日常 好きな物と嫌いな物
過去最長です。
時間がある時にお読みください。
「何してんだお前……」
両手を広げてリンゴにペターっと張り付くアオイロに対してそう言った。
「ゴギュ」
身体の上に置かれたリンゴを吸収し終えた泥んこが泥飛沫を上げながら鳴く。
ゲップなのか何なのかは分からない行動には「食事をしただけだが?」という意味が怒りと一緒に含まれている気がした。
やはり泥んこは俺に懐いていない。
……というか、アオイロは何処からこいつを拾って来たんだ。
この泥が何なのか俺は未だに分かっていないし、まだこの不定形過ぎる姿を許容出来ていない。
寝ぼけている時なんて「あれ、汚したっけ?」なんて思いながら泥んこをタオルで拭いた事がある。
ちなみにその時は目を覚ました泥んこに「ギュギュギュ!!」とめちゃくちゃ怒られた。
あとタオルは怒った泥んこに吸収された。
あのタオル、宿泊しているホテルの備品なんだよな。
返してくれないかな。
「あー、すまんすまん。今の言葉は泥んこじゃなくてアオイロに言ったんだ」
「ゴギュン」
今の泥んこの鳴き声を日本語訳したら「フン」と訳されるだろうか。
「――はっ、今の私は口からじゃないと何も食べられないんでしたね」
なんて不便な身体なんですかね、なんて言いながらアオイロは自身の身長と同じくらいの大きさのリンゴにかぶりついた。
「ナーン」
リンゴを口に咥えたスズランが俺の元に寄って来て、地面に置いた。
「スズランも食べたいのか?」
「ナーン!」
スズランはそう鳴いて、身体をユラユラと揺らした。
「切るからちょっと待ってな」
「ナーン」
「あ、私のもお願いします。硬くて食べられそうにないんで」
はいよ、と言いリンゴを両手に持ち小さな調理スペースに向かう。
スズランが尻尾を揺らしながら後ろに並び、アオイロがその後ろをペタペタと歩き、更にその後ろを泥んこが身体を丸めてゴロゴロと転がる。
客観的に見たら変な集団だ。
今更だが、スズランなら本体の方の口でリンゴを食べる事が出来るのではないだろうか。
「包丁なんていつの間に用意していたんですか?」
狭い調理台に立ち、ギラギラ光るナイフを構えた俺に対してアオイロがそう言った。
「あー、これはコラキさんにな……『少しは人間のフリをした方が良いですよ。まず、何の武器も持たずに冒険に出掛ける冒険者なんていませんからね』って言われたから武器屋で買っといた」
「えぇ、知らない魔物の血とか付いていませんよね? というかあの女はコウジ君になんて事を……」
わなわなと震えるアオイロに「いや、お前が言うなよな……」と思いながらナイフを水で洗う。
「結局、魔物の討伐には使ってないから清潔だよ。新品の奴を買ったし」
「じゃあ大丈夫ですね」
「ナ~ン」
「ゴギュ……?」
そういう問題なのか? という気持ちが含まれていそうな鳴き声を、一番離れた場所から眺める泥んこが放った。
リンゴを適当に切り、更に並べてアオイロとスズランに差し出したら「あーん」を強要されたので、求められるまま食べさせた。
「そう言えば、お前らって何でも食うけど苦手な物とか好きな物は無いのか? キャットフードとか見つからなかったからとりあえずリンゴに似ていた果物をストックしているけど」
更とナイフを洗いながらそう聞く。
用意している時は勢ぞろいだったが、後片付けは誰も来てくれなかった。
「私は何でも食べられますよ。それこそ、小さなネジから高級懐石料理まで何でも」
「ナーンナーンナーン」
「ゴギュ」
各々何でも食べられると言っている……のだろうか?
