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七十二話 「暴力とレスバとゲーム」


 昼食後に一部のメンバーで話し合いが行われる。

 メンバーは、俺、フィドロクア兄さん、スタルギのおっさん、フィーリアさん、コラキさん。

 その他のメンバーは、別部屋でフィドロクア兄さんの奥さんが見ている。


 コラキさんがたどたどしく起こった事を話し、フィーリアさんがそれを分かりやすく、けれど簡潔に補足する。

 ウィンドミル家で起きた凄惨な殺戮、遺体の状態、被害者の状態、それに対してコラキさんが感じる事に至るまでの全てをフィドロクア兄さんは相槌を打ちながら聞いた。


「全身火傷に、部位の欠損による大量の出血、鋭利な刃物による刺殺……。あまりにも、迷いや躊躇といったものを感じられない。一見、全身等しく焼かれているように見えるが、俺には段階を踏まえた焼き方をしているように見える……。術者の遊び心……そんなクソみてえな物を感じられる。それに、身体の欠損……これは酷いな。傷口を見るに、痛みを増幅させるような斬られ方をしている。それに比べて、次女へ行われた背中から心臓を狙った一突き……こっちは迷いも、遊び心もない素直な一撃……絶対に逃がしたく無かったんだろうな」


 犯人に対する思いが余程強いなのか、フィドロクア兄さんは俺の見た事の無い表情でそう言った。


「俺が出来るのは火傷治しと、欠損された部位の接合、刃物で一刺しされた次女の外傷の治療くらいだ……。出血多量や失った部位の再生の方もなんとか出来なくはないが……その場合、獣人である事を辞めてもらう必要が出て来る。……まあ、スタルギの兄貴の機械化による蘇生手段を取っていない時点でその選択肢は無しって理解しているつもりだ」


 フィドロクア兄さんは、コラキさんの目を見ながら、出来る事と、出来るけどやって欲しくないだろう事を述べる。


「あ……はい。わたし達は、人から嫌われている種族と自覚はありますが、わたし達は自分の種族に対する誇りを幼少期から今は亡き父に教えられていて……黒鳥人族を辞めるつもりは……その、ないです。これは、他の兄妹はどういうか分からないので、一人一人に聞いてみる必要はありますが……みんな、わたしと同じように言うと思います。なので……」


「良い、別に全部言う必要はねえ。そりゃ誰だって自分の身体に未練はあるもんだ。どうしようもねえからその手段を取るだけで、自分から進んで自分である事を辞める奴は中々いねえよ。誇りがあるなら尚更だ」


「が、そうなると、『完全に元に戻す』事が可能な俺の兄妹は……無限龍に、水神龍に、あとはまあ……時空龍か。ただ、無限の蘇生方は耐性の無い――俺達竜王家並みの抵抗力を持っていない――種族の場合は廃人になる可能性が高い。水神は自分の認める奴以外に決して協力を行おうとしないし、時空は……論外だ。あいつは家族が『死んでいない状態』なら別にどうでも良いと考える。……だからすまんが、現状取れる手段は、遺体を綺麗に――五体満足のように――見えるようにするだけ、それだけだ」


「そう、ですか……」


「まあ、不幸中の幸いというか……偶々、コウジが俺の娘と再会して、偶々、コウジが娘から例の組織の凶行を聞いて、偶々、コウジが駆け付けて、偶々、コウジが魂を別の何かに移す手段を持っていて、偶々、コウジの召喚獣が木人という身体に成り代わる物を用意する事が出来て良かったというか……正直ここに関してはいくらなんでも都合が良すぎる。まるで、誰かが書いた筋書きにでも沿っていってるみたいだ。誰かが一枚噛んでいる……? ……なんて、すまんな、被害者の前で言う事じゃねえか、謝る」


