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七十一話 「ウ、ウアアアア! 許さない!! 絶対に許さないぞ、私は!!! アアアアア!!!!」


 竜王家、ネスティマス一族、鉄の掟をおさらいする。


 一、ギニス・ネスティマスよりも先に死んではいけない。

 二、家族で殺し合いをしてはいけない。

 三、やりたい事があれば自己責任。


 一番目の掟を律儀に守り続ける運命を背負った竜、イリス・ネスティマス。

 ネスティマス家、次女の彼女はその他の掟は悉く反故にするが、一番目だけは破る事が出来ない。

 なおかつ、それを他者――他の家族――にも破らせる事が出来ない。


 彼女は、家族が死ぬ事をトリガーに時戻しを行う――いや、行われてしまうという言い方の方が正しいか。


「時空龍って呼ばれる竜がいるから、家では誰も死なないし、死ねない。だからよ、それを知っている一部の家族……スタルギ兄貴みてえな奴がそれを利用するんだ。敢えて家族を殺して、時空龍に時のやり直しをさせる。時空龍は戻り続ける訳にはいかないから、家族の殺し合いが起きないよう工面する。そうやって、ずっと俺達は生き続けてきているんだよ」


 フィドロクア兄さんが、スタルギ邸のソファに足を組みながら座りそう言った。


「死ねない……っていうのはどういう?」


 フィドロクア兄さんの反対側に座った俺は、更に知らないフリを続けながら踏み込む。


「時が戻るんだよ。家族が死んだら、死ぬ前の時間まで世界の時が戻る。んー、まあ世界の時間が巻き戻るって言っても俺達の記憶には残らねえから分かりづらえよなあ……。だけども、そうとしか言いようもなあ……」


 答え合わせをされている気分だった。

 自分達……いや、アズモの出した答えが合っていた事実を噛みしめる。

 顔が綻ばないように気を付けなければならなそうだ。


「んで、当初の疑問に戻るが、なんでスタルギの兄貴は俺達を殺そうとして来るんだよ? なんか大事な……それこそ、人には言えないような理由があったりするのか?」

「いや、そんな大層な理由はない」


「はあ? じゃあ、もしかして俺達は殺され損ってやつか? いや、死んではねえけど、せめてまともな理由で殺してくれよ」


「はあ……試練を突破したお前達だからこそ教えてやるが、理由は至ってシンプルだ。『俺が竜王家に関わりたくないから』。俺はあの家と縁を切っているつもりだ。だから、一族の者が、厄介事、もしくはそれに準ずる事、それとは別に家族には関係のない頼み事、それにただの観光……いかなる理由でも殺す。誰も来て欲しくないんだよ。俺があの家以外でやっと見つけた聖域にな」


「相変わらずよく分からねえな、上の兄妹達の信念って奴はよ。しっかし、それならよく俺達は逃れられたもんだ。そんなおっかない信念を持った兄貴の凶刃から」


「お前らはあれだ、致命傷を与えた後にそれぞれ俺の納得する理由を述べたからな。『結婚したい奴がいる』、『魂竜を救う』。二人が瀕死になりながら続けた言葉は俺の引いていた線を超えていた。……だから、それ以上の攻撃はしなかった。ただそれだけの事だ。……恐らくだが、お前等が覚えていないだけで、何回か俺に殺されているとは思う。きっと、どこか知らない場所で時空龍が一枚噛んでいる。俺が納得できる答えを吐けるようにな」


「はあ~、流石に五男ともなれば重鎮みてえな竜達の理解度も高えなあ! まあ、殺されているかもとか言われてもそんな記憶なんて残らねえから全く分からんけどな!」

「五男とか言うんじゃねえよ。あの家で過ごした日々は俺にとっての恥なんだから」


 フィドロクア兄さんが高笑いしながら言うと、スタルギのおっさんは煙と一緒に毒を吐いた。

 今は別にどうでも良い事だが、身長140cmちょいくらいの男の子が、人生に疲れ切っていそうなおっさんと冗談交じりに会話をしているのを見るのは違和感がある。

 まあ、勿論そんな事は良いとして……。


「へえ、竜王家にはそんな竜が居るんですね。なんとなく、家族が世界の抑止力とか言われている理由が分かりました」


 なんて事ないようにそう言いながら、予想以上に喋ってくれた二人の会話を頭の中で反芻する。


 世界の時を戻す時空龍の存在は一部の家族に認識されている。

 家族の中には時空龍の能力を逆手に取り、自分に近づいて来る家族を遠ざける者がいる。

 スタルギのおっさんはその一人で、俺達を殺し続けた。

 そして、こちらにその間の記憶を保持しているとは露とも思っていない。


 ――キレて良いだろうか。


 心の中で静かにだが、はっきりと声が響いた。

 勿論アズモの声である。


 ――竜王家に関わりたくないがために殺す……だと。たった……たったそれだけの理由で、貴様……貴様ァアアアア!!!


