三匹の子豚⑦
ちゅーこは準備の必要があるからといって、しばらく時間をくれと言った。幸か不幸か先ほどの豚の襲来によって、部屋の中にはものがさほど残っていなかった。彼女は、杖の先を畳の上に擦らせて、光の文字を書いていく。自分の知らない文字だ。まるでネズミがはったかのような、その文字は灰色に輝いていた。
「こ、こうさんは、そこ、動かないで。だめ、もうちょっと右!いや、左、動かないで、」
「なぁ、おい。ほんとにこんなポーズ取らないといけないのかよ」
右手は頭の上で人差し指と小指を天井に突き出し、左手は股間の前で狐の形を作る。そのままの体勢で、右足は、長く伸ばし、指先までぴんと伸ばしていた。そのままではバランスを崩してしまうので、本棚を倒し、その上に足を乗せていた。
「く、空間魔法は、制御が、難しいんです。先程の3匹の子豚みたいに、体の1部だけ移動してしまう可能性もあります。その場合は、あっという間に殺されてしまいますよ」
「だけど、流石にこれは」
うんうんと彼女はうなずいた。
「かっこいいでしょ!気分上がるでしょ」
「ちょっとまて、この格好ってやることで成功確率が上がるとかでは無いのか?」
「え?気分あがるじゃないですか」
キョトンとした表情で彼女は言った。
「おいコラ、だばばばばばばば」
彼女は俺の頭の上にスライムを召喚した。しかもこの度はかなりの量だ。全身がぬるぬるに包まれていく感触は、冷や汗ものだった。ローション相撲ってこんな感じなのかな。だんだん思考が停止していた。
「…これは?」
「この世界の人たちって魔力がないっていうのは龍太郎さんから聞いています。スライムさんに包まれていたら、いざ転送先で攻撃を受けたとしても、1度は身を守れると思います。」
攻撃をされないかもしれないが、かなりの不快指数が高いこの状態早くなんとかしたい。こんな状態を誰かに見られたら必ず通報されたるだろう。準備が整ったようだ。ちゅーこは杖を高く上げた。彼女の杖の先についている魔石が光輝き始めた。
「我が眷属よ、わが子らよ!我らの家族の絆を持って、我らを導きたまえ!十二の魔女が1人ネズミの魔女が命じる!!空間魔法!『どこにでもあらわれる(anywhere)』!!」
彼女が高らかに叫ぶと、地面の光がより一層強くなった。すると無数の手のようなものが魔方陣から伸びてきた。そのうちの1本が自分のシャツをつかむ。
胸ぐらを掴まれて地面に叩きつけられるような強引な感触を味わった。だがそこには、地面はなく床がとろけて、密度の濃い液体の中に漬けられているようだった。スライムの中で辛うじて目を開ける。色とりどりの光があらゆる方向から浴びせられて、ぐにゃぐにゃと視界が歪む。
がボボ!!
息が苦しい。呼吸ができない。
口の周りを掻きむしるが、液体の体を持つスライムの中を虚しく通り過ぎるだけだった。
意識が遠の、く。