「あ、そんな……、でも……」


 頭を下げるフィドロクア兄さんにコラキさんが慌てて立ち上がるが、焦っているせいか続きの言葉が出て来ないようだった。


 ――まあ十中八九、いや、九割九分九厘、フィドロクア兄上の言う通りだろうな。


 フィーリアさんが、咎めるような目をフィドロクア兄さんに向けるだけで誰も何も発せない中、心の中でアズモの言葉が響いた。


 二人の言葉を聞いて頭の中である組織の事を思い浮かべる。

 組織の名前は日本語で言うと、『型無』。

 その名の通りと言って良いのか、人型、動物型、魔物型……種族に限らず、何かの型から逸脱してメンバーで構成された愉快に凶行を行う組織の事だ。


 何の為なのか、強い魔物――アズモのような――を異形化させる事に心血を注いでいる危険な組織。


 異形化させる目的、構成員、成り立ち……ほぼ全ての事が謎に包まれているが、分かっているだけで、竜王家から長女のエクセレと、次男のテリオが与しているようだ……。

 もしかしたら、他にも居るのかもしれないが……。


 俺はどうやってコラキさん一家を助けるかしか考えていなかったのに、背後関係を考えるフィドロクア兄さんは流石というか、なんというか……。


「まあ、被害者が皆生きていて、顔も覚えているってんなら事件の解決自体は直ぐだ。上手くいけば今日中に犯人を全員ひっ捕らえる事も可能。だから、そっちを直ぐに片付けるか。スタルギの兄貴は誰かの記憶を映像付きで辿る事は出来るか?」


「そんな芸当は出来ん」


「だよなあ……。俺も出来て精々、思考を言葉にして吐き出させる程度。古典的だが、人相書きでも用意して、それを俺の数千匹の探知用小型召喚獣達に覚えさせて街を徘徊……もしくは被害者達を連れて歩いて直接犯人を教えてもらうかだが……」


「あ、誰かの記憶を映像で見る事は俺……というかアズモなら出来ます」


 アズモが普段から、俺の記憶を見て暇を潰している事を思い出した俺は片手を軽く上げながら口を挟む。


「……ああ、アズモだあ?」


 フィドロクア兄さんは「何言ってんだこいつ」と言いたそうな顔を隠しもせずに、急に会話に入って来た俺の方を向く。

 俺の言っている事を理解してもらえない事を分かっていた俺は、証明のために証拠を見せる。


「出ておいで、アズモ」


 そう言うと、背中裏に誰かがひっつく感覚が直ぐに訪れた。

 勿論、俺にそんな感覚を与えたのはアズモだ。

 アズモは俺の背中を恐る恐る登り、俺の顔の横から顔を覗かせた。


 フィドロクア兄さんとの再会のためか、耐性がついたのか、今度は直ぐに消えずにアズモは俺の背中に残り続ける。


「……は?」


「まず、俺達が被害者の魂にお邪魔して、その後、フィドロクア兄さんの魂にお邪魔して見た事を共有すれば、フィドロクア兄さんの言った『犯人の顔を覚えさせた小型召喚獣に街を徘徊させる』って事が出来ると思います」


「…………は?」


 俺にも手伝えそうな事があると思ったため、そう名乗りを上げたがフィドロクア兄さんは驚愕した表情と、気の抜けた言葉を返すだけだった。

 尚、そんなフィドロクア兄さんの反応を見たスタルギのおっさんは口元を抑えるものの「ククク」という笑い声を漏らし切れておらず、フィーリアさんはそんなスタルギのおっさんの頬を「パアン!」と音が鳴る程の強さで叩いた。

 コラキさんは「分かります」と言いたげに静かに頷く。


「また俺なんかやっちゃいましたかって顔しているな、コウジ」


「いや、そんな顔はしていないぞ。『あー、そう言えば俺の事を説明するタイミング逃していたなー。でもフィドロクア兄さんだし、俺が解放を使える事知っているよなー』って思い込んでいた顔なんだ、これは」


