はあるが、面倒なので出来ればパスしたい。
アズモが何をするか分からないというのもある。
「駄目だ。剣から出る方法も見ておきたいから今やれ」
俺の願いはスタルギのおっさんの言葉によって儚くも散った。
「あー、はい……」
面倒くせえな……。
俺は剣を手に取り、自身の手のひらを刺した。
―――――
「ナーン」
スズランが俺の足に頭を擦り付ける。
「おー、よしよし」なんて言いながら俺はスズランを撫でた。
そこは何もない世界だった。
いるのは俺とアズモの二人だけ、それ以外は何もない小部屋。
「うーむ、このくらいの世界程度、私なら干渉できそうだ」
何も無い小部屋に、先程まで座っていた席とテーブルが現れた。
「『魂を奪う剣』などという仰々しい名前で呼ばれているが所詮こんなもんか?」
どうやら何もないこの世界はアズモの術中の効果が及ぶ場所だったらしい。
「もう帰ろうぜ。実験している最中だし、長居している場合ではないと思う」
「む、つい私のお茶目な所が……」
ウキウキとした様子でテーブルに落書きをしだしたアズモに俺はそう言った。
スタルギのおっさんのような人物と、「時代錯誤のアホ。過去引きずり系面倒ジジイ」という文字、それに伸びる矢印、それと「byコウジ」という文言が添えられていた。
俺もアズモと同じようにマッキーを手にとり、アズモにバレないように「アズモが書きました」という文字を書き足した。
「私はここから秒で出られるが、コウジは出られそうか? 無理なら一緒に引っ張っていくが」
俺が書いた落書きに気付いたアズモが俺の文字に二重線を引く。
「出来る。が、アズモが先に行け」
二重線の上に「アズモが書きました」と書き足しながらそう言った。
「いやいや、コウジが先に出るべきだ。万が一出られないとなった場合私があちらから引っ張るから」
「ここに書いてある落書きは全てコウジが書いた」とテーブルに落書きを書き足しながらアズモがそう言う。
「ええい、一緒に出るぞ! アホ馬鹿野郎、俺についてこい!」
「私は野郎じゃない」
面倒になった俺は尚もテーブルに落書きをしようとするアズモと、アズモにくっつきたそうにしているスズランを抱え、部屋の床の下にドロリと潜り込んだ。
―――――
「あー、やっぱ生身の身体だと落ち着くな……」
魂を奪う剣から出て、一度魂体を経由した後に、スズランの身体に戻った。
「うわ……我が弟ながら正直引くわ」
「魂って本当にあるのですねえ」
「これならコウジも調査員に含めて問題ないか」
フィドロクア兄さんが分かりやすく俺の行動に引き、ミゾレさんが京言葉の要領で「こいつはおかしい」というニュアンスの反応を示す。
唯一、スタルギのおっさんは、俺の行動の結果にしか言及しなかった。
もしかしたら、良い人なのかもしれない。
「さて、次は俺の番か?」
一通り俺に対する「どこがやばいのか」の言葉を発し終わったフィドロクア兄さんがそう言った。
「はあやだな。俺の身体は機械化もされてなければ、氷属性持ちでもないんだよな。ただちょっと水っぽい性質を持った普通の身体だから結果は見えているってのに……」
「うだうだ言わずにやれ。コウジが居るからどうなってもどうにでもなる」
「はあ……しょうがねえな」
フィドロクア兄さんはそう言い、俺と同じように剣を自分の手のひらに刺した。
剣が刺さったフィドロクア兄さんは液状化し、床に沁みを作る。
プルプルとした性質を持っていそうな液体がフィドロクア兄さんのいた場所の床で蠢く。
色々ツッコミたい衝動に駆られたが、グッと耐えてフィドロクア兄さんが戻って来るのを待ってみる。
――今こう思ったよな。竜というかスライムじゃん。
――それな?
あ、俺の言葉を代弁したアズモにつられてしまった。
なんてふざけた会話――アズモに至っては言葉が聞こえてないはずだから想像だけで会話を振ってきている――をしていてもフィドロクア兄さんに変化は無かった。
「十分は経ったか……。もう良い、分かった。助けてやれコウジ」
痺れを切らしたスタルギのおっさんがそう言った。
「はいよ」
俺は液状化したフィドロクア兄さんの中に手を突っ込み、剣に触れる。
そして中から何かを取り出した。
それは今座っているテーブルのミニチュアのような姿をしていた。
「あ、やべ」
俺はそれを直ぐに戻し、別の何かを取り出した。
目を閉じた水色の青年。
今度はフィドロクア兄さんが釣れた。
「今一瞬何か別のものが見えたような……」
「何言ってんだ。そんな訳ないだろ」
目ざとく触れてほしくない事を言ったスタルギのおっさんにそう言い、刺さったままの剣を抜いてから、フィドロクア兄さんの魂を液状化した身体に戻した。
「――――はっ!」
直ぐに気付いたフィドロクア兄さんが、身体を人間の形状に戻し、その辺に散らばっていた衣服を身に纏う。
その間、コラキさんは目を逸らしていたが、フィーリアさんは普通に気にせず見ていた。
「貴様の身体も大概、意味分からない構造をしているな」
「俺は水龍だからな」
「全く説明になっていないが……」
「しかも水魚龍だしな」
「だから『魚』を付けるなって兄貴……。あ、そういや、この中に面白い物があったぜ」
スタルギのおっさんによくない訂正を入れられたフィドロクア兄さんがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「あーーーー!!!! あれはアズモのイタズラです! 七歳児のイタズラです! 可愛いもんだと思います!」
「くっはっは! なら、しょうがねえか! 可愛すぎるから無罪!」
フィドロクア兄さんは豪快に笑い、俺達の犯した罪を許してくれた。
また一つ、フィドロクア兄さんに借りが出来てしまった。
「な、これで分かっただろ兄貴。俺は足手まといになるんだ。俺の身体を奪った所で操作するのは難しいとは思うが……もし使われたら、この街は災厄に遭うだろう」
「ふむ……。お前もコウジ達のように耐性を付けろ……と言いたいところだけどそんな時間がある訳でもないしな……。分かった。お前はここで俺達の司令塔でもしといてくれ」
「ああ、そうさせてもらう」
二人の兄貴のいざこざが終わったようだ。
二人……というか、スタルギのおっさんが放つ殺気が濃密過ぎてグラスに罅が入っていたから怖かった。
「――はっ!」
なんて、考えていたらまた別の者が目を覚ましたようだ。
「はっ?! はっ! はあ!? なんで私が凍っているっていうのに皆起こしてくれないんですか!? 全員揃って無視ってなんかそういうプレイなんですか!」
うるさいの――アオイロ――が目を覚ましてしまった。
折角話がまとまりそうだったのに、俺の胸ポケットで騒ぐアオイロに視線が集まってしまう。
よくない。
これはとてもよくない。
時間がこれ以上浪費されるのはよくない。
というか、アオイロの説明は面倒だからしたくない。
俺は右腕を胸ポケット前に構え、アオイロを潰す動作に入った。
「ま、待ってください! 心臓を用意したんですよ! 私は、偉いので!」
潰そうと思ったが、アオイロが咄嗟に叫んだ言葉で腕が止まった。
「心臓を用意した?」
アオイロの言った意味を問う。
「ほら、コウジさんの肉体にある心臓がそこの奴にぶち壊されたじゃないですか! だから、裏でちょちょいのちょいって動いて治したんですよ! こんな獣臭なのか、花臭なのかよく分からない臭い魔物の肉体から出て元の身体に戻りましょうよ!」




