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二十話 「どこの陣営の竜だ」


「ギュギュ……ギュルルルル…………!」

「……なあ、これは本当に俺が餌を与えるべきなのか? なんかめちゃくちゃ威嚇してくるんだが、本当に大丈夫なんだよな?」


 借りているホテルの床に薄い円状に広がり、その身を黒く変色させて呻き声を上げる泥に恐る恐る果物を置こうとする。

 全身を波立たせて無数の触手をうねうねと蠢かせる泥は明らかに俺を歓迎していなかった。


「大丈夫ですよ」

「ギュルルアッ!」

「ほら、歓迎しているじゃないですか」

「いや、『やめろ!』って言っているようにしか聞こえないんだが」


 ある日、目覚めたらホテルの部屋に泥が落ちていた。

 激しい戦闘をした後の事だったので、気絶した俺をアオイロとスズランがここに運んでくるまでの間に何処かで引っ掛けたのかと思ったがそれにしては大きすぎるし、動いているように見える。


 考えた末に、「ホテルに泥を置いとくのは駄目では」という結論に至り、掬い上げて外に捨ててこようと思った。

 重い身体を持ち上げて、茶色い泥に手を伸ばしたら何故かビンタされた。


 何が起こったのか理解出来ずに頬を押さえたまま暫く固まったが、部屋には俺が一人いるだけ。

 他に考えられるとしたら、目の前に落ちているこの泥。

 有り得ない状況に「泥がビンタする訳ないだろ」と自分に言い聞かせ、再び手を伸ばした。


 すると、今度は確かに見えた。

 泥が動き、ヌチョヌチョした茶色い触手を俺に伸ばす所が。


 咄嗟に手で触手を掴み、捻り上げたら泥が「ゴギュギュ!」と喚き出した。


 口はおろか、声帯器官が何処にも付いてなさそうな泥が鳴く。

 その事実に頭がオーバーフローを起こしそうになったが、部屋のドアが開いて救世主が現れた。


「ナーン」

「ギュッ……」


 俺の召喚獣の一匹目こと、白い猫のスズランだ。

 部屋に入って直ぐに状況を理解したスズランが、タタタっと俺達の元まで駆け寄り、前足で泥をチョップした。


 すると、泥が大人しくなり触手を収める。


「おや、起きたんですね」


 呑気な事を言いながら、俺のもう一匹目の召喚獣ことアオイロも部屋に入って来た。

 こいつに関しては小人の姿をしている為、「匹」って数えていいのか分からない上に、厳密には俺では無くスズランの召喚獣なのだが……それは置いといて、アオイロは言葉が喋れるので会話が可能だ。


 尚もスズランに詰められて、段々と体積を小さくしていく泥を横目に見ながら、アオイロに泥の事を聞いたら色々分かった。


 泥は何百年も前からこの街の守り神として、地下で眠っていた魔物だったらしい。

 街を壁で覆い、人々を外敵から守る代わりに、この街に住む人間から魔力や気力、生命力、精神力など様々な物をほんの少しずつもらい、ひっそりと生きて来た魔物との事だ。


 なんでそんな魔物がこんな場所にいるのか、そう聞いたらアオイロが何ともないようにサラッと言った。


「捕まえてきました」


 コラキさんと街を散策している間、アオイロとスズランを見ないなとは思っていた。

 だがまさか、街の守り神を捕まえに行っているとは微塵も思っていなかった。


 返して来い。そう慌てて言ったら、「もうスズランさんが眷属化してしまったので無理です」と。


 深いため息を吐きながら頭を抱えた。


 人々から認知されていない魔物だし、壁は依然として残るので居なくなっても構わない。おまけに人々から力を吸い上げている厄介な魔物だったので私達は人々の為に退治してきた。ついでに召喚獣としての契約を結んで仲間にした。スズランに陶酔しているから、例え元の場所に返しても戻ってくる。確かアオイロはそんな事を言っていた気がする。


 なんだそれ……と思いながらもホテルのフロントに赴き、「ペットが一人増えました。泥っぽいペットなんですが部屋に置いておいても大丈夫ですか?」と聞きに行ったら、「大丈夫ですよ」と普通に返されたので、部屋で飼う事にした。


