第3部~惨死した出前のあんちゃん
最後のお話は、1993年(平成5年)の8月の事で、当時、自分は21才でした。
まだ、自分が実家にいた頃の出来事です。
令和3年から、かれこれ25年以上は経ちましたが、今でもその当時の事を思い出す事があります。
それだけ、衝撃的な出来事だったと思います。
それでは、本題に入りたいと思います。
あれは、まだバブル経済の余韻が残る頃でした。
自分が中学3年の時に、地上げ屋から逃げるように引っ越した先の近くでの出来事でした。
駅からはそんなに近くはなかったですが、下町風情漂う場所でした。
近くに運河があったので、昔ながらの材木問屋が何軒も営まれていました。
以前に住んでいた所は、スーパーや飲食店が少なく不便でしたが、転居先では周りにいろいろな店が沢山あり賑っていました。
実家では、よく出前を取っていたのですが、その中でも贔屓にしていたそば屋がありました。
そこの、そばやうどん等が安くておいしいだけでなく、出前をしているあんちゃんが、とても感じがいい人でした。
その店は、出前が早いという事でも有名でした。
にこやかで感じのいいあんちゃんは、近所でも評判で、出前の指名が入る程でした。
そのそば屋で出前を取り始めてから、だいたい半年後に、あんな事故に遭うとは夢にも思いませんでした…。
それは、ある晩の事です。
時間にして、午後8時頃だったと思います。
人気者の出前のあんちゃんが、いつものように軽快にバイクを走らせていた時です。
実家を過ぎて、1つ目の路地を曲がってすぐの材木問屋で…、
作業員が、フォークリフトを路上に出しっぱなしにしていて…、
更に、あろうことかフォークリフトのツメを上げっぱなしのままにした為に…、
そこの角を、軽快にバイクで曲がってきたあんちゃんの胸に…、
フォークリフトの鋭いツメの1つがみるみる近付いてきて…、
避ける間もなく、勢いよく衝突して…、
何と!体を貫き“串刺し状態”になったのです!
その事故で、辺りの路上は血で溢れ返ったのです。
近所では、それは大騒ぎになりました。
あんちゃんをツメから引き抜こうとしましたが、どうやら救急車が来る前に息絶えたようでした。
救急車が去った後には、大量の血が残ったのですが、近所の方がホースを引いて放水したり、水バケツを何十杯も流したりと、何時間もかけて側溝に導きました。
自分もその時に、血を清掃する現場を見ましたが、正に地獄絵図のようでした…。
「あんちゃん、何とか助かって!」
とは、近所の方々は思ったでしょうが、あまりにも惨い状態だったので、
「まず、助からないだろうな…」
とも、思いました。
その翌日に、父親から、
「あのそば屋のあんちゃんが、事故で亡くなったぞ」
と、言われたのを、覚えています。
あんちゃんのあの笑顔がもう見られない…。
と、思うと、何だかとても締め付けられるような気持ちになりました。
その事故が起こってから1週間以内に、事故現場の路地を通った方から、次々と亡霊の目撃証言を聞かされる事となりました。
事故現場の前にある材木問屋の社長は、その頃からあまり表に姿を現さなくなったのです。
あの事故があってから、材木問屋の社長は体調を崩して寝込んでしまいました。
数日後に、久し振りに社長を見かけたところ、かなり怯えたような表情で…、
「あの事故の後、夜になると出前のあんちゃんが亡霊になって出てくる!」
「夕方になると、どこからか青い光が、チカッ、チカッ、って、光ったと思ったら…」
「うわぁ~、もう夜が来る!」
…と、言うなり材木問屋の2階に上がって行ってしまいました。
自分が、ふと腕時計を見ると、まだ午後3時でした。
それからというもの、周りの住民の方からも、その類いの亡霊話を聞くことがありました。
その路地は、よく行くコンビニまで最短距離で行ける事もあり、今まで自分もよく通っていました。
「参ったなー、あの道を迂回すると遠回りだし混雑するんだよな」
…と、思いましたが、暫くは避けて通っていました。
それから数日後、材木問屋の社長は、体調を更に崩して入院する事になったのです。
社長が入院したから、あんちゃんの亡霊話は収まるのでは…?
