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十八話 「こちらから来てやった」


『――――ジ』


 誰かの声が聞こえる。


『――――――コウジ』


 誰かが俺を呼んでいる。


『コウジ』


 ……分かったよ。

 起きるから俺の身体を揺らすな。


「コウジ」


 目を開けると誰かの顔が直ぐ近くにあった。


「……お前は誰だ?」


 目を擦りながら誰かの顔を見る。


 目尻の細い目。長い睫毛。細い眉。

 瞳の色は黒っぽく見えるがよく見ると紫色が混じり落ち着いた雰囲気を醸し出す。

 近くで見ても毛穴の見えない綺麗な白い肌に、鼻筋の通った鼻。

 淡いピンク色の唇。


 ピンクの唇が震えるように動いた。


「……忘れてしまったのか?」

「いや、忘れたというより見た事が無い……。俺達何処かで会ったか?」

「ふむ……コウジは小さい頃の私しか知らないからしょうがないか。だが、そう言われるのは少し悲しいな」


 悲し気に微笑んで……いや、よく見ると表情は変わっていない。

 ずっと無表情のままなのに、なんで俺は悲しい表情を浮かべているなんて思ったんだ。


 この人が言う通り、俺達は何処かで会った事があるのか?


「私はずっとコウジの事を待っていた」


 そう言って、寝ている俺へ手を伸ばす。

 少し何かが懐かしい手だった。


 俺はその手を取り、立ち上がる。


「コウジがこの世界に来るのがあまりにも遅いから同じくらいの身長になってしまったな」


 確かに知らない誰かは俺と同じような身長をしていた。

 裸足だから俺と同じくらいの身長だが、ヒールを履かれたら抜かされてしまう。


 ……だがこの分だと。


「このままいくと、その内身長を抜かされてしまうかもな」


 誰かがこのまま成長すれば、ヒールを履く事なんて無くても俺の身長を越すだろう。


「何を言っているのだ、コウジは。同じ世界に来たのだからここからは一緒に成長する。私がコウジの身長を抜かす事なんてないぞ」

「……同じ世界に来た? 何を言っているんだお前は……?」

「まだ分かっていないようだな」


 誰かが呆れるようにため息をつき、長い黒髪を手で靡かせる。


「…………っ!?」


 ……いや、黒髪だと思っていたが、光が当たり輝くと別の色に変わった。

 瞳と同じ、紫色の髪の毛。


 俺はそれを知っている。


「やっと気付いたか」

「……アズモなのか?」

「私の事を助けに来てくれたようだが、待っていられないからこちらから来てやった」

「ああ……!」


 なんで忘れていたんだろう。


 俺がずっと求めて来た人物じゃないか。


「無事、だったのか……?」


 よろよろと動きながら、縋るように手を伸ばす。


 文字通り俺と運命を共にした女の子。

 竜王家末娘、アズモ・ネスティマス。


 アズモが一歳の頃に、俺がアズモの身体に憑依した。

 そこから六年、同じ身体で一緒に過ごした。


 保育園生活や、学園生活を二人で切り抜けてきた。


 喧嘩を売って来た園児を返り討ちにして、友達を襲っていた魔物を倒して、告白して来た奴をぶちのめして、学園の入試に臨んでなんとか合格して、友達作りに励んで、クラス対抗戦で強敵に勝って…………最後は引き離された。