 異世界は怖い。

 生き物に対する価値観と衛生観念がバグっている。

 俺はそんな事を思った。


「……ゴギュルルル」

「美味しい果物だぞー……?」

「ゴギュルルア!」


 しかも、こいつは全く俺に懐いていない。

 名前を付けようとしたら泥を投げられ拒否されるレベルで懐いていない。しょうがないから泥んこと呼んでいる始末。

 今も必死に威嚇をしてきており俺の手から食べ物を受け取ろうとしない。


「ナーン!」

「ギュギュ……」


 スズランが泥んこをチョップして大人しくさせる。


「ありがとな、スズラン」

「ナーン」

「……! ゴギュギュ!!」

「ナーン!」

「ギュギュ……」


 何故かまた威嚇をしだした泥んこをスズランが再びチョップして黙らせる。


「……よし」

「……ギュ」


 観念した泥んこの中央に果物をそっと置くと、果物が泥の中にズズズと吸い込まれ消えていく。

 これが、泥んこの食事の仕方だった。


 アオイロ達が泥んこを拾って来てからというもの、俺は毎朝これをやらされている。


 餌付けしていればいずれこの子から忠愛を得られますよ。なんてアオイロは言っていたが本当だろうか。

 やり方を間違えている気がしてならない。


「ギュギュ……」

「ナーン」


 餌やりを終えると泥んこは薄く広げた身体を丸めて球状にし、スズランに擦り寄る。

 スズランはそんな泥んこを撫でて慰めていた。


「……」


 俺のせいで落ち込んだ召喚獣を別の召喚獣が慰める。

 毎朝こんな景色を見せられる俺としては複雑でしかない。


「おや、どうかしましたか?」


 元凶へ向けてジッと視線を注げると、小さなカップで優雅に茶を啜る元凶はそんな言葉を返して来る。


「……もう二度と魔物を拾って来るなよ。こんな悲劇は二度とごめんだからな」



―――――



「今更だが俺が冒険者ギルドに戻っても大丈夫なのか? 正体がバレた……というよりかは勘違いされていると思うんだが」


 久しぶりにホテルから出て、クリスタロスギルドへ向かってコソコソ歩く。

 ちょっと前に竜の翼を生やしている所を人に見られ、竜だと勘違いされる事になった。

 この街……いや、この世界では竜が忌避されている。


 竜に似ているという理由で差別を受ける種族が居るくらいなのだからそれはもう相当な物だ。


 だから俺としては、あの時公園で戦った奴等がギルドや警察に俺の事を告げ、街をあげての大捜索でも始まっているのではないかと思っていたのだが、街を歩く人達は俺の事をスルーして過ぎていく。