と、期待しましたが、材木問屋の近くの住民ですら、夜になると早々に家に帰っていました。
この時点で、あんちゃんが亡くなってから、だいたい1ヶ月経っていました。
ある日、自分は迂回してコンビニに行くのが、急に面倒臭くなりました。
「まあ、あんちゃんが亡くなってから1ヶ月は過ぎたし、もう、そうそう亡霊なんて見ることはないだろう…」
と、思い、材木問屋の前の路地に入って行きました。
その時、時間にして19時位だったと思います。
路地の左側には、1ヶ月前に大量の血が流れた側溝がありましたが、きれいに清掃されていて、当時の痕跡が全くありませんでした。
材木問屋の前を通り過ぎた時、
「ここを無事に過ぎれば大丈夫だろう」
と、勝手に思っていた時です。
社長が言っていた青い光が、チカ、チカッ、と光るのが見えたのです。
自分は、この青い光がどこから出ているのか、辺りを見回しましたがよく分かりませんでした。
ただ、青い光が映っているところは次第に分かってきました。
周辺住宅の、2階くらいの高さにある窓ガラス1面に、青い回転灯のような光がかなり強めに反射していたのです。
その青い光が、だんだん明るさを増して、かつ、点滅しながら回転する速度が速くなってきました。
「これが、社長が言っていた青い光か!」
「ヤバイ!ここを早く戻らないと…」
と、思いましたがもう遅過ぎたのです。
夜になると、路地に亡霊が出ると近所で噂が広まると、そこの人通りは本当に少なくなりました。
路地を通る人は、近所の住民か、あの事故を知らない方くらいでした。
すっかり人気が少なくなった路地なのに、自分が材木問屋の前を少し過ぎた所で、何人かの話し声がするのが、左後方から聞こえてきました。
声がするといっても、実際に人がいる訳ではなく、自分の脳裏に直接入り込んでくる音でした。
その音が、小さくてよく聞こえないので、聞こえる所まで近付いて行きました。
…………………
「お疲れさん!今日はこれで作業終了だ!」
「明日も朝早くからフル稼働だぞ!」
「あっ、最後の奴はフォーク(フォークリフトの略語)しまっとけよ」
…………………
少し間があいて…、
「先輩、明日も朝早くからフォーク使うからこのままでいいですよね?」
「社長がしまっとけって言ってただろ!ちゃんとしまっとけよ!」
「でも、明日も朝早くから使うからいいじゃないですか~」
「じゃあ、フォークのツメが道路と垂直だと邪魔くさいから、端っこに平行に停めとけよ」
「じゃあ、お先!」
…………………
少し間があいて…、
「おいっ!とっ、とんでもない事をしてくれたな!」
「昨日フォークしまっとけって言っただろ!」
「それも上げっぱなしにしたツメで、死人が出たんだぞ!」
「おい!お前は知ってたのか!」
「い、いや…俺は…」
…………………
少し間があいて…、
「じっ、実は…フォークしまうの面倒なんで、何度も出しっぱなしにしました」
「ツメも何度も上げっぱなしにしてました」
「あの時はツメを上げたままフォークを、一方通行の入り口側に向けて停めてしまったんです」
「なっ、何だと-!」
「こ、こんな事が起きるなんて思わなかったんで…すいません…」
「お前らのせいで、警察からは何時間も事情聴取されたし、それより何よりすぐには営業出来ないだろうが-!」
「お前ら絶対祟られるぞ!ただで済むと思うなよ!」
「も、申し訳ありませんでした」
「仏さん…フォークのツメの半分位まで、刺さっていたんだとよ」
「さぞや、苦しかったろうな…」
この異様な青い光の中で、暫く材木問屋の人達が言い争う声が聞こえてきましたが、ここで会話は聞こえなくなりました。
それを聞いた後、早くコンビニに行く為に後ろを振り返らず、ひたすら前進したのです。
すると、路地の入り口の方から、
「ブン、ブン、ブン、ブーン…」
「キキー、ガッチャーン」
エンジン音を立てて、バイクが曲がってきたと思ったら、それが直ぐ様クラッシュした音に変わりました。
恐る恐る肩越し位まで振り返ってみると、事故現場の前に青白く光る巨大なフォークリフトが見えたのです。
それはそれは、本当に不気味でした。
それから自分は、事故現場から一刻も早く遠ざかろうと思い、ゾクゾクとする気持ちを抑えて、早足でコンビニに向かって行ったのです。
路地の向こう側が十字路になっていて、そこに近付くにつれ、青くチカチカした光が弱くなってきました。
「もうすぐだ、もうちょっとで路地を抜けられる!」