「ほぼ変わらない」


「変わる、変わるはずだ。俺には当事者意識がちゃんとある。『あー、はいはい、またこのパターンね。切羽詰まった状況だから、自分が特殊な状態である事をまた言い忘れたんだな』ってちゃんと思っている。ちなみに聞くが、俺にそう言うアズモは、『そういや自分、解放の能力とか竜の力とかまだ残っていて、本体から分離したアズモの残滓を連れ歩いているんですよね』ってどっかで言えるか?」


「残念だ、コウジ……。どうやら、私の理解度がまだ足りないようだ」


「と、言うと……?」


「そもそも喋れない。どこかで自分の事をさっと分かりやすく説明する? 無理難題を言うなという私は言いたい。久しぶりに会う親戚と、会っていた時と同じテンション感で話せるのがそもそもおかしい。ついでに言うと、真面目な話し合いで自分から挙手して『自分なら出来ますよ』と発言するのも私は出来ない。『あ、それなら自分が……』って思うものの発せずに、次の話、次の話、そして最後の締め話と移っていくまで何も言わずに過ごし、その日、就寝前に『あー!』って叫びながらベッドの中で悶えるタイプだ、私は」


「一番ダメな奴じゃねえか……」


「むっ、いつも言っているであろう。『適材適所』だと。同じ身体を共有しているのだから、それぞれがそれぞれの出来る事をする。コウジが出来る事はコウジに任せる。私が出来る事は私がやる。それが共生というものだ」


「ふーん、ちなみにアズモには何が出来るんだっけ?」


「暴力とレスバとゲーム」


「最悪だこいつ……生活していく上でやらなくちゃいけない事が何一つ出来ねえ……」


 アズモが喋ったから、それに乗ったが、ほぼ現実逃避。

 場の空気、フィドロクア兄さんの理解、周りの目……全てを無視してアズモといつもの調子で話をした。


「ちょっ……! ちょっと待ってくれ……!」


 フィドロクア兄さんが、やっと再起動したのか俺達の方を見ながらそう言った。

 口元を震える片手で覆い、言葉を続ける。


「いや、ほんとにちょっと待ってくれ。マジでアズモが本物にしか見えないし、二人の会話内容もいつか俺が聞いたようなものと似ている……から、俺にはそのアズモが本物のアズモに見える。だが、それだとおかしいんだよ。それが本物のアズモなら、今世間を騒がせている魂竜は一体何者なんだ? ……そのアズモは一体なんなんだ? コウジの作り出した幻想か妄想の実体化だったりするのか?」


 フィドロクア兄さんらしからぬ震えた声で疑問を口にする。

 目の前で起きている事が信じられない、要約するとフィドロクア兄さんが言った事はそんな所だろうか。


「ふっ……言ってやれ、コウジ」


 こいつ……と言い掛けてやめた。

 返される言葉がどうせ「適材適所だ」という言葉だろうという事は分かっているし、ここでこれ以上アズモと問答を繰り広げるのは良くない。


「……話すと長い上に、説明するのが難しいので、分かりにくい所があったら直ぐに言ってくださいって事だけ言っておきます。あの日、十年前、クラス対抗戦の後にアズモが異形化する前……テリオ兄さんに刺された所から話を始めます」


 フィドロクア兄さんは早速口を開きかけたが、「ぐう……」と言いながら耐え、俺の話を静かに聞く。



―――――



「……アズモが異形化して魂竜となる前に、本体から切り離された極僅かなアズモの魂がコウジについて行った。それが、そのアズモの正体。だから、アズモの残滓……か。残滓という言葉では収まり切らない程の主張の強さを感じるが、魂竜故の魂体へのスムーズな移行力と、他者の身体と混ざっても魂までは混ざらない自己認識力の高さ、異常なまでの他者の身体への適合率の高さなどが混ざった結果……とでも言うのか?」