スズランの言葉ならまだしも泥んこの言葉は流石にまだ全然分からない。
「アオイロ翻訳」
「承りました」
後片付けを終え、部屋まで戻りながらアオイロにそう言う。
俺が分からない言葉でも、スズランや泥んこと同じ魔物であるアオイロなら言葉の意味を理解する事が出来るのでこういう時は地味に助かる。
「……ですが、面白そうなので私達の好きそうな物を持って来てくださいよ。その時に答え合わせをしましょう」
俺が引き籠ってからアオイロ達が買い物に行って来るようになった。
俺が何も言わないのを良い事に各々好き勝手に色々買って来るので、備え付けの冷蔵庫が酷い事になっていたりする。
「……まあ、たまには良いか」
アオイロの提案に乗った。
—————
「ナーン」
袋に色々詰めてスズランの前にやって来た。
三匹の召喚獣の中ではスズランとの付き合いが一番長いので、その分、スズランの好みは一番把握している。
「スズランの好きな物って言ったらこれだろ」
白い布に包まれた食べ物を袋から取り出した。
「ナ~ン」
中に何があるかを察したスズランが嬉しそうに鳴いた。
スズランは元々、こんな可愛らしい見た目をしていなかった。
元の姿のスズランはもっと厳つい……というか、正気度を著しく消失してしまいそうな見た目をしていた。
一つ目の超巨大な赤花。
それがスズランの元の姿だ。
昔、俺がまだ異世界に来たばかりの頃、家にスズランがよく何かを投げつけて来ていた。
四本腕の熊の死骸だ。
スズランと同じ森を闊歩する化け熊がよく家の窓に張り付いていた。
最初はあまりの出来事に悲鳴を上げていたが、スズランがあまりにもよくその死骸を投げつけて来ていた為、途中から慣れた。
そしてあれはどうやら嫌がらせではなく、好意でやっていたらしい。
「熊肉だ」
「ナーン」
包みを広げ、スズランの前に置くとスズランが嬉しそうにもう一つの口を顕現させた。
上の口で熊肉を丸呑みし、顔についた下の口で「ナーン」と鳴く。
上の口からは大量の涎が垂れ、口の周りをベロが通った。
非常に絵面が怖い。
口が二つあるスズランだが、上の口の方が味覚に優れているらしく、深く味わいたい物はそっちの口で食べるようにしていた。
「ナーン」
食事を終えたスズランがしゃがんで食事の様子を見ていた俺に頬擦りしてくる。
スズランの好物は熊。
それに気付いたのは、熊の魔物の友達に対してスズランがよくない視線を向けていた事に気付いた時だ。
捕食者の目をしていてゾッとした。
「流石コウジさんですね。よく見ています」
「まあスズランの好みくらいは流石にな。……でも今日は少し冒険しようと思ってスズランの好きそうな物を更に二つ持って来た」
「ナーン?」
袋を漁り、容器を取り出す。
スズランの元の姿は花。
花が好きな物はなんだろうか。
そう考えた時、「いや、花に好きな物なんてなくね?」という答えに行きつく。
だが、花にとって欠かせない物はなんだろうか。
そう考えた時は、答えがしっかり出て来る。
酸素、二酸化炭素、光、水。
前三つはあげようが無いが、水ならばあげる事が出来る。
袋から底の深い容器を取り出して床に置き、そこに水を注いだ。
「どうだ。これが俺の考え――」
「ナーン!」
スズランが皿をひっくり返した。
「ええ、どうしてなんだ?」
「ナーンナーンナーン!」
余程ご立腹らしく、スズランが猛抗議してくる。
どうやら俺が水を出して来たのに対して「信じられない!」と怒っているようだ。
「おやおや……」
様子を見守っていたアオイロが面白そうにそう呟く。
「ナーン!」
「ま、待てスズランもう一個あるから!」
「ナーン~?」
スズランが取り繕うとする俺に対してジトっとした目を向けて来る。
元の姿に引っ張られたのがいけなかった。
元が花だとしても今のスズランは猫。
ならば、猫の好物を出すのが正解だろう。
「三つ目はこれだ――」
冷蔵庫の奥の方に眠っていた魚を皿の上に置いた。
「ナーーーーーーン!!?」
魚を取り出すと、驚いて飛び跳ねたスズランが窓を突き破り外に行ってしまった。
―――――
「いやはや、コウジ君は人の心は分かっても、魔物の心は分からないようですね」
「ゴギュゴギュ」
スズランは帰って来たが、不貞寝してしまった。
「やっちまった……」
あの後アオイロから教えてもらったが、スズランは水も魚も大の苦手らしい。
「考えてみたら分かっただろうが俺……。だって、スズランは一度フィドロクア兄さんの魚に蹂躙されているんだぞ……」
花の時の最期の記憶を考えれば分かった事ではあった。
それなのに、見た目や常識から勝手に決めつけて「これが正解だろう」とやってしまった。
