七十四話 舐められたままではいけない!
離れた右腕から鮮血が迸る。
叫びたくなるような痛みに耐え、左腕で傷口を必死に抑えた。
「一体なんでなんだよ! なんで俺にこんな事をするんだお前はよ!?」
見た事の無い細身の剣を鞘にしまい、俺の右腕を拾う姉貴に対して疑問を叫んだ。
俺達家族には共通の敵と守らなければならない存在がいる。
そのため、家族内で小さな喧嘩は起きようと何か大きな事が起こることなど決してありえない。
「なんでって、何回も言ったでしょう? これは家族のため――エクセレお姉ちゃんのためなんだから。奪われたアギオお兄ちゃんのパーツを一心不乱に集め続けるエクセレお姉ちゃんのため」
「だから、それに対してなんでだって言ってんだよ!」
「分かんないかなあ……? 四男なのに、本当に分かんないのかなあ? テリオお兄ちゃんと、エレオス君は分かってくれたのに、スタルギ君は分からないんだ?」
「ふざけんじゃねえ! 俺をあんな優等生と、不遜な奴と一緒にするんじゃねえ! 俺はあいつらと違って、エクセレを救う事は諦めているんだよ!」
「なんで? それはさ、家族じゃないよね?」
「はあ? なに言ってんだお前は、つくづく話の通じねえ奴だなお前は! そんなんだから、変な力を持つ事になって、運命に縛られる事になるんだよ!」
「ううん、私はおかしくないよ。だってさ、家族は助け合うものだよね」
「時には見捨てる事も家族の選択肢だろうが!」
「それはありえないよ。家族が困っているなら手を貸すのが普通だから。それに、こうしてエクセレお姉ちゃんに貢物をしないと、他の家族が襲われるかもしれないんだよ? それなら、不死性のある、テリオお兄ちゃんや、エレオス君、それに、機械化で替えの利くスタルギ君も家族のために手足や翼、皮膚、眼球、舌、耳を提供するのが家族だよ」
「だから……お前は何を…………」
「うん? どうしたの? まだ何かあるの?」
――そんなの家族じゃねえよ……。お前も、兄貴達も、それを見過ごしている、親父もお袋も皆おかしい。この家は異常だ。俺はもうついていけそうにねえ……。
―――――
「ああ、そういやこんなんあったなーって軽い気持ちだったんですけど……あれ、俺なんか不味い事言いました?」
魂を奪う剣。
それを所持している事をアズモが言うと、二人の兄貴が食いついた。
フィーリアさんも、「何故それを早く言わない?」という目を向け、コラキさんも「またこの人は……」みたいに溜息を吐く。
「今、俺らはそれの危険性と、効果の及ぶ範囲が掴み切れていないから取っ組み合いになってんだよ……。現物があるのなら、こんな事が起こる前に出してくれって……まあ、こんくらいのいざこざは日常茶飯事だから別に良いがよお……」
フィドロクア兄さんが、皆の総意を頭を抑えながら口にした。
「あ……。ごめんなさい、俺にとってその剣は無害な物なので頭から抜けていました……」
不味い事をしていた事に気付いた俺は直ぐに頭を下げた。
言われて考えてみたら、魂を奪われるのは塞ぎようがない事なのかもしれない。
俺やアズモみたいに自由に肉体の出入りが出来る者ではなければ、魂奪を回避しようとするのは当然の事だ。
「いや、もう良い。お前等は特殊だからな。大方、俺達が気にしている事が理解出来ていなかったんだろう……。それで悪いが、その『魂を奪う剣』という奴を出して効果の確認をさせてくれないか?」
―――――
「まあ、これがあの世間を騒がしている『魂を奪う剣』という剣なのですね。見た感じ大した脅威がありそうな物には見えませんが、刺されでもしたら一発でお陀仏なのでしょう?」
スズランが毛玉を吐くように口からペッと吐き出した短剣を見たミゾレさんが言う。
「お陀仏はしねえけどな」