 俺の話を聞き終えたフィドロクア兄さんがブツブツと呟きながら、自分の考えをまとめる。


「魂竜の出現により、魂という物の存在が世界に認知された。それにより、一部の合法・非合法的な研究体や、例の宗教団体が様々な実験を行った。魂の収集や、混在、移動による実験などと称して、様々な非人道的な実験を行われた事もその結果も知っているが……基本、混在する場合は意思の強い方に、他方が乗っ取られる…。不完全な魂収集による自己の崩壊、人間から魔物・動物もしくは、魔物から人間・動物への魂移動による実験では呼吸などの無意識で行われていた身体機能の不能による死亡例や、拒絶反応による嘔吐や、失神、痙攣などの散々な結果になる事がほとんど……」


 ブツブツと呟き己の考えをまとめるフィドロクア兄さんの言葉には物騒な言葉が含まれており、少しだけ、本当に少しだけ身体が震えた。


「アズモは俺の身体を乗っ取ったりしないよな……」

「……」


 アズモは無言で顔を逸らした。


「もしかしてお前、やった事があるとかないよな?」

「……」


 アズモは無言で逸らした顔を、無言で更に明後日の方向に向ける。


「おい、やっているだろその反応は。それはほぼ『やりました』と答えているのと同義なんだよ」


 アズモは逸らしていた顔をこちらに向けてやはり無言を貫く。

 だが、ご丁寧な事にその顔には「だって、そうするしかなかった」という言葉が書かれている……ように見えた。


「あー……。で、今はコウジの身体がスタルギ兄貴にやられたから一時的に、召喚獣の身体に入っている……。要はそこには……その身体には、三つの魂が同居している? そんな事が可能なのか? いや、出来ている以上、可能だったと言わざるとえないんだろうが……いや、でもこれは常識ではなく特例だと考えるべきだよな……。コウジとアズモ、そして召喚獣に至るまで、他者の身体への適合率・他者の魂と身体を共にする適合率が常識で測れないレベルで高い」


 フィドロクア兄さんは驚愕した表情を浮かべ、身振り手振りを交えながらそう結論を出す。


「へえー」

「ふーん……」

「ナーン」


 だが、俺とアズモとスズランは「そうなんだ」って感想以外に何も出て来なかった。

 恐らく何か凄い事を言っているのだろうなとは思うものの、それがどれ程凄い事なのかが全く分からない。


 当たり前のように出来ている事を「実は凄い事なんだよ」と教えられても、ちっともピンと来ない。


「これが、天才故の苦悩……というやつか」


 全員なんとも思っていないと思っていたが、アズモだけは違ったようだ。

「やれやれ」と言いたげに息を軽く吐きながら臭い言葉を吐いた。


「……まあ、何が言いたいかと言うとだな、お前等がウィンドミル家に対して行った一時的な措置、魂を別の身体に移す……といった行為には、禁忌的な側面があるからあまり軽々しく行うべきではないというか……いや、でもその状況ならしょうがないとしか言えん。というかそもそも軽々しく行える事がおかしいんだよなあ……。しかも、木人とかいう、他の魂も無ければ、他の記憶も存在しないまっさらの身体の用意という正解も当たり前のように引いているんだよなあ……。なんだお前等、コワ……」


 先程まで驚きの感情一色だったフィドロクア兄さんの感情に、「呆れ」と「困惑」が混ざり始めた。


「まあ良い。気になる事、聞きたい事は数あれど、今は俺の事に時間を掛けるべきではない事は承知している。そして、コウジの言った手段……ご家族からの了承が得られるのならやってみるのも良いだろう。ちなみに、俺の魂に入るというのも良いだろう。ちょっとなんか面白そうだ」


 フィドロクア兄さんは「驚き」、「呆れ」、「困惑」の中に、更に「期待」の感情を込め、そう言った。



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[良い点] オデ、コノ更新、マルカジリ ラフティーママとラフティーシスターが気になって夜も眠れません スタルギのおっさんガチビンタで草 アズコジはさぁ…なんで基本的に漫才やってんの? [一言] …
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