ネズミの魔女⑤
「くそっ。こっちにこい!」
リーダー格の男が女の子を引っ張り上げて、首元にナイフを突きつける。彼女は突然の出来事に動揺を隠せないようであわあわと慌てふためいていた。
「え、え?!えっ!タロウさん何を?!」
「俺はタロウじゃねぇよ!おい、クソ女!」
「あ?」
桃の瞳が圧を発する。
「ひっ…て、てめぇ!この女がどうなってもいいのか!その傘を捨てろ!」
桃の威圧に若干気圧された不良だったが、自分の優位性を逆手にとり、桃に反撃を試みる。
あ〜あ、テンプレな流れだな。だが。俺と違って、
「っち!」
桃には恐ろしく効く手だ。桃は大人しく、傘を捨てる。
「は、ははは!よ、よーし、そこで大人しく指を食わえてろ」
予想外だったのか。桃が素直に従ったことに勢いづき、調子に乗ったリーダー格の男は、人質に向けていたナイフを桃に向けた。
「ひん剥いてやる。二度と人様の前にでられないようにしてな!」
あいつは桃にナイフを向けた。
「…けんなっ」
「あ、何だって、腰抜け彼氏」
耳に手を当てて、旺業に聞こえない様をアピールする。
「桃にナイフを向けんな」
「はっ、てめぇなんざ怖くないっての!こっちには人質がいるんだぜ!」
「知るか!」
俺は駆け出し、桃の傘を蹴りあげる。
「なっ」
不良がとっさにナイフで傘を振り払うと、俺はがら空きになった胴体に回し蹴りを入れる。
「がっはっ、」
リーダー格の男はそのまま横によろけるも、ふたたびナイフを構える。
「てめぇ、人質が怪我してもいいのかよ」
「はっ、知るかよ。俺は正義のヒーローはやめたんだ。守りたいものしか守らねーんだよ!」
俺は勇者にはなれない。一方的な正義は一方的な悪を産む。所詮俺は、あの不気味な女の話が頭をちらつき、正義を諦めた敗者だ。
「そうだぞ、人質優先だろうが!コウタロウ!バカタレ!」
「お前は感謝しやがれ!」
不満げに言う桃。ぶん殴ってやろうか。幸い人質の女の子には怪我はないようだが、この子にも責任はある。無防備なまま不良に関わっていくなんて、どんな了見してるんだ。そもそもあの服装はなんなんだ。だが、どうやら、そんなことを気にしてる場合ではなくなった。
「た、ろう?」
不意に少女は呟いた。
「あ?」
「あ、あなたは、タロウじゃないんだ、嘘、ついてたんだ。」
非難がましい目で不良を見上げる。
「今更何だってんだよ。萎えちまったじゃねぇかチビ女!そうだよ!タロウなんか知るかぼけ」
「嘘は、いけないん、だよ!」
彼女は杖を振るう。彼女の杖が明るく光り、不良の足元に魔法陣が表れる。
「な、なんだ!」
「蠢き、ぞよめき、我が同胞よ。食らい、食らいて、糧となせ」
「召喚・粘液獣!!!!」