…と、思い、十字路の手前まで来たところ、再び強めの青い光に包まれました。
それがかなり眩しくて、思わず腕で目を隠しました。
すると、自分の1メートル位前に、青白い人の形が見えたのです。
そこには何と!惨死した出前のあんちゃんが立っていたのです。
あんちゃんの表情は、何故か口が半開きのままでした。
この時自分は、やっぱり引き返せないだろうか?と思いましたが、背後には巨大なフォークリフトが見えたので、戻る事は断念しました。
「これが現実でなければいい」
と、思い、目を瞑って祈りました。
「あんちゃん頼む!どうかここから消えてくれ」
恐る恐る目を開けましたが、あんちゃんは1歩も動いてはいませんでした。
自分はこの時決意しました。
「このまま、あんちゃんの横をすり抜けよう!」
…と、
青い光の中、右手にあんちゃんを見ながら、ゆっくりと左側をすり抜けて行きました。
その時、あんちゃんの横顔を見ましたが、自分の方には振り向きませんでした。
…………………
決死の思いですり抜けると、そこから視界が、
「サッーーー」
と開けて、何事も無かったように現実世界に戻りました。
十字路の斜め向かいには、その当時よく行っていたコンビニがありました。
迷わず、そこに入りましたが、自分にはまだここが現実世界なのか疑っていました。
コンビニに入ると、誰もお客さんがいない…。
「まさか!まだ現実に戻っていないのか?」
と、思ったすぐ後に、奥から顔馴染みの中年の店長さんが出てきたのを見て、ホッとしたのを覚えています。
…………………
それから数日後、自分の夢の中で、あんちゃんが出てきました。
あの路地で会ったのと同じ青白い顔で、こちらの方を見ていましたが、夢の中の自分はなぜかとても冷静で、あんちゃんにこう叫びました。
「あんちゃん!さようなら!」
するとあんちゃんが、少し後ろに下がったような気がしました。
もう一度、
「あんちゃん!さようなら!」
と、言ったら、あんちゃんは小さくうなずいて、消えていきました。
…………………
翌朝、自分が目覚めると、夢の中の事を思い出して暫く涙が止まりませんでした。
自分でも、起きたばかりでこんなに泣くなんて初めてでした。
暫くして落ち着いてから、
夢の中とはいえ、あんちゃんにさようならが言えて良かったな…と思いました。
その後、路地の入口を何度か通りましたが、数日はあの青い光を遠目で見ましたが、半年もすると見えなくなりました。
事故が起きる前まで、その路地は公道にも関わらず、運河の近くということもあって、フォークリフトが我が物顔で行き来していて、材木問屋の営業中は通行人がビクビクして通っていました。
それが、出前のあんちゃんの事故の後からは、通行人を気遣うようになり、前よりは安全に通れるようになりました。
交通事故で一瞬で散ってしまう命がある事を胸に抱きつつ、この辺で終わりたいと思います。
最後までお読み頂き一言御礼申し上げます。
ご拝読ありがとうございました。
きつねあるき
今回の、3部構成でのお話は、いかがでしたでしょうか?
車を運転した経験のある方とない方では、歩行者や自転車に乗るの立場になった時の、視点や行動が違うと言われています。
車にとって視角になる行動や、事故になりやすい行動は、必ず安全確認をしないとなりませんね。
相手にはこっちが見えているだろう!と、思い込み、いきなり飛び出したり、危険を回避せずに強引に通ろうとしたり、後ろを見ずに自転車を後退したりするのは、いただけないですね。
余談になりますが、トンネルでも亡霊に関わる事をよく聞きますね。
よく耳にするのは、トンネル内の壁に亡霊が張り付いていて、中に入った人を追ってくるなんてのがありますね。
自分が見たトンネルに関する事は、あるトンネルを車で通る時に、入り口のアーチ状所に何人かぶら下がっていたり、入り口の上の部分に数人が座っていたりしているのを見ましたが、明らかに亡霊だと思っていました。
では、何で、そのトンネルの入り口に亡霊が出るかというと、後で調べたところ、トンネルの真上が墓地だったというのがありました。
話を戻しますが、歩行者として信号待ちをしている時は、車だけを見るのではなく運転者を見るようにする癖をつけておくといいと思います。
見るところは、運転者の表情です。
それにより、いろいろと予測がつく時もありますので有効だと思います。
交通事故による怪我や死亡が、1件でも減ることを願いつつ、この辺で終わります。