フィドロクア兄さんも、そんなミゾレさんの言葉にツッコミを入れながらまじまじと短剣を見つめる。
「……」
「……」
フィーリアさんが目を細めそれを見る中、コラキさんは憎々し気にそれを見ていた。
誰も彼もがそれぞれの所感を覚えながら見るだけで決してそれに触れようとしはなかった。
「ほーん……」
そんな中、スタルギのおっさんだけは魂を奪う剣を握り、刀身に指を這わせ出す。
「馬鹿なのか?」
フィーリアさんが、薄目のままスタルギのおっさんにそう言う。
「俺は馬鹿だが、分別はつく馬鹿だ。んで、分かったが、俺ならたぶん大丈夫だ。この刃が俺の魂に触れる事はないだろう」
「そうか、馬鹿は馬鹿でも使える馬鹿だったな、貴様は」なんて言いながら、フィーリアさんは溜息を吐く。
「な、兄貴なら大丈夫だろ。だって生身の身体なんてとっくに卒業しているだろ?」
「それはそうだが、機械になったこの身体にも魂はあって、それは心臓辺りにあるようだ。この前、魂体状態のコウジに蹴られたからそれだけは確か。……だが、この刃ではそこまで到達できないだろう」
「なら、兄貴は戦える。ミゾレはどうだ?」
「試しても良いのですか?」
「万が一、魂がこの剣に奪われてもコウジが居るから大丈夫だ」
そう言って、フィドロクア兄さんがこちらを見たので「はい」と頷きを返す。
「いえ、そうではなく……まあ、見てもらった方が早いですか。そこの義理のお兄様、その剣をテーブルの上に置いてもらってもよろしいですか?」
「ああ、お前の力を見せてやれ」
ミゾレさんはニマリと笑い、スタルギのおっさんにそう言う。
「では、見ていてください」
テーブルに置かれた魂を奪う剣にミゾレさんが手を伸ばす。
すると、急激に部屋の温度が下がったような気がした……というか、明らかに寒くなった。
これ、氷点下いっていないか……?
ミゾレさんの手が触れようとする、剣が凍る。
「止まれ! もう十分だ!」
そのまま触れたら、剣が砕け散る事のデモンストレーションを周りに理解させたフィドロクア兄さんがそう叫んだ。
「あら、もう良いんですの? こんなの壊れても別に構わないと思いますけど」
「割と大事な事件の凶器かもしれないんだぞ」
「言われてみたら……私としたらうっかりしていましたわ」
いや、あれは完全に俺用だろう。
あのアオイロが、誰かに使った、もしくは誰かが入った物を俺に振るうとは考えにくい。
……とは思うものの、言ったらややこしくなる上に、アオイロの説明をする必要が出て来るので口を噤んだ。
「それは意図的にやっているのか?」
スタルギのおっさんが、ミゾレさんにそう質問する。
「んー、質問の意図としては逆ですかねえ。意図的に冷気を抑えています。こうしていないと、そこの召喚獣さんみたいに縮こまったり、冬眠や永眠に入ってしまったりする方がいますので。まあしかし、自衛のためというのなら仕方ないので解きます。あー、楽になってしいまいますわあ、家みたいに過ごしていいなんて楽過ぎてどうしましょうかー」
「なるほどな。確かにそいつなら大丈夫なのだろう。刃はおろか、人も近づけないだろう。んで、コウジは……いや、お前等は見なくても良いか」
うーん、なんか呆れを伴った言葉と共に視線を逸らされた。
俺の事をなんだと思っているんだろうか。
その剣を無効化出来るがどうかでアオイロと壮絶戦いをしたというのに。
だけどまあ、おっさんの言う通り刺された所でなんともならないので反論はしないでおいた。
何か喋ろうとしていたアズモの言葉を抑えるために、口の動かす権利を必死に死守しながら。
――止めるな、コウジ! 何か一言二言は言わないといけない展開だぞ! 舐められたままではいけない!
舐められているというか、認められているの間違いなんだよな。