「簡単に狩れる得物は好きで、敵わない魔物は嫌い。魔物なら常識ですよ」
「ゴギュゴギュ」
「あ、この破片達でいけますか?」
「ゴギュ」
反省している俺の視界の端でアオイロと泥んこが何やら作業をしているようだが、今はとてもそこに興味を持っていけるような精神状態では無かった。
「俺は本当に……。いや、待て。それどうやってんだ」
だが、窓が少しずつ修復されていく様子を見たら流石に気にせずにはいられなくなった。
「よし、直りましたね」
「ゴギュ」
「え、窓が直った……? どうやって……?」
「さて、次は私のターンですか? 泥の子のターンですか?」
「え、ああ、じゃあ泥んこの番で」
―――――
「ゴギュ」
アオイロに言われて泥んこには俺の手で食べ物を与えるようにしていたが、その時はアオイロが毎回食べ物を渡してくれていた。
だから自分で考えて食べ物を与えるのはこれが初めてだったりする。
今度は同じような失敗をしないように見た目で考えないように選んで来た。
泥だから水は好きだろうと思ってはいるが、スズランみたいな例もある。
「どうでしょう……?」
荷物をガサゴソと漁り、皿の上に置いた。
「ゴゴギュ……」
泥んこが皿の上に置かれた物を見つめる。
いや、目なんて無いから実際には見つめているように見えるだけなのだが。
「……ゴギュ」
泥んこは皿の上に触手を伸ばし、俺の用意した物を掴む。
そして自身の身体の上に置き、吸収した。
「ゴギュゴギュ」
悪くない。と言っているように聞こえたのでほっと胸を撫で下ろす。
「良いんですか。折角買ったナイフを与えてしまって」
「良いんだ。どうせ使わないし」
そうだ。俺が泥んこに与えたのは先程果物を切るのに使ったやけに派手なナイフだ。
武器屋の店主と話していたらあれよあれよという間に手に取ってた売れ残――逸品。
厳つい顔の店主に「そいつを手に取るなんて分かっているじゃねえか……」といつの間にか後ろに立っていた店主に言われ、そのまま乗せられて買ってしまった。
あまり思い出したくは無いが、リンゴ1000個分の値段はした気がする。
勿論だがナイフを与えたのは在庫処分なんかでは無く、ちゃんとした理由がある。
「ゴギュギュ」
泥んこは鉱物質を食べる。
アオイロが泥んこを拾って来た時に「何処から拾って来たんだ、返して来い。命を育てるって大変なんだぞ」と完全に我が子が猫を拾って来た時のお父さんと同じ反応をした覚えがある。
すると、我が家の第一猫であるスズランが「ナーン……」と目をウルウルさせながら懇願して来たので心が揺らいだ。
だが、現状で既に一杯一杯の俺がこれ以上誰かの面倒をみれる気がしなかったので、「でもな、寝る所とか食う物とか……」と現実的な問題に話を逸らして切り抜ける事にした。
そしたらアオイロが「この子に布団は要らないですよ、泥なので。あとご飯は土を与えておくだけで大丈夫ですよ、泥なので」と言われ押し通されて負けた。
どうやらこの世界の泥は土を食べるらしい。
そう言われても、価値観が地球の俺は「いや、流石にペットに土を与えるのはな……」と思ったので、ちゃんとした食べ物を与えるようにした。
そして先程の事だ。
俺の目がおかしくなければ、泥んこはガラスの破片を食べていた。
それも美味しそうにだ。
土を与えておけば十分と言われても、それはどうなんだと思ってそういう物を与えずに果物とかを与えていたが、さっき初めて物質を食べているのを見た。
そして気付いた。
泥んこは一般的に人が接種するような食べ物を食べ飽きている。
そう気付いたので、持っていた中で一番高価な物質を与えてみたが……どうやら正解だったようだ。
「ゴギュ……」
食事を終えた泥んこが身体を丸める。
やっぱり口に合わなかったのか、とハラハラする俺の横でアオイロが安心して見守っていてください、と呟き、「出てきますよ」と続けた。
「ギュギュギュ!」
身体を丸めてコンパクトになっていた泥んこが地面に鳴き声と共に地面に身体を広げる。
おかしな事に、床に広がった泥んこの身体の上にはさっきまで無かった物が乗っかっていた。
「これは……」
「ゴギュギュ」
「そうか。気にしなくて良いのに……でも、ありがとな」
狼狽える俺に泥んこが教えてくれた。
泥んこがナイフのお返しとして、果物ナイフを作ってくれたようだ。
派手な物ではなく、銀色のよく切れそうなナイフだった。
「ゴギュン」
礼を述べる俺に対して、泥んこは「ふん」と言っているようだった。
「……え、なんで今シレっと意思疎通が出来たんですか? さっきまで翻訳がどうのこうのとか言っていたのに」