 まあ、二人で協力とはいっても俺の負担の方が多かったが。

 人見知りが激しくコミュ症だったアズモは滅多に自分で身体を動かしたり、喋ろうとしたりしなかったので、ほとんど全てを俺がやっていた。


 苦労はしたが、それでも……俺の大事な守るべき女の子。


 顔の造形の良さは昔のままだが、中性的な見た目が少し控え目になっている。

 恰好良いという言葉がまだ似合いそうな見た目をしているが、成長して女性らしさも兼ね備えていた。


 ――俺の見ないうちにアズモが大きくなっていた。


「うおっ……」


 何故か身体が上手く動かない。

 アズモの元まで行こうとしているだけなのに、何度もよろけて倒れそうになる。


「フラフラではないか。よくそんな身体で私の事を助けに行こうなんて思ったな」


 アズモがそう言い、色々と成長した身体で俺の事を抱きとめて支えてくれた。


「悪い……」

「このくらい良い。色々と頼り切りだったからな」


 アズモはそのまま俺の背中に腕を回し、力を込めた。


「ああ……ずっと私が探していた温もりだ」

「やめろよ、恥ずかしいだろ」


 なんて言いながら、俺もアズモの背中に腕を回して抱きしめ返そうとする。


 やっとアズモに会えたんだ。

 このくらいしても、バチは当たらないだろう。


 心で言い訳をしながらアズモに触れる。


 ――ヌチョ。


「……?」


 手に伝わって来たのは、アズモの感触では無かった。

 言葉で表しにくいのだが、何故だか身体を触っているという感じが全くしない。

 変な温かさだけはあるが、ドロドロ、ネバネバしたような不思議な感触をしていた。


 何かおかしい、そう思ってアズモの背中側に視線を向ける。


 ――そして後悔した。


「……っ!?」


 そこに背中なんて無かった。


『もう朝か……。二度寝したいけど仕事に行かないと』

『はい、じゃあこの問題は誰に解いてもらおうかな。じゃあ、今目が合っ』

『チュン、チュン、チ』

『あの野郎。いっつもこき使いやがって……』

『あんたは逃げなさい! ここから逃げて天災竜がやって来たって事を皆に伝え』

「――――」

『続いてのニュースはこちらです。昨日、水族館から逃げ』

『明日の試験だり~。勉強怠いしもう寝』

『グルルルルルル!』

『寒い、苦しい、暑い! 助けて! 放してよ! なんでこんなに人が!?』

『もういいか。こいつに捕まれば、ずっと目覚めないあの子と一緒になれ』


 ――背中の代わりにそこには無数の顔が埋まり何かを呪詛のように呟いていた。


 苦しそうだったり、楽しそうだったり、諦めていたり……みな思い思いの表情を浮かべている。

 自分の身に何が起こったのかが理解出来ておらずにここに来る前にしていたであろう事を繰り返して行っている者もいた。


 ……いや、よく見ればこれは顔じゃない。

 俺はこれを知っている。


「なんで、どうしてこんな事を……?」

「ここに来るまでに色々あった。長い旅だった。でも、やっと終わった。コウジに会えたから終わった」


 魂竜アズモ・ネスティマス。

 アズモがそう呼ばれるようになった理由が分かった。


「それなら俺だけをこうすれば! 他の人を巻き込む必要なんて無いだろ!」


 これはアズモが奪った人の魂だ。


 人間だけではない。

 動物。魔物。精霊のようなものも居る。


「どうして、俺以外から魂を奪ったんだ!」


 アズモが俺と会うまでの間に巻き込んだ人達の魂でありその残滓。

 この人達の時間はアズモに襲われてからずっと止まっている。


 授業を行っている者、歯磨きをしている者、髪の毛を乾かしている者、ゲームをしている者、本を読んでいる者……この人達は襲われる事にも気付けずにその時にしていただろう行動を行い続けている。


 悲鳴を上げる者、走って逃げようとしている者、捕まる事に気付いて絶望している者、全てを諦めている者……気付いていたのだろうが、逃げ切れずにアズモに捕らえられた者達もずっと同じ動作をし続ける。