 アズモが心の中でめちゃくちゃキレている。

 何故ならば、アズモには俺とは違い殺され続けた記憶が残っているから。

 何故か時空龍の「世界の時を戻す」という能力の対象から漏れているアズモは「どうすればこの試練を乗り越えられるのか」と、考えながらスタルギのおっさんとの会話を何百と行った……らしい。


 そりゃ、キレるのは当然だろうな。

 ただでさえアズモは怒りっぽいのに、スタルギのおっさんの理由とそれに伴う行動があまりにも自分勝手というか……理不尽過ぎる。


 ――ウ、ウアアアア! 許さない!! 絶対に許さないぞ、私は!!! アアアアア!!!!


 アズモは心の中で叫ぶが、今の俺達は心の中で会話する事が出来ないから宥める事が出来ない。

 慰めの言葉を口に出せたら良いのだろうが、そんな事をするのは今の状況に置いてはあまりにも不自然過ぎる。


 ……ごめん。ごめんな、アズモ。後でめちゃくちゃ愚痴を聞くから、今は一旦無視するな。


「だから俺には分からねえんだよなあ……」


 心の中でアズモに謝っていると、フィドロクア兄さんが思案顔で口を開いた。


「アズモが異形化……いわゆる、魂竜ってやつな。まあとにかく、アズモがそうなる前まで時を遡らない理由が全く分からねえ。時空龍は一体何を考えているのか……」


 フィドロクア兄さんの言葉に思わず目を見開きかけた。


 フィドロクア兄さんが言う事はもっともな事である。

 魂竜アズモの誕生……それは当然、時空龍が目を光らせていなければならない手間が増える……というか、見境なく生命の魂を奪い続ける魂竜の存在は時空龍にとっては邪魔でしかないはずだ。


 それなのに、時を戻さない。

 時空龍という、家族の絶対的な守護者の存在を知っているのなら、それを疑問に思うのは当然だろう。


「さあな……あいつの考えている事は昔から分からない。それにこうして、魂竜を救いに来たって奴が現れる始末だからな。きっと、この世界はこうして進んで行くのが正史なんだろうな。……もしくは、あいつにとってはこうなった世界の方が良いのか」


 スタルギのおっさんが呆れながらそう言い、こちらを見る。


「確かにそうだ……。そんな事が出来る竜がいるなら、あの日まで時を戻して欲しい……」


 俺は、声を沈ませ、顔を俯かせながらそう言った。


 今の言動は二人から見てどう映っただろうか。


 二人の兄貴の一挙手一投足、全てが怖くて俯かせた顔を上げられない。

 緊張で顔が強張り、身体が震える。


 下手な動きをしたら殺される……アズモの苦労がまた水の泡になってしまう事を知っているからここはミスが許されない。


 ――今ならバレても良いかもしれない。バレて殺されそうになったら、逆にこっちがあの爺を殺してやる。いっそのこと、バレてしまえ。


 アズモが煩い。


「おいおい、そんな落ち込むなよ。コウジが戻って来たって事は魂竜問題が片付いたようなもんだろ。アズモはまず間違いなく暴走しているし、あとはなんとか頑張って倒して、コウジが心の中まで迎えに行って……で、終わるんだから。まあ、その頑張って倒すって部分がクソ程怠いんだろうけどなあ!」


 こちらを元気づけるようにフィドロクア兄さんが明るい声で俺にそう言う。


「はい、俺がアズモを……」


 フィドロクア兄さんの思いやりに乗じて顔を上げる。

 勿論、覚悟を決めた表情を作りながら。


 フィドロクア兄さんが気にしている部分は、俺も気にしている部分だから自然な表情を見せる事が出来たと思う。


 ……だけど、なんだろうな。


 心が痛む……。


「はい、重い話は終わり終わりい!」


 突然、フィドロクア兄さんが手を叩きながらそう言った。


「なんか別の重い話があんだろ? そっちに話題を変えさせてくれよ! 家族の話なんてしても俺達じゃ解決出来ねえけど、そうじゃない緊急案件なら解決出来んだろ!」


 空気を換えるように態と明るい声を出してフィドロクア兄さんが、廊下に続くドアの方を見ながらそう言う。


「ほら、立ってないで入って来いよ! たぶんお前が事件に巻き込まれて当事者って奴なんだろ!」


 フィドロクア兄さんがそう言うと、ドアが開いて人が入って来た。

 入って来た人はコラキさんだ。

 鴉のように黒い翼を持ったコラキさんが、身体をビクビクさせながら部屋に入って来た。


「あ……どうも、こんにちは、あと初めまして……。コラキ・ウィンドミルです……。すみません、お邪魔してはいけそうな雰囲気だったので……」


 そう言いながら部屋を歩くコラキさんは、皆の視線に晒されるのが嫌なのか床に躓いてしまいそうなくらい早い歩きで俺の隣に座って来た。


「コラキか! よお、初めましてだな! 俺は竜王家の十八男、コウジとアズモの兄貴で、スタルギ兄貴の弟、フィーちゃん……ラフティリの父親で……水龍フィドロクア・ネスティマスだ!」