 住処を追われる前に、この世界の情報を得られるだけ得ておこうと思って部屋に閉じ籠っていただけに現状をいまいち受け入れにくい。


「大丈夫ですよ。私がそこら辺上手くやっておいたので」

「ほんとか……?」


 何かと周囲との関係を拗らせるアオイロが胸を張って答えるが信じにくい。

 だが、こうして俺達が普通に街を歩けているという事は、アオイロの言う通りなのだろう。


 ……いやまあ、道を歩いているのは俺だけなのだが。


 アオイロは俺の肩に乗っているし、スズランは欠伸を掻きながら泥んこに乗って丸まっている。

 スズランを乗せた泥んこは道を進んではいるが、歩くというよりかは、這うや滑るという言葉の方が合う進み方をしている。


「ギルドに行ってみたら分かりますよ」

「ギルドに入った瞬間、周囲を腕利きの冒険者に囲まれてタコ殴りにされたりしたら嫌だからな?」

「大丈夫ですよ。その時は私達でギルドをこの街ごと滅ぼすので安心してください」

「ナーン」

「ゴギュ」

「そうか……」


 これっぽっちも安心が出来ない。

 何がどう大丈夫なのだろうか。


 そうこうしていたらクリスタロスギルドへ着いた。

 実に一週間振りのギルドである。


 相変わらず多種多様な人達が潜る出入口を遠目に眺めながら、入るタイミングを窺う。

 気分は寝坊した日に既に授業の始まっている教室へ入る時の物と同じだった。


 あの扉を通るのが物凄く億劫だ。


 特に何も起きていないようではあるが、公園で会った赤い女とおっさんにだけは会いたくない。


「――よう、一週間振りか?」

「……!?」


 建物の陰に隠れギルドに入るタイミングを窺っていたら誰かに肩をポンと叩かれ、声を掛けられた。

 跳ねるように振り返ると、そこには会いたくないと思っていたおっさんが立っていた。


 姿勢を正し、両腕を構える。


「そう警戒しなさんな。ここでお前さんと戦おうなんて気持ちは微塵も無い」

「……じゃあ何故、俺に声を掛けたんだ」

「なんでってそりゃあ……そこの小人からじゃなく直接お前さんの口から聞きたくてな」


 淡い青色の着物に身を包んだおっさんがボサボサの髪の毛をボリボリと掻く。

 一見、浮浪者にしか見えないが、実力は本物だ。

 見た事の無い魔法を操り俺の逃走を的確に妨害してきた。


 さっきだって、このおっさんの接近に俺は気付けなかった。


「ナーン……!」

「ゴギュギュ」


 足元に居る二匹の召喚獣がおっさんに殺気を飛ばす。

 常人じゃ耐えらない程の圧を間近で受けているはずのおっさんは、それを気にせずに口を開いた。


「――お前さんはどこの陣営の竜だ」


 どこの陣営か。

 何を問いたいのかが分からないから答えようが無い。


 だが、おっさんの纏う雰囲気が変わった。

 公園で一瞬だけ見せたような濃密な圧を放っている。


 答えを間違える訳にはいかない……そんな気がした。


「無限龍か、光線龍か、はたまた時空龍か……」


 無限龍、光線龍。その二つは竜王家の長男と次男の通り名だ。

 地球で「竜」「龍」「ドラゴン」と、竜を指す言葉に種類があるように、この世界でも、竜を指す言葉が複数存在する。


 この世界において、基本「龍」という文字は通り名や称号を指す時に用いられる。


 だから、最後におっさんが並べた「時空龍」という言葉。

 それも誰かを指す称号なのだろう。

 だが俺はその言葉を知らない。竜王家に居た俺ですら聞いた事の無い誰かを指す称号。


「俺は……」


 なんて答えるのが正解なのだろうか。


 無限龍、光線龍、時空龍。

 テロ組織の一員となったテリオ兄さんの陣営だと言うのは不味い気がする。

 時空龍は誰なのだろうか。そんな竜が存在するとしても何故、俺ですら知らない称号をこの人は知っているのだろうか。


 無限龍――アギオ兄さんの陣営だっていうのが一番良いのかもしれないが、今この世界でアギオ兄さんが何をしているのかを俺は知らない。

 もしかしたら、テリオ兄さんと同じように何か良くない事をしている可能性もある。


 どの竜の名前を挙げればいいのだろうか。

 俺はどの陣営なんだと言えばこの場をやり過ごす事が出来るだろうか。


「…………」


 ……いや、答えなんか決まっている。


「――俺は何処の陣営にも属さない。……アズモを助けに来ただけのただの人間だ」

「……そうか」


 そう言い目を瞑るおっさんの纏う雰囲気が少し優しくなったような気がした。

 俺は正解の答えを言う事が出来たのだろうか。


「邪魔して悪かった」


 着物に手を入れたおっさんが、それだけ言うと振り返らずに冒険者の波に混ざり去って行く。

 名前も知らず、ただ会いたくないと偏に祈っていた人物は急に現れて急に消えた。


 あのおっさんは何をしたかったのだろうか。


「ナーン……」


 俺を心配そうに見上げるスズランとふと目が合った。

 スズランはジャンプして肩に飛び乗ると、アオイロを肩から追い落とし喉をゴロゴロと鳴らす。


「ごめんな、心配させちゃったな。もう大丈夫だ」

「ナーン」


 スズランを安心させるように撫で、おっさんが行った方向に視線を向ける。

 着物姿のボサボサ髪はもう何処にも見えない。


「……」


 理由は分からないが、あのおっさんは俺を見逃した。

 一先ず、街での生活が変わらず送れそうな事が分かっただけでも良しとしよう。


「うーん、これ絶対に私の存在が頭から消えていますよね。叫びながら落下したはずなんですけど」

「ゴギュギュ……」



お久しぶりです。

リアルに忙殺され、暫く執筆する時間がありませんでした。

今日から活動を再開します。一部の方にバレンタイン小話も載せる予定です。

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[良い点] べ、別にアンタの更新なんか全然待ってなんてなかったんだからね! [気になる点] 1部読んでて思ったこと アズモが異形化するシーン、語尾が!だけより一部!?のほうがよりアズモのパニック感出…
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