 様々な人の様々な表情が至る所にあった。


 アズモのこの身体は誰かの魂で構成されている。

 異形化して肉体を捨てたアズモは誰かの魂を消費する事で自身の行動を可能としている。


 髪、顔、首、胴体、手、足……耳を澄ませばアズモを構成している全ての要素からアズモ以外の音がした。


「……どうして! どうしてこんな事をしちまったんだよ!」


 気味が悪くなり、アズモから離れようとするが離れられない。

 アズモの腕が俺を放そうとしない。


「――――どうしてって……。そんなのこうして会えたのだからどうでも良いのではないか?」


 両肩を押して引き離したアズモの表情は、相変わらず無表情のままだった。


 俺の知っている記憶の中のアズモは表情に乏しい。

 それでも俺は喜怒哀楽くらいの表情は分かっていたつもりだった。


 だけどこれは、今のその表情は分からない。


 心の底から何も感じていないようにしか見えない。


 俺の知っているアズモはこんな時にそんな表情にならない。


 誰かを巻き込む事をよしとしなかった。


「…………違う。お前はアズモじゃない。俺の知っているアズモじゃない。お前は誰なんだ。お前は俺を一体どうするつもりなんだ」


 目の前に居るのは偽物。

 俺の心の隙間に入り込もうとしている誰か。


「だいたいここは何処なんだ。俺は何でここにいるんだ。俺は何をしていたんだ……?」


 目の前に居る者がアズモでないと分かった瞬間、脳が活性化する。

 途端に今のこの状況の歪さが分かるようになった。


 何も無い透き通った空間。

 居るのは俺とアズモの偽物だけ。


 この状況が何なのかを知っているのは、目の前に居るこいつだけ。


「……お前は誰なんだ」


 偽物を睨み同じ質問をした。

 俺に睨まれた偽物はふっと笑い、口を開く。



「――バレチャッタ。難しいネ」



 直後、偽物は霧が晴れてなくなるように消えた。


 身体が動かせるようになった。

 全身に纏わり付いた嫌な感じは消えないが、思い通りに身体が動かせる。


『この方法じゃ駄目なんダネ。じゃあどうしよウネ』


 声が聞こえた。

 というよりも、頭の中で響いた。


「この感じ……そうか。公園の時に」


 視界が澄み渡り、意識がはっきりしていく。

 混濁していた記憶が蘇る。


 この声は、俺を異形化させようとする誰かの声だ。


「お前なんかに身体を取られてたまるかよ……!」


 あの時の戦いはまだ終わっていなかったんだ。


 敵は俺の心をへし折って、暴走させようとしている。


 俺の心の弱さが招いた新たな障壁。

 これに負けたら道のりが更に遠くなる。


 身体に力を入れ、全身を奮い立たせた。


 肉体での強さでなら俺は沢山の奴に負けるが、精神の強さなら並大抵の奴に負ける気がしない。


「……あえっ?」


 身体に力を入れた次の瞬間、膝がガクっと折れて立っているのもやっとになった。

 下の方を見ると、腹から銀色の剣が突き出ていた。


「――コウジ君の役目はここで終わりだ」


 新しい声が聞こえる。

 アズモの偽物や俺を異形化させようとする誰かの声では無い。

 だけど、聞いた事のある声だった。


 顔を上げて、声の主を確認する。

 白いタキシードに白いズボン。白い手袋に白い靴。櫛で綺麗に整えられた白髪。

 色白の肌に女性からの人気を集めた甘いマスク。


「…………テリオ兄さん」


 竜王家次男テリオ・ネスティマス。

 俺とアズモを引き離した張本人。


 竜王家に反旗を翻して、テロ組織に加入したとコラキさんから聞いたばかりの人物だ。


「嬉しいね。まだ兄さんと呼んでくれるなんて思ってもいなかったよ。最期に酷い事をしちゃったと思っていたからさ」


 そう言いながらテリオ兄さんが短剣をゆっくりと引き抜く。


「うっ……! うあああああ……!」


 剣を引き抜かれる感覚が全身を襲う。

 内臓が裂かれ、捲られ、刃が傷跡をなぞって出て行く。

 チリチリとした痛みが脳まで届き、叫び声を上げそうになる。


 痛い、熱い、痒い。異物が身体を支配する。


「君との家族ごっこは割と楽しかったよ。なんだかんだ言って、妹の事も君によって助けられたしさ。……まぁそれで、大切な妹は異形化してしまったんだけどさ」


 短剣を引き抜いたテリオ兄さんは、白いハンカチで赤い血を拭きとりながら言った。


「まさか竜ともあろう者が、人間が居ないと生きていけないなんて思わなかったさ。あの子は君が居なくなって直ぐに異形化しちゃってそれはもう大変だったよ。本当にどうしようも無い妹だよ。そんな不甲斐ない妹がやっと落ち着いて来たんだ。つまりもうコウジ君は必要とされていない。……だからさ?」


 そう言ってテリオ兄さんは綺麗にした刃を俺に向ける。


「君の役目なんてもう無い」


 短剣が腹に向けて放たれた。


「……やるならもうちょっとちゃんとやれよ偽物」


 向けられた刃を左手で受け止め、そのまま拳を握り潰して離れなくする。


「テリオ兄さんは家族の事を悪く言わないんだよ! この偽物が!」


 右手でテリオ兄さんの偽物の顔面を力任せに殴った。

 偽物の頬が凹む、首が捻じれ、倒れる。

 倒れ込んだテリオ兄さんの偽物は砂のようにサラサラと消えて居なくなった。


「はあ……はあ……、こんなもんじゃ俺は倒れねーぞ…………」


 気付くと、流れた血も、刺された傷も痛みも消えていた。

 疲労だけは残ったままだが、このくらいなら気合でどうにでもなる。


「来るならどこからでも来やがれ……!」


 偽物を挑発するように空間中に響き渡るよう吐き捨てた。



キリが悪いですが、想像以上に長くなってしまったので分割します。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に自我持ってんのか… 偽物ってことで持ち直したけど、本物と違うってわけでもないんだよね [気になる点] 今回タイトルで先の展開若干読めちゃいました 再会だって素直に喜べなかったのでち…
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