「は、初めまして……」


 フィドロクア兄さんの圧に押されたコラキさんがビクビクしながらなんとか言葉を絞り出す。

 まるで、初対面の時のコラキさんのようだった。


 換気扇の下にいるスタルギのおっさんが「水龍じゃなくて水魚龍だろ」とボソっと呟くと、「水魚龍じゃダセえから水龍って名乗りてえんだよ、察してくれ」と返す。


 思わず「え、そうだったの?」とツッコミを入れたくなるような会話が繰り広げられたが、なんとか耐えた。

 隣ではコラキさんも何も言えずに固まっている。


 今、コラキさんの頭の中では「この少年が、兄で弟で父で……す、水龍? 水魚龍?」みたいな疑問が浮かんでいるところだろうか。


「で、コラキ……、んー、なんか他人行儀でイヤだから、コラキちゃんで良いか? たぶん、二十代くらいだろお前? それなら恥ずかしくもねえだろ?」

「あ……はい、良いです、大丈夫です」


 どうなんだろうな……。

 竜みたいに長命の種族から見たら、二十代はまだまだ子供なのかもしれないが、獣人族的にはどうなんだろう。


 取り敢えず、年上のお姉さんが「ちゃん付け」で呼ばれているの何か違和感あるな……。


「んで、コラキちゃんがなんかあれか、一家を狙った何者かに襲われ……っていう事件の被害者って認識で合っているか? すまんが、コウジに電話で軽く聞いたくらいでそこら辺よく分かっていないから詳しく説明してくれ。あと、襲われた家族の容態も確認させてくれないか? もしかしたら治せるかもしれないからよ。それとは別に痕跡を辿りたいから後で現場にも案内してほしい」


 組んでいた足を解いて、両足を床につけたフィドロクア兄さんが前のめりになりながらまくし立てる。


「あ、はい。すみません、ちょっとまだ動転していて上手く伝えられる自信がないので分かりにくいかもしれないですが……」


 扉を潜って来た時からずっと、緊張状態の解けていなさそうなコラキさんが必死に言葉を紡ぐ。


「良いって、良いって、ゆっくりで。辛い事があったんならしゃあねえよ。少しずつゆっくりでも、分かりにくくても良いから教えてくれ」


 フィドロクア兄さんがコラキさんに合わせるようにゆっくりと喋り、前のめりになっていた身体を少しだけ後ろに下げる。

 完全に、傾聴モードに入ったようだ。


 フィドロクア兄さんの言った、家族の容態を確認してもらう。

 そのためには、スズランに手伝ってもらう必要があるが、スズランの昨夜のラフティリ強制抱き枕で全く眠れていなかったようで、今も熟睡している最中。


 ……スズランには悪いが、時が来たら起きてもらうしかないか。


「は、はい……あれは昨日――」


 ポツリ、ポツリと雨の降り始めのように言葉が降りてくる。

 が、その言葉は不意に止まった。


「――待て、客人共」


 片手に大きな袋を三つくらい持ったフィーリアさんが、ドアを開け放ち、コラキさんの言葉を遮りながら凛とした言葉を発した。


「まずは昼ご飯だ。重い話を聞いてからだと食欲が減る。……あと、貴様ら、フィドロクアとスタルギ。赴く、もしくは来客がある場合は連絡しろといるも言っているだろう。貴様らは何故そんな簡単な事も守れない。あと、来るのなら一家で来い、先程、道の途中で辺りをキョロキョロ見回していた娘らを連れて来た」


「すんませんした!」

「……あー、すまん」


 直ぐに頭を下げて潔く謝るフィドロクア兄さんと、煙草の火を灰皿で消してから渋々謝るスタルギのおっさんが対照的に見えた。


 娘らを連れて来た……。

 その言葉につられフィーリアさんの後ろを見ると、雪のように真っ白な髪・肌・睫毛の長身の女の人と、その女の人の肩から顔を覗かせる水色髪の小っちゃい女の子が見えた。


 ……誰だ?

 いや、状況的に考えて……。


 なんて考えていると、ダダダと廊下を走る音が聞こえて来た。


「妹の気配だわ!」


 大きくなる足音と一緒に聞こえたラフティリが答え合わせを行う。

 その声が聞こえた瞬間、雪のような女の人にしがみつく女の子が太陽のような笑顔になるのが見えた。


 水色髪の子が口を開き、誰かに似て元気一杯な声を出す。


「姉!」


 そして、水色髪の女の子は雪のような女の人の肩から飛び降りる。


「妹!」


 ラフティリが水色髪の女の子をキャッチして抱きしめるのが見えた。


「妹!」

「姉!!」

「妹!!!」

「姉!!!!」

「妹ーー!」

「姉ーー!!」


 ……なんだこの姉妹。


 ――うわ……うるさ。


 俺に同調するようなアズモの声が聞こえた。


 ――ナ、ナーン……。


 ついでにスズランも起きたようだ。


 スズランの声が少し不機嫌そうに聞こえたのは俺の気のせいではないだろう。



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― 新着の感想 ―
[良い点] こ、更新…!?最近早すぎる…!まさか魂奪い…!? まさかのラフティリの妹…!? うるさそう(確信) 泥んこが興奮してそう(偏見) フィドロクア兄さんは神的にいい人だから。 思えば兄弟の…
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