そんな俺達の横で、アオイロがよく分からない事を呟く。
生き物同士、気持ちが通じ合えば、使う言葉が異なっていても案外伝わるものだ。
「ところで、泥の子に与える物はそれだけですか? スズランさんの時みたいに二つ目、三つ目は無いんですか?」
「そんな物は無い。俺は冒険をしない事に決めたんだ」
「……」
何処かから恨めしい視線を向けられている気がした。
「んで、最後はアオイロの番だから少し待っていてくれ。準備に時間が掛かる」
―――――
「ほら、出来たぞ」
そう言って三匹が寛いでいる部屋に戻る。
手に皿を持ちながら。
「やっぱりコウジ君は私の事を分かってくれていると信じていましたよ」
「まあ……なんだかんだでお前との付き合いが一番長いからな」
出来た、という言葉を使った通り、アオイロに用意したのは料理であったりする。
冷蔵庫によく分からない獣の卵と、よく分からないソース、あと調理スペースの脇にお米が置いてあったのでそれを使って簡単な料理をした。
もくもくと湯気を立てる料理皿をテーブルの上に置き、最後の仕上げをする。
使うのは先程泥の子に作ってもらったナイフだ。
テーブルの上に置いた料理、上に乗っているふんわりと焼いた卵にスッとナイフを通して割る。
泥んこが作ってくれたナイフはよく切れる使い勝手の良いナイフだったようだ。
「ナーン?」
「ゴギュ?」
寄って来たスズランと泥んこは俺の作った物が分からずに首を傾げる。
その中で、アオイロだけが答えを口に出した。
「これはオムライスですか」
「ああ。異世界で作るのは初めてだったが、上手く出来て良かった」
俺はアオイロの為にオムライスを作った。
ここまでやっといてなんだが、別にオムライスはアオイロの好物というでは無い。
「いただきます」
アオイロはそう言い、両手でデザート用の小さなスプーンを抱え、掬って食べる。
「あぁ、懐かしい。コウジ君の料理だ……」
アオイロが大袈裟な反応をしながらオムライスを食べ進めていく。
「料理という物を五年振りくらいにしたからそんな美味しい物じゃないと思うけどな」
「いえ、コウジ君の作った物なら、例えダークマターでも私にとっては御馳走ですよ」
「やっぱり大袈裟だな。……あの時と同じだ」
アオイロは別にオムライスを特別好きな訳じゃない。
ただ、アオイロは俺の作った物を食べるのは好きだ。
昔、俺がまだ中学生だった時、だから俺的には十年くらい前の時の事だ。
老人に作った物をあげた事がある。
あれは、学校が終わって公園でボーっとしていた時だ。
その日あった調理実習で作った物を持った俺はベンチに腰掛けて夕日を眺めていた。
調理実習があった事をすっかり忘れていた俺は、その日も母さんに弁当を用意してもらっていた。
朝、学校に行って調理実習がある事に気付いて、母さんの作った物と自分がこれから作る物どちらを食べるかで悩んで母さんが作った弁当を優先して食べる事にした。
自分が作った物と人に作ってもらった物では、後者の方が残す訳にはいかないだろう考えた。
その日調理実習で作った物が偶然にも丼物で、成長期ではあったが、運動をしていない俺ではどちらとも食べるのはきつかった。
とは言え、残すのも勿体無かったので、調理実習で作った物を空いた弁当箱に詰めて後で食べる事にした。
家の近くの公園で食べていたが、量が思ったよりも多くて途方に暮れていた。
そしたら、散歩をしていた婆さんが俺の横に座り話し掛けて来た。
やけにフレンドリーな婆さんにその時は疑問を抱かなかった。
だが、今ならば分かる。
あれはアオイロの変身した姿の一つだった。
その婆さん……アオイロがあまりにも物欲しそうに弁当見てくるから「食べますか?」と言った。
そしたら「いいのかい?」と言うので、「お腹が空いているのなら良いですよ」と言い渡した。
そして、俺の作った料理を一口食べた婆さんがボソリと呟いた。
「美味しいなぁ……」
オムライスを食べるアオイロが、昔と同じ言葉を口に出す。
「ありがとよ。作った甲斐があるってもんだ」
アオイロの好物も正解を導き出せたようだ。
「ナーン」
「ゴギュゴギュ」
傍で様子を伺っていたスズランと泥んこがソワソワとしながら俺の事を見上げる。
「食べたいなら食うか?」
俺の作ったオムライスは好評だった。
三匹とも美味しいと言い、分け合い、食べ切った。
偶にはこういうのも良いかもしれないな、なんて思いながら後片付けをする。
やはり誰も片付けの手伝いをしてくれなかったのは言うまでも無いだろう。
これにて1章周りは終わりです。
次話からは2章に入ります。




