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【⠀太郎】

「『太郎』って名前は偉大な勇者の名前なんだぜ」


親父はことある事にそう言った。ガサツな父親だった。童話作家を営み、ことあるごとに物語を聞かせてくれた。日本の昔話から外国の昔話まで。世界中の有名なものからひと地域の限られた伝承の物語まで。母親は生まれて直ぐに亡くなったらしかったが、不思議と寂しさは無かった。いつも寝る前に1つ物語を聞かせてくれて、それが子守唄代わりだった。まるで見てきたかのような語り具合にハラハラしドキドキし、胸が踊った。


「桃太郎に浦島太郎、金太郎!どいつもこいつも昔から愛される勇者だ。強く、気高く、頼りになる!お前はそんな勇者になれ。幸太郎!」


「うん!」


決まって、〇〇太郎がでてくる度にそう語った。幸太郎が俺の名前だ。『すべてのものにしあわせをあたえるゆうしゃ』になってほしいという願いだったそうだ。


俺は親父の言うことを真に受けて、清く正しく生きようと頑張っていた。困っているものを助け、正しい行いをする。道で困っている人がいたら声をかけ、壊れているなら直し、けんかをしていたら仲裁した。小さいながらランニングを続け、体を鍛え、学問に励んだ。そんな生活が数年続いた。


「おい、坊主」

ある時、1人の女に出会った。小学生の頃だったか、夏のある日公園で遊んでいたら突然声をかけられた。ひしゃげた低い声で、気だるげな様子だった。背が高く、被っている帽子の影から見える蒼く薄薄ぼんやりとした瞳には冷たいものを感じた。気温は40度近い真っ昼間だと言うのに、冬に着るようなコートを羽織り、マフラーを巻いた出で立ちは、明らかに異質ではあった。しかしながら、当時の俺は、無謀にも勇者になることを夢見ていたので、この怪しげな女の声に耳を貸してしまったのだ。

「なぁに?お姉さん」

「お姉さん?わたしはそんな歳じゃないねぇ。おまえは、おとぎ話は好きか?」

「好き!」

「げっげっげ!いいねぇ!実にいい!聞かせてやろう。桃太郎の話を」

「ぼく桃太郎だいすき!」

「げっげっげ!これは真実の桃太郎さ」

彼女は不気味な笑い声を響かせ、語り出す。


むかーし、むかし、あるところに

おじいさんとおばあさんがおったそうな

おじいさんは山へ芝刈りに

おばあさんは川に洗濯に行きました。

おばあさんが川で洗濯をしていると川下の方からどんぶらこをドンブラコと小舟が流れてきました。

小船には、人間の男の子と何匹かの動物が乗っていました。

不審に思ったおばあさんですが、衰弱し切っていたその姿をかわいそうだと思って家に連れて帰りました。

おじいさんとしばらく看病していると、男の子は目を覚ましてこう言いました。

「鬼どもめ、成敗してやる」

男の子はおじいさんとおばあさんを斬り殺し、動物たちの皮を被った戦士たちと一緒に、虐殺と略奪の限りをつくし、島1つを壊滅させました。

おしまい


「…え」

「げっげっげ!これがももたろうの真実さ!」

「そんなわけない!」

「見方が変われば、味方も変わる。坊主。おまえはどちらの「太郎」かな?」

彼女はじっと見つめた。

「ぼ、ぼくは、コウだ。太郎なんて知らないよ」

その女の見透かすような瞳に隠しごとは見抜かれているような気がした。

「賢しい子だ。おまえは名前に『太郎』がついているんだろう?だから、私に気づけた。いや、いいか。力もない奴にようはない。ほかの『太郎』の子孫共は力を失っている。仮に私に気づいたとしても、関わろうとすらしない。げっげっげ。正義の血も落ちたもんだ。おまえの父親も大したことないだろう」

その言葉に、自分としては珍しく腹がたった。

「お、お父さんは凄いんだ!」

「げっげっげ!凄い?どうせ『太郎』ですらないんだろう」

「うちのお父さんの名前は」

ぼくは父親の名前を告げてしまった。

「みぃつけたぁ!!!!」

その女はその場から煙のように消え、親父もその日から家に帰ってくることはなかった。その後、葬式が行われ、ありえないほどの借金があったことがわかり、持ち物の一切合切が差し押さえられ、僕は天涯孤独となった。貧乏は気持ちを殺す。勇者を目指すことはなくなり、日々におわれるようになった。


俺は不気味なその話を聞いてから、その女のことは受け入れられなかったが、ものの見方について、考えるようになった。

「親父はヒーローではなくて、売れない作家だった。俺は勇者ではなくて、ただのだめな人間だ」

自分のせいで、親父が何かに巻き込まれたのではという思いが罪悪感を生み、いつしか自分の正義感を殺してしまった。

そんな俺は今年18になる。

似合わない譲ってもらったよれよれのブレザーを来て、住み込みで働きつつ、日々の生活をまわしていく。正義のヒーローなんかいない。いまを生きるために日銭を稼ぐ。世の中色々しんどいことばかり。つまらねぇ。安い賃金に高い物価。文句は言えない。同じことの繰り返し。あの日から変わってしまった。

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